40歳OL、うっかりする
「美味しい!」
「そう?良かった」
やっぱり体を使った時は煮物は濃い目が美味しい。
今日の作業は順調だったようで、明日の日曜まででほぼ終わりそうらしい。実家でシャワーを浴びてから来た吉田、いや、佳くんは、今目の前でもりもりとご飯を食べている。毎度感心してしまう勢いだ。
「たくさん作ったから持って帰る?」
「やった!夜食にいただきます」
「夜食!」
「仕事の後は何か食べたくなるんですよ。煮物なら野菜いっぱいで、食べる量が少しでも満腹感がありますから助かります」
「でも、太らない?」
「去年はスイーツばっかり食べてたんで、太りました。やっぱりスイーツは要注意ですね」
あー、私は深夜スイーツはもう無理。確実に翌日に響く。今はもうスイーツ食べた日は夕飯いらないくらいである。
て、今も佳くんに白米のおかわりを渡したところなんだけど、仕事前にこんなに食べて大丈夫だろうか?
「農作業にはおやつタイムあるんですけど、それ食べないで切り上げて来たんで腹減って」
と、ちょっとはにかむ佳くん。やばい、大盛りにしたくなっちゃう。
「明さん家の米はご親戚のですか?」
「そうよ。父の実家が兼業で米農家なの。伯父二人がやってて、毎年送ってくれるのよ」
「うちの米が一番と思ってますけど、この米も美味しいです。なんか悔しいなぁ」
「ふふふ、ありがとう」
子供の頃は田植えや稲刈りは手伝いに行ったが、事故以降はもらうばかりだ。申し訳なくて代金は払っているが、市販の米の値段よりだいぶ安い。だから、御中元と御歳暮は欠かせない。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした。待っててね、タッパーは準備してあるから」
「洗い物します」
「そんな」
「そのつもりでおかわりしたんで!」
「ふ、ふふっ。じゃあお願いします」
二人で台所に立つのは佳くんの家に行った時ぶりだけど、我が家となると不思議な光景だ。
佳くんの大きな手は洗い物をするのも早い。ただやっぱり流し台は低そう。高身長さんは大変だ。
それを横目に見ながら、すでにタッパーにわけていた煮物の温度を確認する。うん、しっかり冷めたね。フタをして用意していたビニール袋に入れる。
「タッパー二つでいいかな」
「二つもいいんですか?」
「明日の朝とか。あ、朝ご飯は食べない?」
「食べます。農作業の時は朝食べないと昼まで持たないし」
「わぁ、働き者だ」
「爺たち年寄りが人使い荒いんですよ、腹立つ」
腹立つなんて言いながら笑ってるし。佳くんてご近所さんのことも好きだよね。
玄関で佳くんをお見送り。
「明さん、ご馳走さまでした。これで明日も頑張れます」
煮物の入った袋を持ち上げてにっこりされると、明日も何か用意したくなっちゃう。瞬時に脳内で冷蔵庫の中身を物色。肉そぼろを作ろうと挽き肉を買ったっけ。
「明日はハンバーグにしようか」
「え?」
「豆腐ハンバーグになっちゃうけど」
「え?え?……誘ってます?」
あ。
「え〜、と、ご飯だけ、は誘わない方がいい?」
自分のヘタレぶりに情けなくなる。こんなに意気地なかったのね……
「ああなんだびっくりした〜。いえ、ご飯だけでも誘ってください。明さんが大変じゃなければ明日もお願いします!」
年下にフォローされるなんて情けない……佳くんて大人だなぁ。
「明日も明さんのご飯が食べられるなら、田植え全部終わらせるんで、次の休みはフルコース行きましょうね」
煮物と豆腐ハンバーグの対価にフルコース!?
「ふふっ、それだと佳くんが割りに合わないじゃない。いつもの喫茶店で……」
みるみると目を丸くする佳くんに、自分の失態を悟る。
うあああっ!?いや!失態じゃない!失態じゃないけど!失敗というか心の準備というか!
思わず口を両手で押さえてしまい、その行動にも慌ててしまい、顔が熱くなる。
ひぇぇぇ、オバチャンの赤い顔なんてどこにも需要ないからぁぁぁ……穴があったら入りたいぃぃぃ……!
「う、あ、あああぁぁ……」
と奇声を発してしゃがみこんだのは佳くんだった。
あれ?
「バイト休みてえぇぇ……!」
大きな体を小さく丸めて、膝に顔を押しつけながら叫ぶ。くぐもってもしっかり聞こえ、でもなんて声をかけていいか迷う。
「明さん、今日のバイトサボったら俺を嫌いになりますか?」
まだ丸まったままの佳くんがそんな事を聞いてきた。
ああ、つむじまで可愛く見えちゃうなぁ。