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50:テルケン・カトンへの使者2:ダーニシュマンドの野心6

人物紹介

モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


ダーニシュマンド・ハージブ:チンギスの臣。ホラズム国出身の文官

 チンギスにテルケン・カトンへの使者を願い出て、許され、現在、その居所に赴いている途中である。


ホラズム側

テルケン・カトン:先代スルターン・テキッシュの正妻にして、現スルターン・ムハンマドの実母。

 母后とも呼ばれる。カンクリの王女。

人物紹介終了

 そうしてウルゲンチへ向けて、進むこと二週間。

 その日の旅を終え、もう少しで宿駅に至ろうという時のことであった。

 ホラズム兵と遭遇した。

 前方ばかり警戒しておったが、何と後方から現れた。

 最初は十騎程度であり、こちらを警戒してすぐには近付いて来なかった。

 本当にホラズム勢力かと信じ難く想うが、その翻す軍旗から確かであった。


 ダーニシュマンドもしばし様子を見ておった。

 その間にも後方から続々と敵軍は到着し、こちらの三倍ほどにもなった時点で、このままここで夜を迎えては最悪なことになりかねぬ。

 我らに対する不審の念が、いつ殺意へと変わるか分かったものではない。

 そう想いなし、お供一人のみを連れ話をしに行くことにした。

 帯に挟んでおった懐剣を外し、お供にもそれを命じた。


 モンゴル人使者二人も同行を望んだが、


「我が様子をうかがって来ます。

 話が通じる相手かどうかも分かりませぬ。

 下手にそなたたちが出向いて刺激してはなりませぬ。

 まずは同じムスリムたる我らが赴きましょう。

 あの者たちも少しは心開くかもしれませぬ。

 また最悪我らを殺さんとするにおいても、ためらうかもしれませぬ。

 ここはどうかお任せ下さい。」

 とダーニシュマンドは自重を求めた。


 それでも二人が行くことを望んだので、


「そなたたち異教徒を殺すことを、我らの法は罪とはしません。」

 と自らの頭に巻くターバンを指し示しつつ、そう付け加えて、ようやく納得させた。


 敵兵のほとんどが槍や弓を携え、また鎧と兜に身を固めておった。

 そしてまだ距離はあるとはいえ、かなり物物しい雰囲気が感じられた。

 さすがに躊躇せざるを得ず、駒を止めた。




 ただ少し時を置いて、敵側から三騎進み出て来た。

 ダーニシュマンドは馬上から降り、お供に手綱を渡してここに留まるべく命じると、そこから先は一人で歩いて近付いた。

 そして先頭の者の馬前にてひざまずき、己はチンギス・カンからの正式な使者であるとして、テルケン・カトンへの案内を請うた。

 それから立ち上がると、馬上の者にカンより授かった金虎符を渡す。

 相手は金虎符とダーニシュマンドの顔を二、三度交互に見比べておったが、

「しばし待て。」

 と言い残すと、戻って行った。

 近付いた分、敵兵の姿もはっきり見えた。

 明らかに傷を負った者が少なからずおった。




 少し後、今度は別の者が来て言うには、

「テルケン・カトンへの使者とのことだが、そなたをどうするかの判断を我らはできぬ。

 我らの将たるオグル・ハージブがやがてここに至ろうゆえ、その方にご判断頂こうとの話となった。

 邪魔にならぬよう、道の脇に控えて待て。

 そなたらの隊の監視と護衛を兼ね、我が隊が残ることとなった。」


「どちらに向かわれておるのですか。」

 そう問うたダーニシュマンドに、


「ウルゲンチだ。」

 と相手は答える。


 これは幸先が良いぞと想い、そこでついつい

「どちらから来られたのですか。」と問うた。

 しかしすぐに後悔することになった。


 相手がとても嫌そうな顔をした上に、

「知る必要はあるまい。」

 とのつっけんどんな答えのみが返って来て、

「これは我が預かっておく。良いな。」

 と金虎符を返してもらえなかったゆえに。




 三日待った。

 その間に多くの軍勢が通り過ぎた。

 後から来るほどに怪我人は増えており、その進みもより遅々としたものとなっておった。

 その日の夜、ダーニシュマンドは二人のモンゴル人使者共共急遽呼び出された。

 少し前から周囲には馬のいななきや騒々しい物音が続き、夜半過ぎであったが、ダーニシュマンドは与えられた天幕の中で寝付けないでおった。


 武器を持っておらぬか厳しく調べられた後に、三人は「オグル・ハージブが待っておられる」と告げられてから、天幕の中に入った。

 相手は両脇に総勢十人近くを従えて待っておった。

 おかげで中はすし詰め状態となった。

 ダーニシュマンドを先頭に、二人のモンゴル人はその左右に少し下がってひざまずいた。

 自らの素性と用向きを改めて伝えることを許されただけで、ダーニシュマンドにはそれ以上の言葉を述べる機会が与えられることもないままに、


「こんな者。

 知りたきことのみ聞き出して、殺してしまいましょう。

 母后に会わせる必要もありますまい。

 最早戦は始まっております。」

 一人の者がそう声を荒らげると、

 ほとんどの者がそれに賛同した。


 その者たちの唾が飛んで来て顔にかかったが、それをぬぐうことさえはばかられた。

 その程度のことを理由に殺されかねぬ雰囲気に、天幕は満ちておった。

「首を持って帰れば、母后への良き手土産となりましょう。」と言う者さえおった。

 相手は気が立っておるというだけではない。

 明らかに殺意が感じられた。

 そしてその理由に想い及ばぬ訳ではなかった。

 この者たちは間違いなくブハーラーから逃れて来た軍勢であろう。

 ならば、その負っておる傷は、モンゴル軍によるもの。

 この天幕の内にても、布を巻き付けておる者が数人おり、一部血で変色しておった。


 それに気付いてはダーニシュマンドもさすがに言うべき言葉が見つからぬ。

 そうして重い沈黙の中、他の者が立って近侍するのに対し、その真ん中にただ一人椅子に座る者が口を開いた。

 髭に包まれたその口がやけにゆっくりと動いて見えた。


「我は常々言うておろう。

 無闇に人を殺すものではないと。

 この者が使者である以上、母后の客人と同じ。

 そなたらはそれを殺すというのか。

 その必要が本当にあるならば、きっと母后がそうなさろう。」

 そしてダーニシュマンドは静かに告げられた。

「そなたの言葉を信じ、母后の下に案内しよう。

 我らと共に進むが良い。

 それが一番安全であり、何より確実に至れよう。

 ただそなたの携えるものが、チンギス・カンの使者の証しか否か分かる者がここにはおらぬ。

 ウルゲンチにて偽物と判明した場合、そなたは殺されることになる。」


 言われたことを理解するのにしばらく時間がかかった。

 聞こえぬはずはなかった。

 息がかかるほど近くにひざまずいておるのだ。




 会見の場を出ると、ダーニシュマンドは確かに己が神の導きの下にあることを確信した。

 己は殺されて当然であった。

 それがそうならなかったのだ。

 これはその証しである。

 篤信家のこの者はそのことを神に感謝して、コーランの章句を唱えた。


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