80 フローラ・ラスト
今回はかなり文字数多めになっております。普段の倍近い程度はあります。
俺はクライスの案内に従いながらスラムを進み、その一角に隠されていた下り階段で地下へと降りていた。
「……この先に一体何があるんだ?」
「この先にあるのは、王都全域に張り巡らされている地下水路です」
地下水路、話だけは聞いた事がある。確か地下水路は王国の黎明期に作られ、王都の危機に際し王都にいる人間の避難路としての役割も兼ねている。だが、その後の時代で増設に増設を重ねた結果、今は迷路のようになっており、正確な地図を持っている者はもういないという話の筈だ。
そして、階段を降りきり地下水路まで着くとクライスは「この先は迷路になっていますので決して我々からはぐれない様に」と言ってきた。
クライスはその迷路の様になっている地下水路を迷いなく進んでいく。まるで、この水路をよく使っているかの様な迷いの無さだ。
(まさか、な……)
それを見ていた俺は一つの仮説が頭に浮かんだ。もし、俺の仮説が当たっているとなればこの国にはかなりの昔から魔人の手の者が潜んでいた事になる。
(……っ!!)
だが、その仮説を立てただけでは、俺の思考は終わらなかった。その仮説がもし当たっているとなれば、芋づる式にもう一つ俺が抱いていた謎、その一端が解けるかもしれない。だが、それが当たっているとなれば、目の前にいるクライスにそれを悟られる訳にはいかない。
俺はその仮説を今は胸の奥に仕舞った。そして、地下水路を平然と迷いなく進むクライスに付いていくのだった。
地下水路内を進んでいるが、ふと疑問に思うことがあった。
「そう言えばこの少年の名を聞いた事が無かったんだが……」
俺はクライスの隣にいるボロ外套の少年の事が気になった。俺の記憶が正しいなら、あの時奴隷商を殺していた少年なのは間違いない。
「ああ、こいつはエミルという名です」
だが、エミルは俺の方を見ると頭を下げるだけだった。
「……どうして、一言もしゃべらないんだ?」
俺はエミルが一言も言葉を発しない事に疑問を持っていた。
「ああ、それはですね……」
クライス曰く、どうやら、あの時エミルが奴隷商を殺していた時点で、俺を探す様に彼等の主から配下に通達されていた様だ。だが、折角俺を見つけたというのに招待の呼び出しを掛けるどころか、俺を前にして逃げるなんて言う失態を犯した結果、どうやらエミルは彼等の主からかなり辛い折檻を受けたらしい。そして、その後にクライスと共に俺を探す様に命じられたとの事だった。また、余程その折檻が辛かったのだろう。それ以降は必要最低限の事以外は喋らなくなったそうだ。
「それは、また……」
俺は思わず少しばかり同情してしまいそうになる。よく考えればエミルは命があるだけでも運が良かったのかもしれない。失態を犯せば命で贖う、なんていう可能性もあったのだ。それを考えれば折檻で済んだだけマシという見方もできる。
俺はエミルに同情しながら地下水路を進み続けるのだった。
そして、地下水路を進み続けて、かなりの時間が経った時だった。今迄迷いなく地下水路を進んでいたクライスが突如止まったのだ。
「ここ、ですね。行きましょうか」
俺達の目の前には扉があった。そして、クライスは迷うことなく扉を開ける。その扉の先には上へと続く階段があった。ここも迷う素振りも見せずに、クライスはそのまま階段を上がっていく。
俺もそれに続くように階段を上がっていった。だが、その先にあった光景に思わず息を飲む。
「ここは、まさか……」
俺はこの光景に見覚えがある。ここは間違いなく貴族街、その一角だ。辺りには見覚えのある屋敷も複数あった。
「ここは貴族街の中です」
「……という事は、目的地は貴族街の中にあるという事か?」
「その通りです」
そして、貴族街の中をクライスに先導されながら進んで行く。クライスは貴族街の一角にある古びた屋敷の前で立ち止まった。
「こちらの屋敷で我々の主がお待ちです」
「ここか……」
その屋敷は外観だけは綺麗だった。だが、屋敷の敷地内にある庭は定期的な清掃も行われておらず荒れ放題になっている。また屋敷の内外共に人の気配は殆ど無かった。
ここを一見しただけではこの屋敷はただの空き家、或いはどこかの貴族が所有しているが現在は使用していない屋敷等であると思い込んでしまうだろう。
普通に考えればこんな貴族街の中に魔人の拠点があるなどと想像もしない。だが、逆に考えれば、その思い込みは何かを隠匿するには最も適していると言える。
それに貴族街への入り口は厳重なものだ。それ故に貴族街の中は入り口に比べると疎かになりがちになっている。そして、先程通ってきた地下水路があればスラムから貴族街に容易に侵入できるのだ。そう考えれば、貴族街に拠点を一つでも持っておけば、そこは他の場所に比べれば色々な意味で安全な場所と言ってもいいだろう。
だが、貴族街の建物を拠点の一つとしているという事は……。
「協力者の中には貴族もいるという事、か」
俺は無意識の内に呟いていた。だが、そうでなければ、貴族街に拠点を持つ事などできやしないだろう。
「ええ。協力者がどなたかを明かす事は出来ませんが、お察しの通りです」
クライスは俺の呟きを肯定した。
「では、行きましょうか」
そして、クライスの言葉を合図に、俺達は屋敷内に足を踏み入れた。
屋敷に入った俺は屋敷の内部を見渡した。
「…………」
屋敷の内部は、荒れ放題とは言わないが調度品の類も置かれていない。屋敷の内部を見てもここは空き家だと言われれば納得する程、生活臭が皆無だ。恐らくだが、そういった類の物を意図的に徹底して消しているのだろう。
俺がこの屋敷内を見て思った印象を一言で表すなら、売りに出されている屋敷、だろう。あくまで最低限の清掃はされているが、それ以上でもそれ以下でもない。
そして、この拠点を使っている魔人も、この屋敷に来た人間全てに、俺の思った印象と同じ印象を持たせる事を狙っているのだろうと推測できた。
「では、主の元までご案内いたします」
「……ああ」
そして、俺達はこの屋敷の中を進んで行く。屋敷内は中々の広さだ、俺が住んでいる公爵邸程ではないが、それに準ずる大きさだ。
そして、クライスは屋敷二階の一室の前で立ち止まる。
「ここで主がお待ちです」
その言葉に俺は首肯する。直後、クライスは目の前の扉を二度ノックした。
「フローラ様、お探しの人物を探してまいりました」
「ええ、知っているわ。部屋の中には彼だけを入れなさい」
「はっ、かしこまりました」
クライスは俺に部屋の中に入るように促してくる。そして、俺はドアノブに手を掛け、一度深呼吸した後、意を決して部屋の中へと入った。
部屋の中にいたのは、一人の長身の女性だった。腰の辺りまで伸ばした紫色の髪が最も印象的で、顔立ちも整っている。そして、透き通るような白い肌の色と大きな胸が目を引く。そして、彼女は妖艶な雰囲気を全身に纏わせている。彼女が着ている胸元が開いたパーティードレスはその大きな胸を強調していた。
彼女がどこかの貴族夫人と言われても全く違和感がないだろう。
だが、俺は直感的に理解していた。この女性は間違いなく、あのガイウスと同じく神代の魔人と呼ばれる存在であり、それと同時に俺と同格の存在、七罪武具を所有している『魔王』と呼ばれる存在なのだという事を。
そして、彼女は俺の姿を見るなりおもむろに口を開いた。
「よく来てくれたわね。あたしの招待に応じてくれたことは感謝するわ。あたしの名前はフローラ・ラスト。よろしくね」
フローラ・ラストと名乗ったその女性は、俺の前まで来ると微笑んだ。
「立ち話もなんだし、まずは座ってちょうだい」
俺はフローラに促されるまま用意されていた座席に座る。そして、フローラは俺と向かい合う様に座った。
俺は早速聞きたかった事を彼女に問いかける事にした。
「それで、どうして俺を招待しようと思った?」
「あら。まずは、ゆっくり世間話でも、と思ったのだけれど……。まぁ、いいわ。早速本題に入りましょう。あたし達と手を組まないか、というお誘いよ」
「手を組む……?」
「ええ、あたし達は……」
だが、そこまで言うと、フローラは急に一度舌打ちをした。
「ちっ、侵入者の様ね……」
「っ!!」
その直後、屋敷内が騒がしくなり始める。だが、俺が一番驚いた事はそこではない。突如として、屋敷の内部から膨大な聖気を感じ取ったのだ。
それも、聖気の元は一つではなく、複数ある。恐らく、十は超えていると断言してもいい。この屋敷に聖騎士が強襲を仕掛けたに違いない。だからこそ、屋敷が騒がしくなると同時に、屋敷内から聖気が放たれているのだろう。
そして、十を超える聖気の元の内一つは明らかに他に比べると別格の聖気を内包している。下手をすればアリシアに匹敵しかねない程の膨大な聖気の量だ。
だが、その別格の聖気の持ち主が、他の聖気の元から離れた。そして、一直線に、この部屋に近づいて来るのを感じる。
「来るわね」
「…………」
もし、この場を聖騎士に見られれば、恐らく言い逃れは出来ない。そして、別格の聖気の持ち主はこの部屋の前で立ち止まった。俺は思わず息を飲む。それと同時に別格の聖気の持ち主はこの部屋の扉を一気に開け放つ。そして、扉の先から現れたのは膨大な聖気を纏った金糸の様な髪と蒼色の瞳が特徴的なドレスアーマーを着た少女だった。
だが、俺はあの少女に明らかに見覚えがある。いや、見覚えがあるどころではない。
「……あ、アリシア……?」
「えっ……、お、お兄様、どうしてここに……?」
扉の先から現れた膨大な聖気を纏った者の正体は、なんと俺の異母妹であるアリシアだったのだ。
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