99 第三章エピローグ 前編
諸事情からエピローグを前編と後編に分けています。後編も本日中に上げる予定になっています。
「アリ、シア……?」
俺が目を覚ますと、そこには俺を覗き込むように座り込んでいるアリシアの姿があった。俺は慌てて起き上がり彼女の様子を確認する。
あの時に俺を庇って出来た腹部の傷も完治している様で、出血も見られない。ドレスアーマーに出来た大きな損傷と血の跡だけがその名残だった。
「……お兄様、大丈夫ですか?」
「アリシア、本当に、アリシアなんだよな……、生きてる、んだよな……?」
意識を失う直前ではアリシアは生きているという確信があった。だが、その全てがアリシアが死んだ事を受け止めきれなかった俺の無意識が作り出した幻で、本当はアリシアが死んでいるという可能性も捨てきれなかったのだ。
しかし、今ははっきりと分かる。あれは俺の作り出した幻ではなく、ちゃんとアリシアは生きているのだと。
「はい、正真正銘の私です。エレイン公爵家令嬢、神聖騎士の一人、そしてお兄様の妹のアリシア・エレインで間違いありません。大丈夫です、死んでいません、生きています」
「アリシア……、よかったっ……、生きてたっ……!!」
そして、俺は思わず彼女に抱き着いていた。俺の瞳からは涙が知らず知らずのうちに零れ落ちている。
「お、お兄様っ!?」
「アリシアぁ……、よかったっ……!!」
「お兄様……」
その後も、俺は感極まってアリシアを抱きしめながら涙を流し続けるのだった。
「お兄様、もう大丈夫ですか?」
「ああ」
流石にずっとアリシアを抱きしめている訳にはいかないと思い、俺は彼女から離れる。俺は最初にアリシアに聞くべきことがあった。
「アリシアが生きてるなんて思わなかった、てっきりあそこで死んだものだと……」
「そうですよね、私もあそこで終わったと思っていたのですが……」
俺はずっとそれが気になっていた。あそこで、アリシアが死んだものだと思っていたのだ。
しかし、どうやらアリシアも同じように、自分はあそこで死ぬものだと考えていた様だ。だから遺言めいた言葉を残したのだと、アリシアは苦笑しながら言っていた。
アリシアが言うには、もしかしたらあの時、彼女が飲んだポーションが僅かながら作用したのかもしれないとの事だった。
アリシアは神聖騎士の一人だ。なら、回復力も常人のよりも遥かに上だ。フローラはアリシアから回復力を徴収したと言っていたが、それでも彼女の中に僅かながら回復力が残っており、それがポーションによって作用されアリシアの命を繋いだのではないか。
その様な推測が出来た。
「それで、勝ったのですよね?」
「ああ、勝った。間違いなく」
その証拠に俺の中に今迄とは別の力が宿っているのを感じる。間違いない、俺の中にあった残り四つの空白、その内二つが埋まったような感覚がある。
この感覚は【怠惰】と【傲慢】の二つ、いやあの二つが融合した双罪槍斧だろう。今なら、あの双罪槍斧を具現化することが出来るかもしれない。まあ、今の俺は両腕が切断されている為、具現化した所で手に取る事も出来そうにないが。
そして、アリシアが生きておらず、あそこで彼女の援護がなければ間違いなく俺は負けていた。だから、俺は彼女に感謝しかない。
「ところで、お兄様。その腕の事ですが……」
アリシアは俺の腕の事がずっと気になっていた様だった。そういえば、俺の腕はフローラによって切り落とされていたのだ。
辺りを見回すと切断された場所より下の部分が地面に転がっている。だが、傷口は既に塞がっており、既に痛みを感じる事は無くなっていた。
俺はアリシアに腕がこうなった経緯を説明した。
「……それでアリシア、この腕は治せそうか?」
切断された直後ならポーション、或いは奈落で手に入れた残り少ないエリクサーを使えば治ったかもしれないが、あれから俺は気を失った為、かなりの時間が経っている。今の状態ではポーションやエリクサーであっても治る可能性は低いだろう。
残る手段はアリシアに直してもらうという事だけだった。
「……正直に言うなら、大丈夫だとは思いますが、それでも断言だけは出来ません……」
「そう、か……」
あの戦いから、時間も経ち俺の魔力やアリシアの聖気はある程度回復している。今ならアリシアに治療を頼んでも大丈夫かもしれない。
「腕の治療、頼んでもいいか?」
「ええ。では、早速始めましょうか。こういう事は早い方が成功しやすいですから」
時間が経てば経つほど治療の成功率は落ちるとの事で、アリシアは早速とばかりに立ち上がると、転がっている両腕を回収し、そのまま俺の隣にその両腕を置いた。
「では、始めますね。聖気と魔力の反発が起きるので注意してください」
そして、アリシアは回天剣を具現化させ、そのまま聖気を一気に回天剣に流し込んだ。
「いつつっ!!」
回天剣が光ると同時に俺の腕の部分に激しい痛みが走った。あの時と同じ聖気と魔力の反発作用だ。
それに堪えていると徐々に俺の両隣に置かれた切断された腕が光の粒子へと変わる。そして、それらは腕の部分に集まり、徐々に元の腕の形へと変わっていく。
「これでっ」
そして、光が収まると、俺の腕は完全に元に戻っていた。
「良かった……、成功した……」
俺の腕が繋がっているのを確認したアリシアはそう呟くと安堵の表情を浮かべた。俺は治療が終わった腕の様子を確かめるべく手を握ったり開いたりするが、そこに違和感はない。治療は無事成功した様だ。
「……これで、治ったのか?」
「ええ、一応は」
「一応?」
アリシア曰く、あくまでこれは応急処置で腕を治療したにすぎず、日常生活程度なら動かす事は出来るが戦いとなるとどれだけ耐えられるかわからないという事だ。これに関しては今後も治療を続けていくしかないとの事だ。一応彼女の見込みでは毎日一回、回天剣で治療を受ければ五日程度で完全に元に戻るとの事だった。
そして、応急処置程度とはいえ、腕が治った以上ここに長居するつもりはない。
「とりあえずはここから脱出しないと」
「はい」
俺達は頷き合うと、この地下の闘技場から脱出し始めるのだった。




