40歳OL、告白される・2
「もう少し話したいんで、明さん家に車入れていいですか?住宅地じゃ路上駐車は迷惑ですし。でも俺、車からは降りないんで」
「吉田くんて紳士ねぇ」
「え、なんすかそれ。車の中の方がヤバいと思ってくださいよ。部屋にあがるより距離近いですからね?完全に下心ですよ」
「あ、そっか」
「……家に入るより油断するかとは思ったけど……誘ってるなら遠慮しませんよ?」
「いつもお気遣いありがとうございます」
「……はぁ、明さん攻略難しい……やっぱり続きはまた今度にしましょう。このまま帰りますんで、ゆっくり休んでくださいね」
「え……」
「ちょっと眠そうな顔してますよ。かーわいい」
さっき泣いたし、正直頭もぼんやりしてる気がする。……けど!微笑む吉田くんの方が可愛いんですが!
「も、もう、オバサンをからかわないの」
「また言う。そうやって線引きしようとするならちゃんとフッてください」
ドキッとした。次の言葉がパッと出てこない。
「いいんですよ、明さんの素直な気持ちで。はっきり言われないのをいいことに行動してるのは俺の方ですから」
こういう時、どうしたらいいのだろう。
素直な気持ちって、なんだろう。
吉田くんへの素直な気持ち。
「これでも最初は、人妻だと思って諦めようとしたんです」
苦笑する吉田くん。
「でも、いつも一人で買い物するし、買う量もやたらに少ない。一人暮らしの俺と同じくらいで、だから、旦那さんは旦那さんで自分の分を買ってくるのかなと。でもそんな事直接聞けないし、不自然じゃない、お客さんと喋る方法をずっと考えてました。そのうち、隣のレジのパートさんと明さんの会話で独身だって聞こえて、思いきって挨拶から始めました」
ああ、そういえばベテランパートさんとはそんな話もしたかも。薬局で買い忘れたオムツを買った時だったかな。介護からのちょっとだけお互いの身の上話。
「え、あの挨拶って、吉田くんから始めたの?」
「そうですよ。背に腹は代えられないと、パートさんに相談したんです。気になるお客さんに声を掛けたいけど、こんな方法はどうって」
えええええ……
「パートさんたちがめっちゃ盛り上がっちゃって、相談したことをすぐ後悔したんですけど……まあ、こうしてドライブできるようになったんで結果オーライですね」
「え、じゃあ、レジの人たちみんな知ってるの?」
「いや、夜バイトは知らないですよ。パートと社員が何人かですね。『トイレはあちら事件』を知ってる人は応援してくれましたね」
両手で顔を覆った。恥ずかしすぎる。自分がやった事だけど、自分がやったことだけど!何よその事件!
「……色々恥ずかしいんだけど……」
「ははは、俺も恥ずかしかったです。あ!ほら明さん、家の明かりがついたら帰りますから、家に入ってください」
そうだった。吉田くんはともかく、私の方は確実に明日に響く。さっきは触れられなかったドアを開ける。
「今日もご馳走さまでした。たくさん驚いたけれど、楽しかったよ。ありがとう。帰り道、気をつけてね」
「こちらこそ。ちょっとしか怒られなくてめっちゃホッとしてます、はは。じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい」
ドアを閉めて、玄関に向かう。バッグから鍵を出し、吉田くんに手を振ってから家に入る。
「電気、電気」
玄関のライトをつけても車の音は変わらず聞こえる。茶の間のライトをつけるとエンジン音が遠ざかって行った。
その場に座りこんだ。ついでに息も吐く。
顔が熱い。
車を降りる時に引き留めてもらえなくて残念と思う自分が恥ずかしい。
「なんか、色々恥ずかしい……かわいいって二回も言われたし……はぁ、湯船に浸かりたいところだけどシャワーにしてすぐ寝よう、うん。キャパオーバーだわ」
シャワーを浴びる前に明日の準備をしていると、吉田くんからただいまメールが届いた。おかえりと返して入浴を済ませると、またメールが来ていた。
『話が途中だったので。
俺の生きがいですけど、弟たちに充分な援助をすることです。家を出た兄姉が俺たちにそうしてくれていたというのもありますけど、学校で困らないだけの、学校外で必要なだけの。ジジイが困らない程度の、本人たちの自立を妨げない程度です。
いざやるとなると難しいです。ジジイの病院通いが増えたのもあり、会社を辞めてデイトレになることにしました。仕事のための生きがいのはずが逆転しちゃいましたw
そんな感じです。
返信不要!おやすみなさい』
家族の中の吉田くんは、レジにいる時とも、私といる時とも違う雰囲気だったけれど、家族を大事にしていることは伝わってきた。
私は一人っ子で、親戚付き合いはあるけど核家族で、吉田くんとは育った環境が全然違う。今までなら「どうしよう」とすらも思わなかっただろう条件の人。
でも吉田くんは、もう『一方的な心のアイドル』ではない。
私を、今の私を見てくれている。
触れたい―――
「寝よう!」
うん、疲れたから、今日はめっちゃ疲れたから、もう寝る、今寝ないと明日むくむし、同僚からまた欠伸チェックされちゃうし。
ばさりと布団をかぶり、目をつむる。
『好きになっちゃった』と言った吉田くんが何度も浮かんだ。
…………ぎゃふん。