40歳OLの肩書き
可愛いけど、休んでくれるのも実は少しだけ期待したけども、私たちは社会人だ。
「いや、やっぱり行く」
佳くんがそう言って立ち上がった時は安堵した。
だけど、目が合うとまた心臓がドクドクと鳴る。
何か、言わなきゃ、何か。
赤くなって、でも真っ直ぐみつめてくれる佳くんに、何か。
「……い、いってらっしゃい」
期待外し。佳くんがほんの少し、がっかりしたのがわかった。
「あ、明日も待ってるね……」
「うん」
リカバリーできない私にそれでも微笑む佳くん。
情けない。
佳くんはいつだって言葉にしてくれたのに。
「明日じゃなくて今夜、ここに帰ってきていいですか?」
あまりの直球に、今度は私の目が丸くなる。それに比例して顔の熱があがる。何と言ったらいいか、はくはくと口が動くだけ。
でも。
佳くんは、じっと待っている。
「じ……準備、が、色々と、準備不足だけど……ど、どうぞ……」
「……準備が準備不足……ぶふっ!」
一世一代のつもりだったのに、あっさり笑われてしまった…………だって!布団とかどうしようって思っちゃったの!
「は〜!断られなくて良かった!ごめんなさい明さん、俺だいぶ舞い上がってます。調子乗りましたすみません。明日、ハンバーグ食べにまたお邪魔しますね」
え?あれ?
「田植え全部終わらせて明さんとゆっくり過ごしたいんで、今日は自宅に帰ります!」
「あ、はい……」
今夜は来ないのか……え?ゆっくり?んん?
「明さん、明さん」
「なに?佳くん?」
途端にニンマリとした佳くんにまたハッとさせられた。これは遊ばれている!
「キスしていいですか」
え。
と言う間もなく、佳くんが近づき、唇が触れた。
そしてすぐに離れる。
「可愛い」
そう言ってはにかむ佳くんの方がずっとずっとずっとずっと可愛いと思います!
突然のキスに混乱する私を優しげに見つめてくる佳くん。恥ずかしいけれど、私だってそんな佳くんをずっと見ていられる。
「明さん」
そう言って腕を広げてくれたから。
恐る恐ると抱きついた私をそっと包んでくれる。その触れるだけの抱擁にほっとする。
「うわ……夢じゃない……」
ぽつりと呟かれた内容に、同じことを思ったと、またほっとする。
少しだけ強まった腕が心地いい。
どうしよう。離れがたい。
「うぅ、離れがたい」
「……ふふっ」
「ん?」
「タイミング同じだったから」
「……『離れがたい』?」
「うん」
「あぁぁぁぁぁサボりてぇぇぇぇ……」
「ふふふ!」
「ここで笑うとか小悪魔ですか」
「ぶっ!オバチャンに小悪魔はやめてよ〜」
「すぐオバチャンて言う」
「事実ですので」
「いいえ。今から明さんの肩書きの一番上は『俺の彼女』ですからね」
佳くんが私の心臓を止めようとしてくるーっ!?
「一番上ですよ?」
「……はい」
そして、少しだけ離れて、また、触れるだけのキスをした。
離れていく熱が名残惜しい。
「くっ、これ以上は本気でサボっちゃうんで、行きます」
言い聞かせるような様子に、名残惜しさを我慢する。
「いってらっしゃい」
「行ってきます。また明日来ますね」
「うん。待ってるよ」
「うあああっ!バイトも田植えもサボりてえええっ!行ってきます!」
「あはははは」
振り切るように玄関を出て行く佳くんに手を振ると、大きく手を振り返してくれた。ふふふ、可愛い。
車のエンジン音が遠ざかってから腰が抜けたのは、歳のせいかしらね……