第1話 「赤ずきん参上ッッッ!!!」
時は1690年、フランス。
緑が生い茂る鬱蒼とした森の中に、木造の大きな家が一軒、ポツンと孤独に建っていた。
そこでは木こりの父、専業主婦の母、そして16歳の若い娘の3人が、仲睦まじく暮らしていた。
――赤ずきんの伝説は、この家から始まる。
ある日の正午のこと。台所での皿洗いを終えた母親は、用事を頼むために隣の部屋にいる娘を呼んだ。
「アネット! ちょっとお使いに行ってきてくれないかしらー?」
彼女が叫ぶと、寝室の扉がガチャリと開いた。そこからのそのそと1人の娘が出てきて、威勢よく返事をする。
「御意ッッッッッ!!!!!」
ここで、読者の皆様に説明しておこうッッ!!
一般的に“16歳のフランス人女性”と聞いて我々が思い浮かべるのは、すらりとしたスリムな体を持った、美しい少女であるッ!
しかしッ! この物語の主人公であるアネットは、そのような貧弱な肉体の持ち主などでは断じてないッ!
身長、驚異の190センチッ! 極限まで鍛え上げられた筋骨隆々の肉体を持っており、腕と足は丸太のように太いッ!
そして髪は美しいブロンドのロングヘアーで、その全身には特注サイズの白いワンピースをまとっているッ!
きりりと太い金色の眉毛と鋭い眼光が特徴的であり、何も知らぬ者が見れば武闘家が女装した姿だと誤解してしまうだろうッ!
だが彼女は、れっきとした16歳の女性であるッッ!!
「それで、母上……私は一体何をして来ればいいのだ……ッ?」
腹に響くような重低音の声で言うアネット! その声は威厳にあふれており、戦場で闘う歴戦の兵士を思わせるほどだッ!
「ちょっと、おばあちゃんの家までフルーツを届けてきてほしいの」
母親はそう言って、アネットにリンゴやバナナなどが敷き詰められたバスケットを手渡した!
ちなみに念の為補足しておくが、この専業主婦の母親も、現在仕事に出ている木こりの父親も、平均的な身長・体重の普通の両親であるッ!
すなわちッ! アネットがこのような肉体を手に入れたのは、遺伝ではなくあくまでも生まれてからの日々の鍛錬の結果なのだッッ!!
やはり毎日の積み重ねは偉大であるッ!
「うむッ! 引き受けたッッ!!」
そう言ってバスケットを受け取るアネット!
「もう、アネット! 何度言ったら分かるの? もっと普通の女の子らしい言葉遣いをなさい! はしたないわよ!」
母親は口をとがらせて注意したッ!
「う~む、どうもそのような軟弱な話し方は、私には合わないのでなぁッ!」
アネットは眉間にしわを寄せ、仁王が如き形相で返すッ!
「とにかくッ! すぐに祖母の家までこれを届けてくるッッ!!」
「ええ。それと、今日は日差しが強いからずきんもかぶっていきなさい」
「御意ッッッ!!!」
彼女はそう返すと、早速バスケット片手に玄関へ向かったッ! そして壁に掛けられた深紅のローブをバサリと豪快にひるがえしながらはおり、フードで頭を覆うッ!
「では……行ってくるッッ!!」
赤ずきん、出動ッッッッッ!!!!!
アネットの祖母が暮らす家は、森の奥深くに位置している。近くには危険な猛獣も沢山住み着いているので、商人も滅多にやってこないような場所だ。
そのため、定期的にアネットがこうして食材を届けに行く必要がある。
「ぬぉおおおッッ!!」
アネットは、ひたすらに走っていたッ!
彼女の住む家から祖母の住む家まで、常人であれば歩いて3時間はかかる道のりッ!
しかしッ! 常人の限界を大幅に逸脱した筋肉を持つアネットが全力疾走をすれば、その所要時間は――なんとたったの3分ッ! まさに、圧倒的脚力であるッ!
これには読者の皆様も驚かざるを得ないッ!
「よし、着いたッ!」
そうこうしている内に、アネットは祖母の家に到達ッ!
彼女の目の前に、茶色いレンガを組み合わせて作り上げられた立派な一軒家が現れたッ!
「祖母よッ! 参ったぞッ!」
ドンッ! ドンッッ!!
家の扉を、その太い腕でもって激しくノックするアネットッ!
しかし返事がないッ!
「……奇妙だ……ッ!」
いつもであれば、すぐに祖母が出てくるはずッ!
不審に思ったアネットはフルーツの入ったバスケットを地面に置き、腰を低く落としたッ!
そして踏ん張りが効くように両足を開くと、なんの躊躇もなく扉に正拳突きを放つッッ!!
「破ッッッ!!!」
ドカーーーンッッッ!!
木製の扉が、一瞬にして木っ端みじんになったッ! 凄まじい風が巻き起こり、彼女の頭を覆う赤ずきんが揺れるッ!
「祖母よッ! 無事かッ!」
憤怒の形相で叫びながら、家に押し入るアネットッ!
そして部屋の中を見回すが――そこには、祖母の姿がなかったッ!
「そんなはずはない……ッ! 祖母は滅多に外に出ない人だッ! きっと何かあったに違いないッッ!!」
彼女はそう叫ぶと、早速部屋中を調査し始めるッ!
荒らされた形跡や血痕などは見当たらないので、恐らく盗人が押し入ってきたというわけではないようだッッ!!
「ふむふむ……んッ? 暖炉に火がついている……ッ!」
彼女の言う通り、部屋の隅に設置された暖炉はパチパチと音を立てて燃え盛っていたッ!
「もし仮に、何か用事があって外出をしたとしても、暖炉の火をつけたままにして出るのはおかしい……ッ! 部屋で争った形跡がないところを見ると、祖母は寝込みを襲われ、誘拐されてしまったかッッ!!」
冷静沈着な推理で状況を分析するアネットッ! 彼女は、肉体だけでなく脳みそもしっかりと鍛えているのだッ!
「そうと分かれば……早速、捜索に出なくてはッッ!!」
そしてアネットは踵を返し、祖母の家を後にしたッッ!!
一方その頃。祖母の家からそう遠くない所に、ぽっかりと穴の開いた洞窟があった。
中は広いが薄暗くじめじめとしており、決して人が寄り付くような場所ではない。
そしてその洞窟の奥に、四肢を投げ出してあおむけで眠る一匹の狼男がいた。
狼男。全身を茶色い毛に覆われた、人型の魔物である。たくましい筋肉と鋭い爪を持った恐ろしい種族で、今洞窟で眠るこの狼男は身長3メートルという規格外の巨体を誇っていた。
「グガーーー……グガーーー……」
豪快ないびきを洞窟内に響かせる狼男。
察しの良い読者の皆様であればもう感づいてしまっただろうが、彼こそがアネットの祖母をさらった張本人である。
いや、“さらった”という表現は正しくない。正確には“丸飲みにした”だ。
身長3メートルの彼であれば、1人の老人を丸飲みにするなどわけないことである。
アネットの祖母が寝ていたところを見計らって家に侵入した彼は、あんぐりとその大口を開けて祖母を丸飲みにしたのだ。
この恐ろしい魔物を退治できる人間など、果たしてこの世界に存在するのだろうか?
断言するが、間違いなく常人には不可能だ。
しかし――彼のすぐ近くのところまで、“常人ならざる者”が迫っていた。
「うーむ……謎の足跡がここまで続いているな……ッッ!!」
アネットは、地面に刻まれた足跡をにらみながら呟いたッ!
その足跡は人間のものではなく、犬の肉球のような形状である! しかしあまりにも大きいッ! これはおそらく、ただの犬のものではないッ!
「祖母の家から足跡をたどってここまで来たが、形跡はここで途絶えているッ! しかもこんな足跡は見た事がないッ! 祖母は一体何者に襲われてしまったのだッッ!?」
そう言って首をかしげるアネットッ!
と、その時ッ!
「……おい、何があったんだい?」
彼女の背後に生えた木の上から、涼やかな男性の声が聞こえてきたッ!
「ムッ! 何奴ッッ!?」
彼女はすかさず振り返り、上を見上げるッ!
「ふっ……そう警戒するな」
木の上には、1人の美青年が立っていたッ!
皮をなめして作られた軽鎧を身に着けており、背中には大きな弓矢を背負っているッ!
体系は中肉中背といった感じだが、気配もなくアネットの背後を取れるとはただものではないッ!
「……お前の名はッッ???」
「僕の名はシャルル。世界一の美貌を持った狩人さ」
彼は肩まで伸ばした艶やかな黒髪をかきあげ、COOLにそう答えた――ッッ!!
次回、「美しき狩人シャルルッッッ!!!」に続くッッッ!!!