76 【怠惰】の力とは
昨日は更新できず申し訳ありませんでした。
令和最初の更新です。
スラムにまた向かう事が決まり、それからも話を詰めていく。そして、それも終わりそろそろ部屋に戻ろうかと思った時、アリシアはおもむろに口を開いた。
「そういえば、お兄様に話しておかなければならないことがあります」
「なんだ?」
「クリスチア大聖堂の書庫にある文献を調べていて分かったのですが、この国に封印されていたのはどうやら【怠惰】の名を冠した七罪武具の様です」
「……【怠惰】?」
「ええ、その力に関してある程度の事はその文献に記されていました」
アリシアが昨日帰って来る事が出来なかったのはこの文献を調べていたからだという。どうやら神聖騎士、あるいはそれに準ずる者しか閲覧を許されていない文献だった様で、他人任せに出来無かった様だ。
「この国の地下に封印されていた七罪武具の銘は『怠惰槍ベルフェゴール』、だそうです」
「怠惰槍ベルフェゴール……」
俺はアリシアの言った銘を繰り返す様に言葉を発した。
「はい、何でも【怠惰】は他者を操る事に特化した能力を持っていたようですね」
「他者を操る……?」
それは、【色欲】の力でも同じようなことが出来る。実際、『色欲心操』では他者の洗脳等、精神支配染みたことが出来るのだ。他者を操るという点では同じ物なのではないだろうか?
だが、アリシアは俺のその考えを否定する。
アリシアの調べた文献によれば、【怠惰】は【色欲】の支配とは別の領域にあるという事だ。
【色欲】は他者の精神を支配する能力であるが、【怠惰】は他者を操るという意味では確かに同じものだが、それ以上に根本的に異なるという。
【怠惰】は他者を支配するという点では同じだが、他者を傀儡とし、文字通り手足とするのだ。
対象を半強制的に魔人へと変貌させ、その存在を傀儡とする事が出来る。
そして、【怠惰】の力で魔人となった者は、常に主となる【怠惰】の武具所有者と繋がっており、その魔人が聞いた事、見た事、更には思考までもを共有することが出来るのだ。
【色欲】よりも更に他者を操る点に特化した力と言えるだろう。因みに【色欲】が【怠惰】より優れている点は、【色欲】は聖騎士にも使う事が出来るという点だ。【怠惰】はその性質上、相手を傀儡とする為には、魔人化させなければならないという制約がある。だが既に聖騎士である者を魔人にすることは出来ない。だが、【色欲】にはそんな制約は無いので聖騎士相手でも使うことが出来るのだ。
「…………」
今思い返せばあの男の魔器もアリシアの語った【怠惰】の力に似ている物だった。
――――どうだ、驚いただろう? これが、こいつの力だ。この魔槍は触れた相手を魔物に変える力を持ってるんだ。おまけにこの槍で魔物になった奴は全て俺が支配できるんだよ。
あの男は確かにそう言っていた。今聞いた【怠惰】の力との共通点がありすぎる。あの男が【怠惰】の力によって魔人と化したのは間違いないと言わざるを得ない。
そしてもう一つ、聞いた事、見た事までもを共有するというのが厄介だ。それは詰まる所、この王都の至る所に【怠惰】の眷族の魔人を配置しておくという条件さえ満たせばこの王都のほぼ全域に監視網を張り、常に王都内を監視することが出来るという事だ。
「…………」
俺は思わず考え込んだ。あの時、スラムで一瞬ではあるが七罪剣を使ってしまった。もし、アリシアの言う【怠惰】の力がその通りだとした場合、あの男の視覚を通して、『あの人』とやらに俺の事が伝わっているのではないだろうか?
あの時はそんな事等全く想定していなかった。いや、想定しようがなかったと言った方が正しい。
だが、もし向こうに俺の事が知られているとなると、『あの人』とやらが俺の事を狙ってくる可能性は非常に大きいと言わざるを得ないだろう。
「……お兄様、何を考えているのですか?」
「ん? ああ」
俺が考え込んでいるとアリシアの声でふと我に返った。そうだ、と思い折角なのでアリシアに俺の懸念、つまり【怠惰】の武具所有者が聞いた事、見た事、思考等を共有するなら俺の事まで知られているのではないかという事を話した。
「それは……、お兄様の事を知られている可能性は高いかもしれませんね……」
やはりアリシアも同じことを考えた様だ。アリシアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「やはりそうか……」
「ええ、そう考えるのが自然でしょう」
「そうなると、向こうも俺の持つ七罪剣を狙ってくることは十分に考えられるな……」
だが、向こうが俺の事を殺そうと狙ってきても、むざむざ殺されるつもりもない。今の俺なら並みの魔人程度なら、簡単に蹴散らすことが出来る。
しかし、アリシアの言っていた魔人と関わる縁とやら。それを証明するかのような事象に、また魔人と関わる事になるのか、と思い俺は呆れながら溜め息をついた。
自分から関わろうとしていた矢先だが、それでも自分から関わるのと、相手から無理矢理関わってくるのでは心の負担という点では違うものがある。
そして、その溜め息で俺の考えている事を察したのだろう。アリシアも少しばかり苦笑していた。そんな空気を換える為だろう、アリシアは露骨に話題を変えてきた。
「そ、それにしても、七罪武具の事を隠匿していて正解だったかもしれませんね」
「そうだな」
最初は混乱を避ける為という理由で封印殿から喪失した七罪武具の事をごく限られた人間にしか話していなかったが、それが功を奏したかもしれない。
もし安易に誰かに話していた場合、それが何処からか噂として広まり、向こうの耳にも届きかねなかっただろう。そして、向こうの耳に届いた場合、むやみに向こうの警戒度を上げかねない。あくまで、スラムの魔人の一件の調査の延長という形にしておくのが理想的といえた。
そして、王都内に【怠惰】の眷族の魔人による監視網が作られている可能性もある以上、封印殿の調査を延期、全てが終わってからの調査にする事をアリシアは考えているとの事だった。
その後も俺達は今後の事を話し合った後、今日は解散とするのだった。