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3(トクの祭祀)

 これより先、比較的牧地の近いトゥルイからは、わたくしも参加すべく一端赴きましょうかとのお伺いが来ておった。

 これに対し、チンギスは次の如くの返答の伝令を出しておった。

『これは何より我の仇討ちである。我の願は心底(しんてい)からのものである。それを軍神が疑われることは、よもやあるまい。

 そなたは準備を怠りなくなすことに専念せよ。』


 チンギスは近衛隊(ケシクテン)の隊長たちに黒のトク(纛)の一式をその禁地から運んで来るよう命じた。

 そして今ケルレンの大オルドにおる者たちの中から、ボオルチュ、シギ・クトクを筆頭とする万人隊長・千人隊長たちを引き連れて自らも出発した。

 先導するのはテンゲリ(シャマン)とその従者である。

 そろいもそろって黒馬にまたがり、また衣も黒のデール(モンゴルの民族衣装)を身にまとう。

 そして一人として武器を携えておる者はおらぬ。ただ遠巻きに警護を担当する近衛隊(ケシクテン)の一隊は除いて=この者たちは儀式への参加を許されておらぬ。

 やがてトクの一揃いを馬車に乗せて運んで来た近衛隊(ケシクテン)の隊長たちが合流すると、チンギスたちは先頭をゆずった。

 馬が時折いななくのと、テンゲリの従者の腕の中の黒山羊が、大事そうに抱えられておるにもかかわらず鳴き続ける他は、皆無言である。

 目的地に到着すると、近衛隊(ケシクテン)の隊長たちは大トクを立てた。

 その周囲に小トクを四本立て、大トクから垂らす綱をそれに結んで支脚とした。

 時に強く吹く風が大トクの竿をわずかにしならせ、首部から垂らされた無数の黒色の馬のたてがみをたなびかせる。

 その頂部の槍はにぶく陽光を反射しておった。

 チンギス以下全員が帽子を取り、帯を緩め、トクの前にひざまずくと、三度叩頭した。

 それからテンゲリが軍神への呼びかけに用いる祈願文を詠み上げた。

 更に従者に黒山羊を連れて来させ、テンゲリ自らほふり、従者共共木桶の中で手早く解体する。

 テンゲリにその木桶を差し出されると、チンギスは立ち上がり、そこから黒山羊の頭をつかみ上げた。

 大きなトクに近づき、それよりしたたる血を振りかけた。

「軍神よ。我らに仇を討たせて下さい」と祈った。

 チンギスが黒山羊の頭を戻すと、全員に木桶から血を汲んだ杯が配られた。

 再度トクの前にひざまずいたチンギスは先と同じ祈りを唱え、続いて全員が唱和し、それを飲み干した。

 チンギスは他日まだらのトクについても、伝来のしきたりに従って同様の儀式を執り行った。


 参考文献

 本話を書くに際しては、特に下記の書を参考にさせていただきました。記して謝意に代えたいと想います。楊海英『チンギス・ハーン祭祀』(風響社 2004年)

 ただ本話はあくまで創作であり、実際の儀式次第を知りたい方は上掲書を参照して下さい。


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