40歳OL、お邪魔する
はい、そうしてのこのこと吉田くんのマンションに着いてきたのは私です。
別に襲うつもりはなく(そもそも吉田くんに襲われる気がしない)、映画観たさにホイホイと着いてきたらまさかのマンションに呆然。スーパーのアルバイトってどれくらい稼げるの……?
「どうしました?」
「こんなお洒落なマンションが出来てたなんて知らなかったなー、とね」
「そうだったんですか。ここ、駅から徒歩5分って謳い文句でしたけど、改札口は向こうだし階段めっちゃ遠いし、主な店どころかコンビニも線路の向こうだから結局車の方が楽だしで立地については不満は多いんですけど、家賃のわりに部屋が広かったんですよ」
田舎ならではですよね〜とオートロックを開け、どうぞと促してくれる吉田くん。てかこの町でオートロックって。昔ながらの家々の中にドンと建つマンションがすでに異彩を放っていて、どうにも場違い感がすごい。そういえば再開発の話があった……気がしないでもない。
「ここです」
と案内された最上階のフロアのドアは二つ。……レジ担当アルバイトっておいくら稼げるの……?
と微妙なやさぐれ方をする私には気付かず、吉田くんはエレベーターから左の扉に向かって行く。そしてお邪魔した部屋はあまりにも生活感のない部屋だった。
「若い男の子の部屋って、もっと密林みたいなことになってると思ってたわ……」
元彼の部屋も片付けていたのは私だったし、同僚たちは一人暮らしを始めた息子さんの部屋の惨状をしみじみと嘆いていた。女子はまあ自分も過ごしてきたわけだから想像はつくのだが、男子はその上を行ったと虚ろな目で母親たちは語っていた。
「あはは、まあそれが普通ですよね。今お茶出すんで、ソファに座っててください」
何十畳あるのか我が家と比べるのも馬鹿馬鹿しいフローリングのリビングは、なぜか対面キッチンの近くにしか家具が無い。家具といっても、テレビ、テレビ台、折りたたみのテーブル、二人掛けローソファ、へたった大きなクッションが一つ。大きな窓にはカーテンが無い。テレビ台にはゲーム機らしき物が入っている。
遠慮なくソファに座ってキッチンを見ると、ここからは冷蔵庫や食器棚が見えない。でも開閉の音や食器の音がするから物はありそうだ。そして、マグカップとグラスを持って吉田くんがこちらに来てクッションに座った。
「友達が来る時は大抵缶物なんで、コップ類は揃えてないんです」
「いえいえ。食器なんて揃っていたっていつの間にか減ってるものよ。うちにも一個しか残っていないカップとソーサーがいくつもあるわ」
「あはは、それはそれで混沌としてますね」
ペットボトルのお茶ですけど、と吉田くんはグラスの方をくれた。それからすぐにテレビをつけてテレビ欄を表示させると、目当てのチャンネルに変えた。ただ、開始時間までまだ30分程ある。目当ての映画の一つ前の話が佳境を迎えていた。
「あれ、結構良い時間だと思ったんだけどな〜」
「懐かしいからこのまま見てていい?」
正直なところ、吉田くん家を家探ししたい。友達は来てるようだが、リビングなのにあまりにも生活感が無さ過ぎる。
「そうですか?じゃあ先にトイレの場所案内しておきますね。ついでに俺の収入源も教えます」
「あ……バレてた?」
自分で思っていたよりだいぶソワソワしていたようだ。ちょっと見えるだけでも色々と気になってしまうのよ、この部屋。我が家がごちゃごちゃし過ぎかなぁ。来年からの予定にしていたけど、断捨離始めよう。
「ていうか、スーパーのアルバイトが借りられる部屋じゃないですもんね」
あははと立ち上がると吉田くんは、すぐそばの引き戸を開けた。マンションの間取り的に和室かと思われたその部屋はフローリングで、パソコンのモニターが大小何台もあった。
初めて目にした光景に思考が止まったけど、その画面には色んな線グラフや数字。……あ、これテレビで見た事ある。
「……デイトレーダー……?」
「はい。大学4年の時にスマホでちょっとやって、就職したのを機に止めて、会社を辞めてからまた始めてやっと食えるようになりました」
なるほどね……それにしても、これだけで生活できるなんて大したものだ。私も一時は投資を考えたけど、自社株だけで精一杯だった。そういえば株券どこにしまったっけ。
「これで割り勘じゃなくて、これからも俺に奢らせてくれますか?」
え、ここでご飯の話?
知り合いなら割り勘の方が楽でしょと言おうとしたのに、意外に真剣な吉田くんの目に言葉が詰まってしまった。家まで上がりこんで知り合い以下というのも変か?とか、遥かに年上なのに奢られるのも情けないのよ、とか脳内ではグダグダと言い訳が飛び回る。
でもまあ、毎度の食事がフルコースなわけでもないし、回数だって多くても月に二度程度だろう。なにより、こんな風に言われる事が素直に嬉しい。
「じゃあ遠慮なく、ご馳走になります。ありがとう」
「はい。ご馳走します」
見るからにホッとする吉田くん。
……親孝行の代わり、とか言われたらショックだなぁ。