98 決戦の終幕
俺は『喰らう影』で、小さな無数の蝙蝠を生み出した。
先程フローラの足元を拘束する為に小型の影獣を生み出した事で、『喰らう影』で小さなものを生み出す感覚は覚えている。
名付けるなら、安直ではあるが影蝙蝠という所か。
「蝙蝠達よ、行けっ!!」
そして、俺が命令を出すと、周りにいた影蝙蝠達は一斉にフローラへと突撃していく。だが、フローラは影蝙蝠達に冷静に対処していた。双罪槍斧を巧みに動かし俺の放った無数の影蝙蝠達を次々と突き、或いは切り続けている。だが、影蝙蝠達の真価はそこではない。
「『影落槍』!!」
フローラによってバラバラになった影蝙蝠達が次々と槍の穂先のような形へと変わり、その全てが彼女の元へと向かっていく。
「面白いわねっ!!」
だが、フローラはそれすらも対処する。双罪槍斧を器用に回転させる事で自分の元へと向かってくる『影落槍』を次々とはじき返しているのだ。
しかし、流石に落下してくる無数の槍を完全に凌ぐ事が出来なかった様で、放たれた『影落槍』の内、数本程度はフローラへと突き刺さる。だが、それでは大したダメージは見込めなかった。
何故なら『影落槍』は元が蝙蝠のサイズの為、一本一本はそこまで大きくないのだ。故に数本が刺さったからといってもそこまでのダメージにはならない。
そして、フローラは自分に刺さった『影落槍』を余裕そうな表情で引き抜いた。
「今のは中々だったわ」
「くそっ……」
フローラは、草食獣を弄びながら狩る肉食獣の様に、俺との戦いを楽しんでいるのだろう。あのガイウスと同じだ。全力を出してはいるのだろうが、それでも戦いを楽しんでいる。
だが、そこに必ず付け入る隙がある。それを突けば勝利の可能性もある筈。そう思った時だった。
「なんだかお前との戦いも飽きてきたわね。そろそろ決着といきましょうか」
その瞬間、フローラから放たれている殺気が増した。
双罪槍斧に籠められた魔力も増大している。
「くっ!!」
あの双罪槍斧に籠められた魔力に俺は目を奪われた。アレの直撃を食らえば、ただでは済まないだろう。
だが、対処の仕方を間違えなければいいだけだ。そう思って足を動かそうとした時だった。
「なっ、動けない!?」
「どうかしら、さっきのお返しよ」
なんと、俺の足元を拘束するかのように、フローラの具現化した魔力が俺の足元を固定していたのだ。
別の場所に注意を向けさせることで、自分の足元から意識を逸らさせ、そしてその隙に足元を拘束する、先程俺がフローラに行った事と同じだ。要は、フローラは俺がやった事の意趣返しをしてきたのだろう。
「くっ、動けっ」
だが、どれだけ足を動かそうにもピクリとも足は動かない。それでも、何とか動かそうと俺は必死にもがいていた。そんな俺の様子を面白い物でも見るかのように一瞥した後、フローラは止めを刺すべく一歩一歩近づいて来る。
そして、至近距離まで接近するとフローラは双罪槍斧を振り上げた。
「……っ」
「さぁ、これで終わりよ!!」
俺は足元の魔力に拘束され動く事が出来ない。あの時のフローラの様に魔力を解放する事でこの拘束を解く事も考えたが、俺にはもうそれ程魔力は残されていない。
どう考えても駄目だ、これを避ける事は不可能だった。
(アリシア、ごめん、勝てなかった……)
最後に、フローラに勝てなかった事の謝罪をアリシアにする。そして、自分の命を含めたすべてを諦めようとした、その瞬間だった。
「聖縛、剣っ!!」
突如、フローラの体に聖気で出来た鎖が巻き付いたのだ。それと同時に俺の足元を拘束していた魔力か消滅した。
見覚えのある聖気の鎖、そして先程聞こえた声、間違いない!! 生きていたっ!!
「お兄様っ、今ですっ!!」
「アリ、シアっ!!」
その声が聞こえた瞬間、俺はアリシアの方を向いた。フローラもアリシアが生きていた事に気を取られている様子だった。しかし、彼女の傷は殆どあの時のままだ。本来なら、アリシアは自分の回復に聖気を使うべきだというのに、それを俺の援護に使ってくれたのだ。
「馬鹿なっ、生きていたの!?」
「拘束できる時間は長くはありません。今の内に!!」
「っ、ああ!!」
アリシアが何故生きていたのか、それを考えるのは後だ。今は聖縛剣で動けなくなっているが、アリシアもなけなしの聖気を振り絞っている。いずれは聖気が尽き、フローラは動けるようになるだろう。
今こそフローラを倒すことが出来る絶好の機会だ。動きは聖縛剣で封じられ、意識はアリシアの方に向いている。そして、フローラは俺の目の前にいる、この位置なら、躱される事も防がれる事も無い。
「はぁっ!!」
「っ、しまっ!!」
俺はフローラの胸部目掛けて七罪剣を突き出した。だが、その一撃にフローラは瞬時に対応した。突き出される七罪剣にフローラは瞬時に手を挟み込んだ。聖縛剣の拘束をその部分だけ無理矢理破ったのだろう。だが、聖縛剣で動きが拘束されている状態では七罪剣の切先が向かう先を少しだけ変えるのが精一杯だった様だ。この進路では、七罪剣が突き刺さるのは腹部だろう。
そして、フローラの腹部に七罪剣の切先が突き刺さった瞬間、彼女を拘束していた聖気の鎖は消え失せる。アリシアも限界が来たのだろうと想像する事は容易にできた。
「ぐっ、正直に言うと少しばかり焦ったわ。だけど折角、お前の大事な大事な妹が作ってくれたチャンスだというのに、残念だったわね。これじゃあ、致命傷には程遠いわよ?」
そう告げるフローラの口元は醜く歪んでいる。恐らくは、せっかくのチャンスを不意にした俺を滑稽に思っているのだろう。
だが、これでいい、これで十分なのだ。
「は、ははっ……」
「? 何がおかしいのかしら?」
確かにこのままではフローラの言う通り、致命傷にはならない。ここまで接近して七罪剣もフローラの腹部に刺さったままなら、フローラも俺にこの至近距離で攻撃できるという事でもある。そして、フローラの腹部から七罪剣を引き抜く時間を考えれば回避など到底不可能だ。
だが、俺には今まで全く使っていない正真正銘の最後の切り札があった。
「その魂、全てを喰らえ、『魂喰』!!」
これこそが俺に残された正真正銘最後の切り札。俺は自分に残された魔力、その全てをこの『魂喰』の一撃に籠める。その瞬間、フローラの魂が自分に流れてくるのを感じた。
「この感覚、はっ。お前っ、まさかあたしの魂を!?」
だが、相手は神代の魔人、そして二つの七罪武具を融合させた双罪槍斧というものまでその身に宿しているのだ。フローラの魂は普通の人間よりも遥かに肥大化していた。それこそ、あの神代の魔人ガイウスよりも遥かに巨大なものだ。この全てを喰らい尽くそうと思えば、どれだけの時間が掛かるかは想像がつかない。
だが、俺にはこれしか残されてはいないのだ。
「っ、させると思っているの!?」
俺の『魂喰』を妨害しようとフローラが双罪槍斧を左腕目掛けて振う。
「しまっ、がああああああああああああああっ!!」
振われた双罪槍斧は俺の左腕に直撃し、そのまま俺の左腕を切断してしまう。
「だがっ!!」
これはフローラに止めを刺すことが出来る最後のチャンスだ。この機会を逃してしまえば間違いなく俺は負ける。最後の最後で自身の回復では無く俺への援護の為に力を使ってくれたアリシアの想いへ応えるべく、気合で左腕から走る激痛を堪えた。
そして、俺は『魂喰』に使用している魔力の一部を、残った右腕の防御に回した。魂を喰らう速度は遅くなるが、右腕を切断されるよりはましだ。ここで右腕を切断されれば七罪剣に魔力を送れなくなり『魂喰』が中断されてしまう。そうなればもう俺に勝機は残っていない。
そして、フローラは残った右腕も切断しようと、双罪槍斧を俺の右腕目掛けて振うが、魔力で防御している為、容易に切断されることは無い。
「どうしてっ!? 早くっ、早く切れなさいよっ!!」
「あがっ、ぐうっ、ぎいっ!!」
今迄何が起ころうとも余裕があったフローラの表情から焦りを感じ取ることが出来た。右腕が切断できなくて焦っているのだろう。まるで、樵が木を切断する様に、俺の残った右腕に向けて何度も何度も双罪槍斧を振るった。
だが、それでも俺は諦めない。幾度右腕に攻撃され、その度に右腕に激痛が走ろうとも決して手を離す事はない。
そして、際限がないと思っていたフローラの魂、その限界点が段々と見えてきた。
「ああっ!! くそっ、くそっ!!」
「ぐあああああああああああああああああっ!!」
そして、フローラの顔に浮かぶ焦りの表情が段々と大きくなっていく。自分の魂が限界に近付いている事を理解しているのだろう。双罪槍斧を何度も何度も右腕目掛けて振う。
だが、魔力で防御しているとはいえ、何度も双罪槍斧で同じ場所を攻撃されて無事な筈がない。
「があああああああああああああああああっ、ぐうううっ!!」
残った右腕に何度も攻撃され、その都度激痛が走るが、それを気合で堪える。しかし、その右腕も既に半分近くが切断されていた。ここからは右腕が切断されるのが先か、フローラの魂の全てを喰らうのが先か、その勝負になっていた。
お前達神代の魔人は遥か昔から生き続けているんだ。もう十分生きただろう。だからここでもう終われ!! 頼むから、ここで終わってくれ!!
俺はそう願いながら最後の力を振り絞る。そして、遂に底が目の前に近づいてきた。
「もう十分生きただろう!! ここでっ、ここで終われ!!」
「ふざけるなっ!! あたしが、こんなところでっ!! こんなところでっ!!ふざけるなあああああああああああああああ!!!!」
そして、フローラが断末魔の言葉を上げた直後、俺は彼女の魂、その全てを喰らった事を感じ取ったのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、うぐっ!!」
そして、全てが終わった後、俺は急いでアリシアの元へと向かおうとする。
「あがっ!!」
その時、奇跡的に繋がっていた右腕もブツリという音を立てて途切れ、切断された部分から下は地面に落下した。
もう数回攻撃されていたなら、この右腕も切断されていたかもしれない。いや、或いはもう数秒でも魂を喰らい尽くすのが遅かったなら、俺は負けていただろう。紙一重の勝利だった。
これで、俺の腕は両方とも無くなった事になる。だがそこに後悔は微塵も無かった。そんなものを惜しんでいては勝つことなど不可能だった。
「アリ、シアっ!!」
あの時、俺はアリシアが死んだと思っていた。しかし、実際は意識を失っただけであり、そして最後の最後で、アリシアに助けられた。
俺を助ける為に放ったあの聖縛剣での拘束にアリシアは自分に残っていたなけなしの聖気、その全てを込めたのだろう。アリシアは再び地面に倒れ込み、意識を失っている。
だが、俺には不安は無かった。今の俺にはアリシアが生きているという強い確信があったからだ。
(もう、限界だ……)
俺も、もう限界がすぐそこまで近づいていた。今、目を瞑れば間違いなく意識を失うだろう。しかし、せめて彼女の元までは、と思い正真正銘最後の力を振り絞りアリシアの元まで歩んでいく。
「アリ、シ……ア……っ」
そして、必死の思いでアシリアの元に辿り着いたと同時に俺は地面へと倒れ込み、そのまま意識を失うのだった。




