8 奈落の最深層と七罪剣
「ここは……一体……?」
次の階層に降りるとそこは今迄の洞窟の様な趣はそのままだが、その先にはドーム状の空間が広がりその中央には大きな寂れた神殿があった。辺りは今まで通り洞窟というのは変わらない。だが、ここは奈落の筈なのだ。こんな場所の最奥に神殿というものがあるという事そのものが余計に違和感を掻き立てる。
だが、オーガとの戦闘で疲労が溜まっていた為、休息を取る事にした。オーガの死体を取り出し、肉を食していく。
「くあっ」
サイクロプスの時と同じく何かに染まっていくような、変わっていくような感覚が全身に流れる。だが、今回は痛みを伴うことは無く、気を失う事も無かったのだった。
「……行くか」
この階層には目の前の神殿しかない以上行くしかない。神殿の入り口には扉が無く、その付近には瓦礫が転がっているだけだった。
神殿の壁にはマジックアイテムと思われるランプが壁に掛けられており、洞窟と同じく先を見渡せる。足音がコン、コンと神殿内を反響するが、それ以外の音が聞こえない。
神殿内には目ぼしいものが無かったが、更に探索を続けると、偶然隠し扉を見つけ、その奥に螺旋階段を発見した。螺旋階段以外は何も無かった為、この先に進むという選択肢しかない、意を決して螺旋階段を下る事を決めた。
螺旋階段を下った先、一本道を進むとその奥には両開きの大きな扉を見つけた。その中を覗くとその中には祭壇があり、その中央には一本の剣が刺さっていた。
扉の中に入り、祭壇へと近づいていく。扉の外からは見えなかったが、その祭壇は剣を祭るのではなく、むしろ封印しているように見えた。
そして、祭壇まで到達すると、中央に刺さる剣を見つめる。それは、まるで闇が剣の形をとったかのような漆黒とも表現すべき色に染まっていた。
「痛っ!!」
無意識の内にその剣に触れようとした瞬間、指先に強い痛みが走った。思わず手を引くと、痛みは治まる。
「これは……なんだ?」
『まさか、ここに到達する人間が現れようとは』
「誰だ!?」
辺りを見渡すが、その声の主は見つからない。
『ここだ』
その声の方を向くと、そこには半透明になった人影が現れた。
「……誰だ?」
『誰だ、とは失礼だな。我は……む、もう既に自らの名すら思い出せなくなってしまったか』
「は?」
『我の感覚では、かなりの時間封じ込められていたが……。摩耗がもうここまで来ていたのか……。嘗ての我が国の名すら思い出せん』
……この人影は一体何を言っているんだ?
『まあいいだろう。やる事は変わらん。聞け、そこの男』
「? あ、ああ」
『外ではどう伝わっているかわ知らぬが、我はとある国の王であったのだ。そして、七罪武具を手に入れ、世界を掌握しようとした』
「!!」
ならこの男が、歴史で語られるあの王だとでもいうのだろうか?
『ほう、その様子では我の行いは外でも語り継がれているようだな』
「……ああ、その通りだ」
『そうか』
「それよりも、貴方はここで一体何をしているんだ? それに確か貴方は討たれて死んだと語り継がれているはず」
『そうか、我は外では死んだ事になっているのか。一つ訂正してやろう、我はな、誰かに殺されたわけではない。ただ、ここに生きたまま囚われていたのだ』
そして、目の前の存在は告げる。確かに自分は死んだ事は間違いない。だが、正確に言うなら聖騎士達は自分を殺すことが出来ず七罪武具と共に封印する事しかできなかった、との事だ。
そして、七罪武具と共に封印された自分の肉体はそのまま長い月日を経る事により、既に朽ちており、魂だけがここに囚われ、長い年月で魂が摩耗し、自我や感情、記憶といったものが薄れながらも今に至るらしい。
『では、本題に入ろう』
「本題?」
『ああ。お前に、七罪武具の封印を解いて我を解放してもらいたい』
「……俺はここから脱出したいだけだ」
『なんだ、そんな事か。なら、話は早い。この異界の核となっている七罪武具の封印を解き、その身に宿せばこの異界化も解かれ、消滅する事だろう』
「!! それは!!」
こんな最奥に、ここから脱出する方法があったなんて想像もしなかった。だが、もう一つ気になる事もある。
「……一つ聞きたい、封印を解いた時、七罪武具と共にここに囚われている貴方はどうなる?」
『消えるだけだ。魂だけで存在できているのは、ある意味この封印のおかげともいえるからな』
「……貴方は消えるのが怖くないのか?」
『怖い、か。もう、そんな感情も消えてしまった。我の中に残る思いは一つだけ、この永い孤独の牢獄から解放されたい、それだけだ』
「……分かった」
そして、俺は剣の前に再び歩み出す。剣は今も変わらず漆黒のままだ。目の前の男曰く、本来、七罪武具に施された封印は俺一人が何をどうやったって解くことは不可能だ。だが、ここに施された封印は不完全で綻びがある。その綻びから漏れ出した七罪武具の魔力がこの奈落という異界を生み出しているが、この綻びを起点とし無理矢理破る事で、封印そのものを破壊できるらしい。
覚悟を決めよう、この封印を壊せばここから脱出できるのだ。ここでやらないという選択は無い。
『覚悟を決めたか。ならば、その剣に手を伸ばせ』
コクッ
目の前にいる男の言葉に首肯し、そして従う様に、先程と同じように、しかし恐る恐る剣に手を伸ばすと、手に再び強い痛みが走った。
「痛っ!!」
『その痛みを恐れるな、強く念じろ、この封印を破壊すると!!』
「ぐっ、ぐああああああああ!!」
手に走っていた痛みが全身に移った!! それでも手を止めることは無い。罅の入った膜に両手を無理やり押し込み、それを両手で広げる様なイメージで腕を動かした!!
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎああああああ!!」
パリイイイイィィィン!!
これが限界、と思った瞬間そんなガラスが割れたような大きな音がした。
「はぁ、はぁ、はぁ。こ、これで封印が解けたのか?」
『感謝するぞ、これで我はやっとこの牢獄から解放される』
どうやら、封印を破る事には成功した様だ。目の前の半透明の人影が足元からどんどん消えていく。
『最後に礼だ、一つ教授してやる。その剣を持ち胸に突き刺せ。そうする事によって七罪武具、そしてこの異界を構築する魔力をその身に宿すことが出来る。それによってこの異界も消えてなくなるだろう』
「ありがとう、教えてくれて」
『何、礼には及ばん。その剣は嘗て我が国に封印されていた【強欲】の銘を持つ七罪武具、そして我が隣国を滅ぼし手に入れた【暴食】の銘を持つ七罪武具、その二つを儀式により融合させることによって誕生した武具だ。その二つを融合させた事により、この剣は他の七罪武具の力をも『奪い』『喰らう』事が出来る。我はこの剣に七罪武具を束ねるという意味で七罪剣の銘を名付けた。これをどう扱うかはお前次第だ』
最後にそう言い残し、人影は消えていった。俺は彼の言葉に従い祭壇から剣を引き抜く。そしてすでに消えた男の言葉に従う様に、剣を胸に突き刺した。
「うぐっ!!」
胸に突き刺したはずの剣が自分の中に溶けている、感覚的にそうとしか言えなかった。刀身の全てが自分の中に溶け、残りは柄だけという所で辺り一帯から黒い影が出現する。それはこの異界を構築していた魔力だ。その全てが俺の中へと入りこんでいく。
「ぐあああああああああああ!!」
異界を作り上げるほどの強大な魔力だ。そんな魔力を浴びて無事でいられるわけがない。恐らく、俺がこれだけの魔力を取り込んでも五体満足でいられるのは、俺の中に存在する七罪剣、そして、この奈落で数多の魔物の肉を喰らってきた事によって肉体が魔力にある程度適応できていたからだろう。そうでなければこれほどの魔力、一度に取り込めば、間違いなく俺の体そのものが吹き飛んでいた。
体が組み変わる。この奈落に来て初めて魔物を喰らった時とは比べならない程の変革、新生と言っても過言ではない。
「うがああああああああああああああああ!!」
変革の為の痛み、それはこの奈落の魔力全てをその身に取り込むまで止まる事は無かった。
これで序章は終わりです。次回から第一章に入りたいと思います。
聖騎士達が全滅した奈落を主人公カインが最奥まで行けた理由が設定としてあったりしますが、今回が少し長くなったので次回の後書きにでも書こうと思います。