40歳OL、押し切られる
どこかに隠れていたらしい男達が現れてあられもない事にはならず、壺や御札や保険や投資を勧められることもなく、ただ映画を見て、車置きに使ったスーパーの駐車場まで送ってもらい、これ以上なく、知り合いとして健全な時間を過ごした。
映画を久しぶりに観たせいか、翌日の今日はやたらと眠い。歳だわー。
「それで珍しく欠伸ばかりだったのね」
同僚たちとのお昼休み、配達の唐揚げ弁当を食べながら笑われてしまった。
「いやでも電話の時は一切欠伸が出ないんだから事務の鑑よ」
「それそれ」
「ちょっと、もっと良いところで鑑を使ってちょうだいよ」
「欠伸の度に打ち間違いを訂正していたの見てました〜」
「ぎゃあ、バレてた〜」
「でも大石から映画を観たなんて久しぶりに聞いたかも。良かったじゃん」
「レンタルだけどね」
「それでも、よ」
そのまま最後にまともに映画を映画館で観たのはいつかという話題になり、それなりに盛り上がった。子供が生まれる前だったとか、子供に合わせてヒーロー物だとか。子供向けは内容は知らないけど、こうして話題に出るからキャラクターはなんとなく知っている。「これが意外と泣かせるのよ」とか「ヒーロー役の若い俳優がイケメンで」とか。
レンタルと言ってしまったけど、まあ、ぶっちゃけ吉田くんの事をどう説明するか迷った。
母親の介護をしていた頃からの同僚だ。ご飯を食べるだけだとしても男っ気皆無だった私に男友達ができた事は喜んでくれるだろうが、その年齢差に躊躇してしまう。結婚を諦めたと公言してはいるが、遊ぶだけの相手と言ってしまうのも、なんだかできない。
まあ、まだ詐欺では?と疑っているのが私自身なので、そこがはっきりしてからでもいいか。
「あーあ、今晩は唐揚げにしようかしらね」
そして唐突に入る夕飯の話。
「うちもそうしよう、キャベツを使い切らなきゃ」
「キャベツのために唐揚げ?」
「野菜をどう食わせるかが目下の課題。旦那にね」
「「 あ〜 」」
やっぱりお互いそれなりな歳よね〜とオチがついた。
「今日は肉じゃがですか?」
他にお客が並んでない時は少しだけ吉田くんと会話ができる。ラインも登録したけれど、お互い仕事中はしないし、休みも違うので結局はほぼ挨拶だけ。あとは吉田くんのSNSが投稿されていたらいいねをするくらいだ。
金曜日なのに野菜コーナーの値引き棚に根菜類が残っていたのでカゴに入れたら結構な量になってしまった。週末の買い物としてはナイスなタイミングだったけど買い過ぎかもね。
「引き出しを片付けたら賞味期限間近のカレールーがあったからカレーなの」
もはやカレーライスを作ることも久しぶりで笑うしかないけど、たまに無性に食べたくなる母の味。忘れないうちに明日作るんだ。
「え、食べたい」
あまりにもストレートに言われたからつい振り返ってしまった。目の前の吉田くんが誰に向かって言ったのかの確認だ。私の後ろには接客中のレジ係さんがいただけ。
「今なんで後ろ見たんですか?」
「いや、なんとなく?」
「明さんのカレー食べたいです」
「ええ〜……」
「食べたい」
「普通のカレーライスだよ?お弁当屋さんとかコンビニの方が美味しいよ?」
「えー、俺は食べちゃ駄目なんですか?」
「いや、駄目っていうか普通に恥ずかしいというか」
「恥ずかしい?」
こういうのって、若い子の方が察してくれるんじゃないの?
「あのですね吉田くん、ほぼ毎日お惣菜を買う女の料理なんて他人に食べさせられるものじゃないのですよ……」
なんの自白をしてるのか……情けない。
「他人……ですか」
「そうよ。ここ何十年と友達にすら手料理を振る舞ってないのに、それを食べたいなんて言われたら恥ずかしいのよ」
洗い物をしたくないという理由で、友人とはほとんど外ご飯だ。まあそれもここ何年もないけれど。それなのに!よりにもよって!心のアイドル吉田くんに手料理!……ないない!有り得ない!
……なのに。
「……」
会計を終えたカゴをじっと見つめる吉田くんにいたたまれなくなったのは仕方ないのじゃよ、と誰か言って。だって彼は私のアイドルなのよ。
「……作るのは明日だから、よければお昼にでも食べる?」
ぱあっと晴れた表情に思わず笑ってしまったが、吉田くんは気にならなかったようだ。それどころか。
「じゃあ、明さん家に食べに行っていいですか?」
お弁当にして持って来るつもりが、その笑顔にはOKするしかなかった……
たま〜にグイグイ来るわぁ。