40歳OL、喫茶店に行く
「まさかの高校生!確かにヒゲは薄いけど背だけはデカかったから年齢より上に見られる事は多かったのに、あははは!」
「男の子のハリ艶は見分けられないわぁ」
「ぶはっ!ハリ艶!」
コンビニでお茶を買い、私の軽自動車でスーパーの駐車場に移動。アルバイトくんも軽自動車だったのでなんとなくホッ。言われるまま遠慮なく助手席に乗り込んでお店に着くまでに改めて自己紹介。
「大石さん、明さんて言うんですね。カッコイイですね」
「そう?吉田くんも、男の子に佳って字が珍しいね」
「そうなんすよー。俺の学年では女子に多い字なんでイジられました。でも簡単な漢字だったんで書き初めとか楽でしたよ」
「あはは、そういえば私も楽だった」
車は隣町なのに見なれない道を進んで行く。国道から外れて昔からの商店街のような通りになんとなく懐かしさを感じていると、歩行者用信号が点滅を始めた交差点を左に曲がる。住宅地だ。
「この先に駅があるんですけど、その向こうの小さなビルの一階なんです」
そうして踏切を渡って着いた三階建てのビルは昔ながらの不動産屋のものらしい。端の店舗の窓にはプリントされた部屋の間取りが所狭しと貼ってあり、その隣の真ん中の店舗は新しそうなラーメン屋。そして最後の店舗に、吉田くんのお目当ての喫茶店。
ドアの窓にはステンドグラスで店名が入っていて、長く営業してるとわかる雰囲気。カランコロンとドアの開閉に合わせて鳴るベルとコーヒーのいい香りがレトロな世界への合図のようでちょっと緊張。こういうお店に入るのも何年ぶりだろう。
カウンターのそばにいた、私から見てもお婆ちゃんといえそうな白髪をお団子にまとめた小柄な女性が「あらあ、随分大きなお客様だわぁ!」と吉田くんを見上げる姿に思わず笑ってしまった。カウンター内のマスターらしい男性が「母さん」と嗜める。へー、親子なんだ。
「あはは、俺が座れる席はありますか?」
吉田くんが笑うとお婆ちゃんはにっこり。
「もちろんですよ。こちらへどうぞ」
案内されたのは奥の席。すると寸前にマスターがやって来て、四人席の椅子を二脚回収していった。お婆ちゃんは「これで足を伸ばしても大丈夫よ」とお冷とメニュー表をテーブルに置くとウインク。ふふ、可愛い。
「ありがとうございます」
お婆ちゃんとカウンターのマスターにお礼を言う吉田くん。なんというか、吉田くんて良い子だわぁ。そしてメニュー表を私に広げてくれた。……最近の若い子はレディファーストも授業でやるのかしら?
「俺、ここのジョッキパフェを食べたくて」
「ジョッキパフェ!」
そんなの出すお店がまだあったとは!え、でもそういうのって予約が必要なのでは?
慌ててメニュー表を確認すると、要予約とは書かれていない。
「ネットでたまたま見つけて、隣町なら近いって店の前まで来たら、レトロな店構えになんか初めて入るのビビっちゃって」
あははと頭をかきながら眉尻を下げる吉田くんは、眼鏡のせいか、さらに少年のように見える。
「近くに時間の合う友達もいないし、そもそも俺のスイーツ行脚に付き合ってくれる友達がいないし」
初めてのお店に躊躇するなんて意外だけど、緊張する気持ちはわかる。しかし、スイーツ行脚なんて、相当甘いもの好きなのね。でもそういうのに付き合ってくれる相応しい存在がいるじゃない?
「彼女は?」
「大学の時に別れて、そのまんまです」
「あらまぁ」
「寂しい日々です、なーんて。明さん、半端な時間ですみませんが食べたいものがあったら注文してください。付き合ってくれたお礼なんで奢ります」
「わぁ、男性から奢ってもらえるなんて嬉しいわぁ。じゃあお言葉に甘えます、ふふ」
そういう理由ならオバチャンはアイドルにだって遠慮はしないのよ?
メニュー表には写真が少なく、でもオムライスがとても美味しそう。今時のふわとろじゃない、昔ながらの薄焼き卵のタイプ。食べたいけど今は絶対無理。コーヒーだけってのも奢り宣言に対してイマイチだし。
「そうねぇ、お昼はしっかり食べちゃったからデザートにしたいけど……あ、コーヒーセットで日替わりケーキが付くんだ!これにする」
「ケーキの確認しましょうか?」
「ううん、ケーキなら何でもOKだから楽しみ」
そうしてコーヒーを先に出してもらい、店内をゆっくりと見回す。木材の模様を活かした年季の入ったカウンター。ちょっとヨレた丸椅子。邪魔にならない程度に背の高い観葉植物。無地の紙ナフキン。角砂糖の小瓶。木枠の窓。会話を邪魔しない、穏やかに流れるクラシック。
「初めて入ったけど、落ち着くかも……」
「俺も」
眼鏡の奥の吉田くんの目が細くなった。
それにドギマギする自分がおかしかった。