96 カインの絶望
「これでっ、最後です!!」
その言葉と共に、フローラ目掛けて聖転刃剣が真上から落下していった。
だが、百にも及ぶ聖気の刃、そして最後の聖転刃剣の衝撃が原因だろう。彼女の周りには砂煙が待っており、向こう側の様子を確認することが出来なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「アリシア、大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫、です……」
だが、そう言うアリシアの表情からは明らかに疲労の色が表われている。その証拠にアリシアは息切れを起こしており、言葉も所々で途切れ途切れになっていた。
聖転刃剣から百にも及ぶ刃を出現させ、しかもそれをフローラの四方八方全域に転移させたのだ。それには間違いなく多大な集中力を使う。更に言うなら、アリシアは『聖刃百刃』にありったけに聖気を込めたのだろう。彼女が内包していた聖気もその殆どが無くなっている。
『聖刃百刃』を放つために集中力の消耗した事、一度に大量の聖気を消耗した事、その二つが合わさり、疲労という形で表れているのだろう。
「ですが、これで……」
「ああ……」
フローラの様子を確認する事は現状では出来ないが、それでも俺達には自信があった。フローラを仕留める、あるいはそれに準ずる状態になっているという自信が。
あの『聖刃百刃』はそれ程までの威力を持っていた。もし、今の俺があれの直撃を受ける様な事があれば、恐らくだが、ただでは済まないだろう。なら、『聖刃百刃』の直撃を受けたフローラが無事であるとは考え辛かった。
だがその時、突如として砂煙の向こう側から膨大な魔力が放出される。それと同時に砂煙の向こう側から、フローラが持っていた双罪槍斧を巨大にしたような、大きな槍斧がこちらに向けて振われたのだ。
「っ!! お兄様、下がって!!」
「!?」
その時だった。アリシアが俺を庇う様に前に飛び出し、そのまま神剣で巨大化した双罪槍斧を受け止めたのだ。しかし、聖気の不足が原因だろうか、アリシアの持つ神剣は双罪槍斧に触れると、そのまま神剣全体が光の粒子へと変わる。それと同時にアリシアの周りにある『光剣』の具現化さえも解除されたのだ。
そして、何も遮るものが無くなった双罪槍斧の一撃はそのままアリシアの腹部に直撃する。
「っ、きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「っ、アリシアっ!!」
俺を庇う様に、巨大になった双罪槍斧の一撃を腹部に受けたアリシアは大きく吹き飛ばされた。その様子を目の前で見せられた俺は慌ててアリシアの方へと向かって行った。
「アリシアっ、無事か!?」
「お、お兄様っ……」
だが、吹き飛ばされ倒れ伏しているアリシアの腹部には大きな傷が出来ていた。
彼女の着ているドレスアーマーの腹部もボロボロになっており、もはやその原形を留めていない。それが、あの一撃がどれ程のものだったかを表わしている。
そして、腹部の傷からは血が止めどなく流れ続けており、このままでは間違いなく命が危ういだろう。
「フフ、まずは一人」
砂煙が晴れ、優雅にこちらへと歩み寄って来るのはフローラだ。手には、先程俺を庇おうとしたアリシアに対して振るわれた膨大な魔力を纏う事で巨大になった双罪槍斧、そしてアリシアの聖転刃剣、その二つが握られている。直後フローラは手に持った聖転刃剣を無造作に放り投げると、それはすぐに光の粒子へと変わり消えていった。
そして、当のフローラにはあれほどの攻撃を受けたというのに傷一つ無い。
「どう……、して……」
「『聖刃百刃』、だったかしら。あれには、思わずあたしも冷や汗をかかせられたわ。流石は神聖騎士と言った所かしらね」
唯一違うのはフローラが持っていた魔力が先程よりも大幅に減っていた事だけだ。恐らくフローラは持てる魔力で全身を覆う事により、あの『聖刃百刃』を防いだのだろう。俺にはそれしか考えられなかった。何故なら、同じ状況になれば、俺も同じことをするだろうと考えたからだ。
フローラが持っていた魔力が大幅に減っているのが、その証拠だった。
しかし、魔力で全身を覆ったとしても、あの『聖刃百刃』を無傷で凌げるかと言われれば俺は不可能と答えざるを得なかった。
「コホッ!!」
「っ、アリシアっ!!」
そんな中、アリシアが突如、吐血をする。この傷だ、このままでは、何時力尽きてもおかしくは無い。
だが、アリシアには回天剣という回復の力を持った聖剣がある筈、それを使えばこんな傷も……。
「あ……」
駄目だ、今のアリシアにこの傷を回復させるだけの聖気は残っていない。
「そ、そうだ。ポーションなら……」
こんな時の為に、ポーションを幾つも持って来たのだ。ここで使わず、いつ使うというのか。俺は道具袋から最高級ポーションを取り出し、アリシアに嚥下させた。
「…………っ」
このクラスのポーションなら、すぐに効果が出てくる筈だ。もう完治していてもおかしくは無い。だというのに、腹部の傷は一向に治る気配が見えなかった。
一本で駄目なら複数で、そう考え道具袋から最高級のポーションを数本取り出して、それをアリシアに嚥下させるが、それでもやはり効果が出ることは無かった。
「ど、どうして……」
「フフフ、それはポーションの様だけど、無駄よ。彼女から回復力を『徴収』させてもらったわ」
「なっ!?」
「ポーションはあくまで服用者の回復力を増強させるもの。だけど、その回復力そのものが無くなっている以上、そのポーションが効果を発揮することは無い」
「そん、な……」
俺は他者を回復させる能力など持ち合わせていない。ポーションが効果を発揮しない今、もう俺にアリシアを救う手段は残されていなかった。俺の心が絶望へと沈みかける。
「お、お兄様……」
「っ、アリシア!?」
「お兄様、少しだけ、動かないで、いただけますか?」
「それは、一体……?」
アリシアが何故そんな要求をするのかを疑問に思ったその瞬間、アリシアは自分の口元を俺の口元へと近づけたかと思うと、そのまま俺にキスをしてきた。
「んっ、んっ」
キスをしていた時間は、長くは無かったが、それでもアリシアの強い想いは俺に伝わってきたような気がした。
「お兄様、好きです、大好きです。本当に、本当に、お慕いしています」
そう告げるアリシアの頬は真っ赤に染まり、その瞳から一筋の涙が零れ落ちていった。
「お兄様、こんな事に、巻き込んでしまって、申し訳、ありませんでした」
「な、何を言うんだ……」
俺はあくまで自分から首を突っ込んだのだ、アリシアに謝られる道理は無い。
「……お兄様、最後に、お願いが、あります」
「っ!? な、なんだ!?」
「お兄様、勝って、ください。そして、生きて、ください。それが、私の、願い、です……」
最後にそう言い残し、アリシアは自らの瞳を閉じるのだった。




