第2話 「美しき狩人シャルルッッッ!!!」
「お前の名はッッ???」
「僕の名はシャルル。世界一の美貌を持った狩人さ」
木の上に立ち、アネットの質問に答えた彼――シャルルは、肩まで伸ばした艶やかな黒髪をCOOLにかきあげた。
「それにしても、こんなところで人に会うとは思わなかった。君、何者だい?」
「私の名はアネットッッ!! 何者かにさらわれてしまった祖母を探して、ここまで来たッッッ!!!」
「ふむ、そうか……ん? アネット……?」
するとシャルルは、不審そうな表情で首をかしげる。
「アネットっていうのは女性の名だぞ。男なのにそう名乗るなんて、ずいぶん変わっているね」
「失敬なッ! 私は女だッ!」
それを聞いたシャルルは「なんだって!?」と叫ぶと同時に、驚きのあまりバランスを崩して木から転げ落ちたッッ!!
「おっと、危ないぞッ!」
素早い身のこなしで走り寄ったアネットは、上から落ちてくるシャルルを両腕で見事にキャッチッ! お姫様抱っこのような形で彼を救ったッ!
「あ、ありがとう……はは、まさか君、女性だったとはね……」
アネットの腕の中で茫然と呟くシャルル! しかし彼が誤解してしまうのも無理からぬことだッ!
アネットはどこからどう見ても男――いや、“漢”にしか見えないッ!
赤いずきんと白のワンピースをまとっているが、それでもにわかには女性だとは信じがたいッ!
「ところでお前、狩人なんだよなッ! ならば、この地面の足跡に見覚えは無いかッッ???」
彼女はそう言ってシャルルを下におろすと、地面に刻まれた大きな肉球の足跡を見せたッ!
「うん? これは……一見犬の足跡のようだが、ここまで大きい足を持つ犬はこの地域には生息していないはずだ。もしかしたら……狼男か?」
「狼男……ッッ!?」
「ああ」
艶やかな黒髪を揺らし、コクリと頷くシャルルッッ!!
「驚いた、まさかこんなところに狼男がいたとはッ!」
「僕も実際に狼男の足跡を見るのは久しぶりだ。もしかしたら君のお婆さんは、こいつに食べられたのかもしれない」
それを聞いたアネットは、赤子の頭程の大きさを誇る拳を握りしめて、激昂したッ!
「ぬうぅ、許せんッ! 今すぐ狼男を見つけ出して、血祭りにあげてやるッ! おいシャルル、狼男を追えるかッッ!? 一緒に行くぞッ!」
「え? 僕も行くの?」
顔をこわばらせるシャルル!
「当然だッ! まさか貴様、女性一人に狼男討伐を任せようというのかぁ~ッッ???」
アネットは閻魔のような形相で詰め寄った! その表情には、“断ればただでは済まない”という有無を言わせぬ圧力が含まれているッ!
「い、いやそれは……」
「無論、狼男との闘いには加わらなくてよいッ! やつの住処まで導いてくれればそれでよいのだッ!」
「わ、わかった! そういうことなら……」
こうして、渋々ではあるがシャルルはアネットに協力することになったッ!
数分後。
森の中を慎重に進むアネットとシャルルは、岩肌の斜面にぽっかりと開いた洞窟を見つけた。
「クンクン……あの穴から、獣の強いにおいがしてくる……恐らく狼男はあそこだ」
鼻をせわしなくひくつかせながら言うシャルル。
彼は歳こそ若いが優れた狩人であり、特ににおいをかぎ分ける能力が人一倍高かった。
そのため、足跡の途切れていたあの場所から、獣特有のにおいをかぎながらここまでたどり着いたのだ。
「ご苦労であった、シャルルよッ! ここからは私1人で大丈夫だッ! お前は帰れッ!」
目の前の洞窟を険しい表情で見つめて話すアネット。
それを聞いたシャルルはコクリと頷き、
「ああ、それじゃあ後は頑張ってくれ。君の無事を祈っているよ」
と返して足早にその場を去っていった。
「さて、と……ッ!」
1人残されたアネットは、洞窟を見つめたまま冷静に思案する。
「狼男……戦ったことはないが、恐らく罠をはって待ち受けるほどの知性は無いはずだッ! ならば、ぐずぐずしている暇はないかッ! 祖母を一刻も早く救うために、ここは正面突破だッッ!!」
彼女は仁王の形相でそう叫ぶと、気合を入れるように赤ずきんをかぶり直す。そして首元にあるずきんの紐の結び目を、ほどけないようにキュッと固く結ぶと、洞窟に向かって堂々と歩み寄っていった。
一方その頃、洞窟内。
薄暗くじめじめとした空間の中で、狼男は四肢を投げ出して眠っていた。
「グガーーー……グガーーー……」
彼の豪快ないびきが、洞窟内で反響してこだまとなる。
と、その時であった。
茶色くとがった耳をピクリと動かした彼は、深い眠りから目覚めた。
そして全身の毛を一斉に逆立てると、機敏な動作で立ち上がって呟く。
「誰か……入ってきやがったな……!」
彼の中の野生の“勘”が、住処に何者かが侵入してきたことを知らせてきたのである。
狼男は腰を低く落とすと、目を凝らして出口の方をじっと見つめた。
洞窟の中は暗かったが、狼男は人間よりも数倍目が発達しているので、侵入者の姿をすぐに捉えることができた。
(人間か……何やらずきんのようなものを被っているが、それにしてもかなり鍛えている男だな。だが暗闇での戦いならこっちに分がある。素早く走り寄って、俺様の自慢の爪で切り裂いてやる……!)
狼男はニンマリとほくそ笑んだ。
まさか1日に2人もの人間を食べることができるとは、まさしく僥倖である……彼はそう考えていたのだ。
しかしこれが後に大きな誤算になるなどとは、この時の狼男はかけらも思っていなかった。
薄暗い洞窟を進みながら、アネットは考えていたッッッ!!!
(どうしよう……暗いッッッ!!!)
アネットは生まれてから16年間、ひたすらに体を鍛え続けてきたッ!
しかし狼男と戦った経験などない彼女にとって、この暗闇は圧倒的ハンデとなるッ!
(何か策を考えなくては……ッ!)
――と、その瞬間ッ!
前方から、何か大きなものが空を切る音が聞こえてきたッ!
「ムッ!?」
とっさに腰を低く落とし、ファイティングポーズをとるアネットッ!
すると暗闇の中に、2つの緑色の光がギラリと輝くのが見えたッ!
(これは……狼男かッ!?)
ご名答ッッ!!
彼女の数センチ先まで、血に飢えた危険な狼男が迫っていたのだッ!
このままでは、アネットは敵の鋭い爪に切り裂かれてしまうッ!
もはやこれまでなのだろうかッ!?
しかしご安心いただきたい! 彼女はこれまでの人生のほとんどを“武”に捧げてきた、最強の武闘派なのだッ!
故に、“狼男に襲われた程度”では死なないッ!
「ふんッッッ!!!」
敏感に敵の気配を察知したアネットは、とっさに両腕を前に突き出したッ! そして、凄まじい勢いで迫ってくる狼男を全身で受け止めるッ!
「な、何ィ!?」
いきなり相手に掴まれて、思わず驚愕する狼男ッ!
だが彼が面食らってしまうのも無理はない。今の狼男は、時速に換算して約150キロものスピードが出ていたのだッ!
身長3メートルの狼男が、プロ野球選手の投げるボールほどの速度で動いていたのだから、その威力・重さは計り知れないはずッ!
だというのに、このアネットは受け止めたッ!
ここで読者の皆様に説明せねばならないッ!
今の彼女の動きは、沖縄に古くから伝わるれっきとした武術の一種! その名も“衝止手”であるッッッ!!!
(※衝止手……西暦1200年頃、琉球で柔術を学んでいた青年が編み出した技。両足を広げて腰を低く落とし、前方から突進してくる相手を受け止めるというもの。この際両手・両足のばねを上手く使って衝撃のインパクトを最大まで和らげることで、怪我することなく敵を無力化できる。青年は衝止手を編み出した翌日、琉球王国に住む魔獣・シーサーと戦って生還した。無論、この技が戦いの決め手になった事は言うまでもなく、それ以来“沖縄流柔術と言えば衝止手”と言われるほど有名な技となった――世界童話出版・「琉球シーサー武闘伝」より抜粋)
アネットはフランス人だが世界各国の武術をたしなんでいるので、当然琉球の柔術も使えるッ!
さあ、戦いはこれからだッッ!!
次回、「狼男との死闘ッッッ!!!」に続くッッッ!!!