97 正真正銘の最後の決戦
「アリ、シア……?」
倒れ、目を閉じたままのアリシアを俺は抱きかかえる。
「アリシア、頼むから目を開けてくれ……」
俺はそう願いながら、アリシアの体を何度も揺らす。だが、アリシアの体を何度揺らしても彼女が目を開けることは無かった。
「……あ、ああ」
また、だ。俺はまた同じことを繰り返すのか。
アリシアを守る、俺はあの時そう誓ったはずなのに。そのアリシアに俺は守られた。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
頭をよぎるのは、アルトの事。アルトに守られたあの時と同じ。守ると誓った相手に守られ、目の前で大切な人がいなくなる。あんな思いはアルトの時で十分だというのに、またそれを繰り返してしまった。
アルトの時の事を繰り返させない為に、【色欲】の力だって手に入れた。全ては、自分の大切な、守りたい人を守るためだ。
だというのに、まだ足りないのか。また失うのか。
――――カイン、お前と出会って、まだ一月程度だったけど、楽しかったぜ。俺は、先に行ってるから……。お前は、生きろ、よ……
――――お兄様、勝って、ください。そして、生きて、ください。それが、私の、願い、です……
その時、俺の中に想起したのは、アルトとアリシアの最後の言葉だった。
「……は、はは、あはははははははははは、はははははははははははははは!!!!!!!」
俺は笑う。ひたすら笑い続ける。それはアリシアが死んだ事に対してではない。こんな事を、アルトの時の様な事を繰り返してしまった自分への嘲笑だった。
「……? 突然笑い出すなんて、気でも狂ったのかしら?」
「ははははははははははは、あはははははははははははは、あははははははははははははははははははは!!!!!!」
そんなフローラの言葉も耳に入らない程、俺は全ての感情を吐き出す様に、ただひたすら笑い続けた。
そして、どれ程の時間笑い続けただろうか、全ての感情を吐き出した俺に最後に残ったのは、フローラへの殺意だけだった。
「殺す……、必ず殺す!!!!」
フローラ・ラスト。こいつだけは殺す、必ず殺してやる!!
俺は持てる全ての殺意をフローラに叩き付ける。だが、俺の殺意を受けても尚、フローラは平然としていた。
「いい殺意と殺気ね、そうでなくては。さぁ、これが正真正銘の最終決戦。決着を付けましょう!!」
「フローラ・ラスト!! お前だけはここで殺してやる!!!!」
そして、俺とフローラ、そのどちらかが死ぬまで終わることは無い正真正銘最後の激突が始まるのだった。
ここに正真正銘最後の戦いが始まった。幸いと言ってもいいかわからないが、それでもアリシアの『聖刃百刃』によってフローラの魔力も少なからず減っている。それでも俺よりも多いが、既に圧倒的という程ではない。
「行けっ!! 影龍!!」
俺が生み出したのは影龍だ。それをそのままフローラに突撃させる。
余力など全く考えていない、そんなもの考えていて勝てるものか!! あの時のアルト、そしてアリシアの言葉に反するが、それでもこの【怠惰と傲慢の双つ魔王】フローラ・ラストだけは刺し違えても必ず殺す!!
俺が生み出した影龍は真上からフローラを飲み込む様に食らいついていく。しかし、当のフローラは何の抵抗もしない。そのままフローラは影龍に飲み込まれた。
だが、そんな程度であの女が死ぬものか。どこか、そんな強い確信があった。
次の瞬間、フローラを飲み込んだ影龍が縦に真っ二つに裂ける。そして、その直後、影龍は消え去り、そこから傷一つ追った様子の無いフローラが現れた。その手に持った双罪槍斧は槍の穂先の部分だけが異常に伸びている。あれで、影龍を真っ二つにしたのだろう。そのまま影龍は消滅していった。
「この程度で、あたしを殺せるとでも?」
影龍がフローラを殺せない事など想定している。寧ろ、これで殺せるならどれ程楽だっただろうか。
「ああ、この程度で殺せるなんて考えていないっ!!」
影龍の突撃に合わせてフローラに接近していた俺は、影龍の消滅と共にフローラに接近戦闘を仕掛けようとする。フローラは俺の接近に備えようと体勢を整えようとした時、自分の異常に気が付いた。
「なっ、足がっ、動かないっ!!」
フローラの足元には小型の影獣が彼女の影から這い出る様に出現しており、それは彼女の両足に食らいついている。そして、その影獣がフローラの足の動きを止めているのだ。
「こいつっ、邪魔よっ!!」
影龍はフローラの意識を下に向けさせない為に放ったものだ。小型の影獣を生み出した事が初めてだったので、少々時間が必要なのはわかっていた。影龍はその為の時間稼ぎでしかない。
フローラは必死に足を動かし、食らいついている影獣を払おうとするが、もう遅い。俺はフローラに急接近し、近接戦闘を仕掛けた。
「くっ、厄介、ねっ!!」
足が動かないフローラは双罪槍斧を振るう事で俺の一撃一撃に的確に対応してくる。
だが、フローラの足が動かないと言っても油断はしない。相手は神代より生き続ける魔人。油断していい相手ではない。俺は一歩一歩確実にフローラを追い詰めていく。
そして、フローラが徐々に劣勢に追い込まれた時だった。俺は彼女の後方に大型の影獣を生み出す。
だが、フローラもそれには気が付いたのだろう。一瞬だけ自分の後ろを見た後、忌々しげな表情を浮かべた。
「ああっ、もう、面倒ねぇっ!!!!」
フローラは突如そう叫ぶと、彼女は魔力を一気に自分の周囲全方向に向けて解放する。それを受けて、彼女の後方にいた影獣も足元にいた影獣もすぐに消滅してしまった。
「なぁっ!?」
そして、その影響を受けたのは影獣だけではない。俺もその魔力の余波を受けて、吹き飛ばされてしまう。幸いにもダメージは無いが、それでも距離を離されてしまった。
「ちぃっ!!」
しかし、引き離されてしまったが、フローラは魔力を周囲全方向に解放した事でそれ相応の魔力を消費している。
だが、俺もそれは同じだ。影獣数体、そして影龍まで生み出したのだ。俺の魔力もかなり消耗している。そして、先程使った足元の影獣も二度は使えない。流石に二度目となれば読まれるだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
魔力の減った量で言えばフローラの方が多いだろうが、それでも最初の魔力に差があったのだ。未だ、フローラと俺の魔力には大きな差がある。
だが、ここで終わるわけにはいかないと、刺し違えてでも必ず俺はフローラを殺さなければならないのだと、自分に強く念じるのだった。




