77 王都に潜む魔人達
花粉症の症状が本日は少ない為、更新いたします。
今回は三人称視点になっております。
貴族街の一角に建てられたとある屋敷の一室に一人の女性と彼女に仕えている数多の配下がいた。
「フローラ様、ご報告いたします。協力者を通じて奴隷達の確保は完了。順次魔人化を進めている段階です。それも全て十日程度で完了するでしょう」
「…………」
「また、作戦を最終段階へと移行するのは奴隷たちの魔人化がすべて完了し次第可能となります」
フローラと呼ばれた女性は報告している男の言葉を黙って聞きながら、手に持った資料を一枚一枚捲っていく。そして、彼女はおもむろに口を開いた。
「協力者たちの準備はどうなっているの?」
「そちらも、協力者のほぼ全てが準備完了との報が上がっております」
「そう。では、全てが済み次第に事を起こしましょうか」
フローラのその言葉に配下達からは、おおっ、と言う声が次々と上がる。闇に潜んだ彼等が遂に事を起こす時が目前に迫っていたからだ。
その為の準備も念入りにしてきた。万が一にも失敗はしない筈である。
「しかし、連中も愚かな奴らですね」
そう言う彼等の言葉にはどこか嘲笑うかのような声色が含まれていた。
「まさか、連中が自分達の意思でやっている事と思っているのが、その実我々に言葉巧みに誘導されているなど想像もしていないでしょう」
「自分達の理想の国家、などという言葉を掲げてはいますが、奴らにしてみれば自分達の利益が最優先でそれ以外はどうでもいいのは間違いないでしょうな」
彼等にしてみれば協力者といっても、百年も生きていない若造ばかりなのだ。そんな相手を自分の思うように動かす事等、造作もない事だった。
そして、配下達の雑談でこの場が騒がしくなってくる。そんな配下達を静まらせる為に、フローラは一度手を叩いた。
「まぁ、愚か者には愚か者なりの使い道もあるわ。協力者のおかげで作戦も予定よりもかなり早く実行できるのだから。それにしても、あんな簡単にあたし達の甘言に乗ってくれるなんて思ってもいなかったわ」
彼女の言葉に配下の者達は一斉に破顔する。
「そうですね、全くその通りです!!」
配下達は彼女の言葉を肯定するような発言を次々としていく。
ラダスの街で神代の魔人が現れた事件も彼女の動きを助けていた。教会の目はラダスとそこに現れた神代の魔人に向けられていたからだ。それにより彼女達が大胆に動く事も可能だった。
だが、一つだけ疑問だったのは、この国の神聖騎士であるアリシア・エレインが派遣されていたはずのラダスから突如として帰還した事だった。
だが、それも彼女達にとっては障害になりえない。
彼女達にしてみれば、このメルクリア王国の王都に、神聖騎士アリシア・エレインが滞在していようとも、していなくともどちらでもよかった。
もし、滞在していなければ、王都は壊滅し、このメルクリア王国を彼女達がそのまま乗っ取るだけ。
もし、アリシア・エレインがいるならば彼女を討ち取り、それを狼煙とし、新たな時代の幕開けを全世界に向けて宣言するだけだ。
神聖騎士は全ての聖騎士の頂点にいる存在、そう易々とは討ち取る事は出来ないはずなのだが、それでもフローラからは間違いなく討ち取れるという自信が溢れていた。
そして、それを配下達も疑わない。今のフローラにはそれを成しえるだけの力があると配下達は確信している為だ。
だが、フローラは突然真面目な表情になり、その直後怒りの形相を浮かべた。
「っ、馬鹿が!!」
「どうかなさいましたか?」
「何処かの馬鹿が何も考えずに魔力を使ったようね」
「は!?」
その言葉に配下達は驚きを隠せず、この場が一気にざわめき始めた。
「そ、それは不味いのでは!? 下手をすれば我らの事を知られるやもしれません」
「この件で連中が我らの事を嗅ぎ付ける可能性も……」
配下達はこの事態に騒いではいるが、フローラにしてみればもうすぐ最終段階なのだ。今から自分達の事を探ろうとしても恐らく時間が足りないだろう。或いは、もし見つかったとしても作戦開始まで逃げ切ればいいのだ。それを可能にするほどに、彼女達の拠点はこの王都に数多くあった。
そして、配下が騒ぎ出すのを横目にフローラは、はぁ、と大きな溜め息をついた。
「魔力を使った馬鹿は、最初期に魔人にした男の様ね、全く……。恩知らずっていうのはこの男の事を言うのかしら……」
だが、突如魔力を使った男からフローラにとある情報が伝わってくる。そして、その情報を理解した瞬間、彼女の表情は一瞬だけ固まり、その直後今迄配下達が聞いた事のない様な大声で笑い始めた。
「ク、クク、クククク、アハハハハハハハハ!!!!」
「ど、どうなさいました!?」
「アハハハハハ、これが笑わずにいられる訳がないわ!! まさか、まさか!!」
フローラはただひたすら笑う。先程は恩知らずと言ったが、全てを知った今、この情報を齎してくれた男を恩知らずとは、最早言えないだろう。それどころか、戯れ、試しに魔人化したが、結局利用価値すらないと思っていた男、全てが動き出すまで放置しようと考えていた男が、まさか彼女にとって黄金より遥かに価値のある情報を齎してくれるとは思ってもいなかった。
(しかもあれは、間違いなく完成品。まさか、あの本物を一足早くこの目で見る事が出来るとは思ってもみなかったわ!!)
だが、その笑いに何が何だか分からないと言わんばかりに戸惑っているのは近くにいた配下達だ。そして彼女が笑いを止めると少し考え込んだ後、口を開いた。
「そうね、折角だし彼を招待しましょうか」
「彼、ですか?」
「ええ。もし、彼があたし達と手を組むというのなら、それも吝かじゃないけど、敵対するとなれば、それ相応の対処をしなくちゃならないかしらね」
だが、その話を聞いた配下は唐突に出た『彼』、そして手を組む、或いは敵対という謎の単語が続くとなれば戸惑いを隠す事は出来なかった。
「だけど、もし彼と敵対するとなれば、『アレ』を使わないと行けなくなるかもしれないわね」
「ま、まさか、『アレ』まで使うおつもりですか!?」
『アレ』を使うという彼女の言葉に、配下達は今日一番の驚きを見せた。
彼等にしてみれば『アレ』は正真正銘の最後の切り札とも言っても差し支えないものだった。『アレ』を使うのは本当にいざという時と言ったのは少し前のフローラ自身だ。だからこそ、配下はこんな段階で使用するかもしれないと彼女が言う事自体が予想の範疇を超えていたのだ。
「ええ、そのつもりよ。例の準備もしておかないとね」
「で、ですがあれは……」
フローラが言った準備は彼等にしてみれば過去に失われたものを復元したものだ。それまで使用するとなるとフローラはアレを本当に使うつもりの様だ、とそれが配下一同揃って思った事だった。
「問題ないわ、それともあたしの言葉に異を唱えるつもり?」
「い、いえ、そういう訳では……」
彼女がこの組織のトップである以上、その言葉に逆らう事は許されない。配下達は頷くしかなかった。
「それじゃあ、儀式の準備を進めなさい。数日で用意出来る筈よね?」
「はっ、大丈夫かと思われます」
「じゃあ、今すぐ始める様に」
「了解いたしました!!」
その言葉を最後にこの部屋に居たフローラの配下達は一斉に退出した。一人残ったフローラは静かになった部屋で誰にも邪魔されずに思考を進めていくのだった。
今話で77話目達成です。
7と言えばこの作品では何かと縁のある数字なので達成できて、嬉しく思います。
これも、皆様の応援のおかげです。物語もまだまだ続く予定なので今後とも応援よろしくお願いいたします。
77話記念という事で、感想や評価を下されば作者が喜びます。それはもう滅茶苦茶喜びます。なので、読後に評価、感想を是非よろしくお願いいたします。
そんな77話目がこんな少し物騒な話で申し訳ありません……。




