40歳OL、舞い上がる
昨日、何十年ぶりにキスをした。
それこそままごとのようなキスだったけど、それでもかなり、満たされた。
佳くん。
恋ってすごい。今なら何でもできそうな気がする。
「いやいや、そんなポエムよりも豆腐ハンバーグよ」
泣きながら玉ねぎをきざみ終え、流れる涙はまだそのまま。涙とともに刺激物が流れるのを待つが鼻水は無理。そこは女としてというか大人としても鼻はかんでおく。
また手を洗い、ひき肉と水切りした豆腐を捏ねる。そして玉ねぎは生のまま投入。加熱してしんなりしたのもいいが、ちょっと残る歯ごたえも悪くない。
「さて、今から焼くのは……ちょっと早いかな」
午前中にはまたも大掃除かってくらいに掃除をし、客用布団まで干してしまった。
……なんか、すごく、期待してるみたいじゃない……?
…………まあ、ゆうべ改めて確認したたるんだ体でも、それなりに期待してる……けども……
ふと手が空くとそんな事ばかりを考えてしまい、掃除も丁寧になってしまった。締まれ二の腕と思いながらハタキをかけた。
「でも佳くんは今日もバイトだし、私は明日から仕事だし、昨日の今日はさすがにないない」
……がっちりしてたな……
…………舞い上がってるのは私だよ……
「美味しい!」
「良かった」
「和風ハンバーグなんて家で久しぶりに食べましたよ。大根おろしに麺つゆ最高!」
「なんでも食べてるところしか見たことないけど、苦手なものはなあに?」
「特にないです、あ、ゴーヤとか苦味系のやつですかね。でも出されたら食べますよ。苦味は少ない方が嬉しいですけど」
メモメモ。
「明さんは何が苦手なんですか?」
「私は辛いものかな」
「え?」
「カレーやレトルトものなら中辛までは食べられるよ。激辛チャレンジはお友達としてね」
「あ、良かった、無理して作ってくれたのかと」
「まさか。うちはずっとあのカレーライスよ。激辛ブームの時にラーメンを食べに行って散々な目にあったから懲りたの、ふふっ」
「残念。明さんがどんな顔して食べるか見たかったな」
「えー、タオルとティッシュと胃腸薬を持って行かなくちゃ」
失敗談を語りつつ、食後にまた二人で台所に立つ。
「明さんの味噌汁って具だくさんですよね」
「そうね。野菜が取りやすいし、具の種類が多い方が美味しい気がするのよね。もちろん作りたくない時はインスタントになるよ」
「うちは人数が多いからインスタントだとかなり高くつくんですよね〜。でもやっぱり味噌汁がないと落ち着かないというか」
「育った環境よね〜」
「そうそう。給食で中華スープとかミネストローネとか出た時はかなり衝撃でしたよ」
「え!今の給食ってミネストローネが出るの!?」
「え?」
「あ、そうだ同僚が言ってたな、小学一年生は慣れるまでおやつ給食でケーキが出るんだっけ?」
「そうですそうです」
「私の時のデザートなんて冷凍みかんだったわよ〜。今の子たちはいいわね〜」
最後のお皿を戸棚にしまい、また居間に移動。
「じゃあ今度はデザートバイキングでも行きますか」
と言いながら、佳くんはバッグから旅行雑誌を出した。
ん?
「明さんはホテルと旅館ならどっちがいいですか?」
どっちって、そりゃあもちろん。
「温泉がついてるなら和でも洋でもどちらでもいいです」
そう言うと佳くんは大笑い。だって入りたくなるのよ温泉!旅行と言ったら温泉がメインなお年頃なのよ!
「ここのホテルならエステもついてますよ。こっちの旅館は部屋に露天風呂が付いてます」
やだわー、こういうの見てるだけでも楽しいから決めきれないのよ私。
「俺が決めるなら旅館にします」
あらそうなの?なんか意外。
「浴衣がはだけた明さんを見たいんで」
…………あ……そういう……
「来月、この旅館に一泊しましょうね」
なんでそんないい笑顔で言うのかな……いや!嬉しいよ!でも恥ずかしい!
一人悶えていると、いつの間にか佳くんがそばにいた。
「それまでお預けです?」
あざとい!
「……ふっ、佳くんが来月って言ったんじゃない、ふふ」
「そうなんですけど〜、だってシフトが〜、でも〜」
私から唇を合わせた。すぐに離れると佳くんの目が丸くなってた。やだ可愛い。
「あ、明さんからされるとは……」
わ、佳くんが真っ赤。
「ふふっ、私だって好きだもの」
きっと私も真っ赤だろう。
ふわりと佳くんに抱きしめられた。
「はあ、俺の彼女が最高可愛い……」
不意に鼻の奥がツンとなり、目頭が熱くなった。
好きな人が好意を表してくれることへの歓喜。そして、安堵。
一人でも生きていけると思ってたのにな。
「っ……」
「明さん?」
「……抱きしめられるって、いいね」
ごめんね、今はうまく説明できない。この嬉しさをうまく説明できない。
ぎゅ、とされた。
この苦しさがどれだけ私を満たしてくれてるか、うまく伝えられるだろうか。
「これからは、俺が明さんを甘やかします」
「……うん」
抱きついた。
佳くんは出勤時間ギリギリまでずっと抱きしめてくれた。




