40歳OL、喪服を脱ぐ
長岡更紗さま主催【第二回ワケアリ不惑女の新恋企画】参加作品です。
10話まで予約投稿してますが、その後は不定期になります…m(_ _)m ←またかよ
喪服を脱いで息を吐いた。
真新しい母の位牌がちょっと古ぼけた父の位牌と並んでいる。
どうせ飾るならと、若い頃の両親が並んで笑っている写真に替えた。
「二十年ぶりに並んだね」
線香を立てて、手を合わせた。
両親が夫婦水入らずの旅行先で事故に遭ったのは私が二十歳の時。
その時に父は亡くなり、母は半身不随に。
退院後十五年は自宅で過ごしたが、父を失ったショックは少しずつ母を蝕んでいたようで、ある日から記憶がまだらになってしまった。
父がいなくなってから、母の世話を必死にしてきた。
『そんなにかいがいしくしなくても一人でできる事は大丈夫よ~』
仕事に向かう私にいつもそう笑っていた母。
ぼんやりすることが多くなったような気がしたある日。
『今日はお父さん遅いわね』
夕飯時に母が発した言葉に、動揺しないふりをするのが精一杯だった。
そうなってから母の老いは急速に進んだ。
三年経つ頃には仕事をしながらの介護が難しくなり、元々週に三回利用していたデイサービス先の提携しているホームに入所させてもらえた。母を担当していたケアマネージャーが手を尽くしてくれたのだ。
『お母様のこともですが、あなたが倒れてしまう方が心配です』
自分はまだ若いから、そう思っていた以上に負担になっていたらしい。ケアマネージャーの労りの言葉に泣いてしまった。
母が入所してがらんとした家は、寂しくもホッとした。
その罪悪感に、父の位牌の前で泣いた。
そして、ホームに入って二年。母は眠るように息を引き取った。
「いらっしゃいませー。あ」
あ……?
いつも買い物をする近所のスーパーの会計でレジにカゴを置いたらそう言われ、思わず店員さんを見てしまった。
若い男の子のアルバイトくんだ。ひょろりと背が高いので目立つ。大学生か高校生か。近くに大学がないので高校生だろうと予想。
ベテランパートさんはともかく、若い子は出入りが激しいので、よっぽどの特徴がないと覚えていられない。だが彼の会計は素早く、さらにベテランパートさん並みに丁寧なのでよく並ぶ。
ごちゃごちゃした買い物カゴの中身がレジを過ぎて整然と並んでいた様を見た時から実は彼のファンである。まさかスーパーでアイドル演歌歌手の追っかけのおばちゃん心理を理解するとは思わなんだ。
まぁ仕事と介護に追われていた私の癒しなのは間違いない。
だけどまともに会話したこともないので、なぜ今日に限って「あ」と続いたのかわからない。……もしや、体のどこかに何かついているのだろうか? 喪服を脱いだついでに部屋も少し片付けたのでゴミでも引っ付けてきたかと顔に熱が集まった。ゴミを付けたままスーパーを練り歩いちゃった……?
「し、失礼しました!久しぶりに見かけたので、つい……」
慌てる彼を見て思わず和む。顔を覚えられていたことが少し嬉しい。
まぁほぼ毎日来て、お惣菜コーナーの常連で、値下げシールがついたものばかり買ういい歳を越えた女など、よく考えなくとも覚えやすいだろう。
言い訳させてもらえれば、平日は疲れて夕飯のメニューを考えるだけでも一苦労なのだ。母が元気なうちはたまの手抜きとまだ良かったのだが、自分一人だけになるといよいよ何でもよくなる。自炊した方が安上がりなのはわかっているが、毎日自分が作り置いたものを冷凍庫から出して温めて一人で食べているとなぜか切なくなってきた。
それからはなるべく手を抜いている。外食よりは安いと言い訳しながら。
母が亡くなってから今日まではこのスーパーに来ていなかった。亡くなった日から葬儀までの間に親戚が持ち寄ってくれたインスタント食品で間に合っていた。
そうか。こっちに来るのは一週間ぶりだったっけ。
店員さんも意外と客を覚えているものだと思うと、彼の「あ」がさらに嬉しくなった。それにしても一週間で「久しぶり」って……どれだけ頻繁に来店しているかがわかる……今まで気にしなかったけどちょっと恥ずかしいかも……
「ありがとう。また通うからよろしくね」
「あ、はい!お待ちしてます!」
いつもちらりとしか見ない笑顔を正面から見てしまい、年甲斐もなくときめいた。
若い男の子の笑顔でときめくなんて……おばちゃんて安いわぁ……