84 決戦前夜
遅れて申し訳ありません。今回も少々短めです。
アリシアとの話し合いに一段落が着き、俺達は二人揃ってバルコニーから王都を眺めていた。この屋敷のバルコニーからは王都全域を眺めることが出来るのだ。
「こうして眺めていると静かですね……」
「ああ……」
こうして王都を眺めていると、明日この王都全域で魔人が暴れるなど全く思えない程に静まり返っていた。隣にいるアリシアは明日への不安からか俺の手を握り締めている。
「……お兄様、今の私の気持ちを正直に言うと怖いです。明日が来なければいいのに、そんな事ばかり考えてしまいます」
そう言うアリシアの手は小刻みに震えていた。アリシアの震えが俺にも伝わってきている。アリシアも神聖騎士や公爵令嬢という肩書を持ってはいるが、それでも年頃の少女なのには変わりがない。
誰だって死ぬのは怖いのだ。ましてや、彼女みたいな年頃の少女では尚更だろう。
俺達が明日戦う相手は神代の魔人、更には七罪武具を所有しているのだ。今の俺とアリシアを合わせてやっと互角といった所だろう。更に、向こうが用意した場所で戦うのだ。俺達に不利な戦いになるのは間違いない。
そして、逃げるという選択肢も取る事が出来ない。十中八九、フローラはこの屋敷を【怠惰】の力で監視しているだろう。逃げるという選択をしたとしても、この王都から無事に脱出することが出来るか自体が怪しいのだ。
だから、俺達は明日、フローラと戦わなければならない。アリシアもそれが分かっているのだろう。逃げるという事を口にする事も無かった。
「お兄様、もしかしたら、今夜は私達が迎える最後の夜になるかもしれません。ですから、あの時の返事をもう一度聞かせてくださいませんか?」
あの時というのはこの王都に来る前、アリシアが俺に告白してきた時の事だろう。あの時、俺は『今はまだ』という言葉を使った。『今はまだ』という言葉は、未来では答えが変わる可能性がある、という意味がを持っている。
だからこそ、あの時から今に至るまでに、答えは変わったのか、それを聞きたいのだろう。
「あの時と同じ答えでも構いません。今のお兄様の気持ちを聞かせていただけませんか?」
今の俺の気持ち、か。アリシアを異性として好きか否か。その答えは俺の中では未だに出ていない。
だけど、これだけははっきりと言える、という事が一つだけある。
「ごめん。アリシアを異性として見る事が出来るか否か、今の俺にも答えられない……」
「お兄様……」
「だけど、俺にとってのアリシアは守りたいと思っている大切な人だ。その気持ちに嘘は無い。俺はアリシアの事を守りたいと思ってる」
俺がそう答えるとアリシアは涙ながらに笑顔を浮かべていた。
「はっきりとした答えを出せなくて、ごめん」
「いえ、そう思って頂けるだけで嬉しいです!!」
アリシアはそう言うと俺の胸へと飛び込んできた。その瞳には涙が流れている。
「アリシア……」
「そう思って頂けるだけでも十分です。十分ですから……」
アリシアはそう言いながら俺の胸の中で涙を流し続けていた。そして、俺はアリシアが泣き止むまで抱きしめ続けるのだった。
アリシアが泣き止んだ後、俺達は他愛のない話で盛り上がった。だが、それは明日の戦いへの不安を忘れようとする為でもあった。
そして、夜も更けそろそろ明日に備えて寝なければならない時間が訪れた頃だった。
「お兄様、最後に一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「今夜は、私と一緒に寝てくださいませんか?」
「アリシア……?」
「やっぱり不安なんです。今まで生きてきた中で、多分今夜が一番、一人きりのベッドが怖いです。だからお願いです、今夜は私と一緒に寝てください」
そこにあったのは神聖騎士でも、公爵令嬢でもない、死への恐怖に恐れる一人の少女の姿だった。そんなアリシアを俺は心の底から守りたい、そう思った。
「分かった」
俺がアリシアと一緒に寝るだけで彼女の不安を拭えるなら、安いものだ。俺はアリシアと一緒に寝る事を承諾したのだった。
そして、バルコニーから部屋に戻った俺は就寝の準備を終えた後、アリシアと揃って同じベッドの中に入った。
「ではお兄様。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
そして、アリシアは俺の右腕を抱き枕代わりにしながらも眠りに入っていた。俺も明日に備えるべく、そのまますぐに眠りに入った。
そして翌日、遂に決戦の朝が訪れたのだった。




