74 奴隷商と新たな魔人
また間に合わなかった……。明日もこの調子だと、下手すれば今日が平成最後の更新になります。
昨日スラムから帰ってきた後、アリシアの帰りを待っていたが、結局昨日彼女は帰ってくることは無かった。
酒場で聞いた奴隷商の話をするつもりだったのだが、アリシアが帰ってこなかった為、その話はまだしていない。
やはり、あの奴隷商の話が頭から離れなかった俺は、再びスラムに出向くことを決めていた。最初の目的地はやはりスラムの酒場だ。
翌日、スラムの酒場に再び行くと、昨日と同じ様に酒を飲んでいる二人組の男がいた。金貨一枚あれば、一つの平民家庭一カ月は楽に生活が出来る。なら、昨日に引き続き、今日も酒を飲んでいるだろうと考えた俺の考えは当たっていた。
俺は昨日と同じく酒を飲んでいる男達のテーブルの空いている席に座る。
「お、確かお前は昨日の……」
「あんたか、今日は何の用だ?」
「昨日の奴隷商の話だ。その二人の奴隷商の店の場所を聞きたい」
俺はそう言うと、昨日と同じくテーブルの上に金貨を一枚置いた。
「へへへ、じゃあ教えてやるよ……」
そして、金貨を受け取った男達は陽気な様子で、その奴隷商の店の場所を話し始めたのだった。
酒場にいた男達に奴隷商の店の場所を聞いた俺はすぐにその場所に向かっていた。今向かっているのが、奴隷に全員逃げられた奴隷商の店の場所だった。
「ここか……」
男達の言葉を思い出しながらスラムを進むと、目的地が見えてきた。男達の言葉が正しいならここが奴隷に全員逃げられた奴隷商の店だろう。
俺が店の中に入ると忙しそうにしている男が一人いた。この男が奴隷商だろう。もしかしたら、奴隷に全員逃げられたことでその対応に追われているのかもしれない。俺は早速、その奴隷商に声を掛ける事にした。
「ここにいた奴隷が全員逃げたと聞いた。少し話を聞かせてほしい」
俺がそう声を掛けると、奴隷商はこちらを向き、俺の事を怪しむような表情で見てきた。
「どうしてそれを……。失礼ですが、貴方は何者ですか?」
怪しむのも仕方がないだろう。奴隷が逃げ出した後、その話を聞かせてほしいという男が現れたのだから。
或いは、自分の破滅を見て嘲笑いに来た人間程度に思われているのかもしれない。このままでは、はいそうですかとすんなり話が通るとは思えない。
仕方がない、そう思い俺は道具袋に手を入れ、そこから目的の物を取り出した。そして、それを奴隷商に見せる。
「これは……、ま、さか!!」
俺が見せたのはエレイン公爵家の家紋だ。これがあれば身分の保証位は出来る。家紋を見た奴隷商は 流石は公爵家の家紋だ、効果は覿面だった。
奴隷商といえども商人だ。そうなれば貴族との取引の機会も多い。だからこそ、商人それぞれの家の家紋を把握しておく事は必須事項なのだ。
「も、も、も申し訳ありません!! まさか、こんな場所に公爵家の家紋を持った方が来るとは思わず……」
そして、奴隷商は改めて俺の方を向きしっかりとした挨拶をしてきた。
「それで、ご用件は一体……?」
「奴隷たちが逃げ出す直前までいた部屋を見せてほしい」
「……分かりました。案内いたします」
結局、奴隷商は何故俺が奴隷全員が脱走したか、知っているのかを聞いてくることは無かった。そして、俺は奴隷商に奴隷たちがいた場所まで案内されたのだった。
「ここでございます」
「分かった」
「私はまだ急ぎの用がありますので、これで失礼します。ごゆっくり、どうぞ……」
奴隷商に案内され奴隷たちがいた筈の場所まで案内されると、その場所には大きな鉄格子がいくつも設置されていた。それを見た俺は囚人を隔離する牢獄を彷彿とさせた。
本来はこの鉄格子の向こうに何人もの奴隷が居たのだろう。だが、鉄格子の中は誰もおらず、空になっている。
更に鉄格子そのものも壊されており、鉄格子には人が一人通れそうな大きさの穴が開いている。その穴も何か大きな力で無理矢理開けられたような印象を受けた。
「これは……」
既に時間が経過している為か、大分に薄れてはいるが、微かにこの場から魔力の残滓を感じる。この残滓を感じ取れる者は俺の様な魔力を持つ者か、或いは聖気を宿した聖騎士の類ぐらいだ。
間違いない、この場で魔力を使った者がいる。状況から考えるとその魔力を使った者がこの奴隷たちの脱走を手引きしたのだろう。
ここに魔人がいた事、魔人が奴隷脱走の手引きをしたことを確信した俺は、もうここに用は無い。後はアリシアにこの情報を伝えるだけだ。そう思いここから出ようとした時だった。
「ぐああああああああああああ!!!!」
店の入り口の方から大きな悲鳴が聞こえてきたのだ。 その悲鳴は間違いなく先程の奴隷商のものだった。しかも、魔力まで感じる。それも遠くでは無く、すぐそこでだ。
俺は急いで悲鳴が聞こえた方まで向かったのだった。
俺がその声の元まで到着すると、奴隷商の体を一本の剣が貫いていた。
「がはっ!!」
体を貫かれた奴隷商の男は吐血していた。その傷口からは今も止まる事なく血が流れ続けている。
そして、奴隷商の体を貫くその剣を握るのはボロ外套を着た、身なりの整っていない少年だった。しかも、先程感じた魔力の元は間違いなくあの少年だ。あの剣からも魔力を感じる、あの剣は魔器だ。
「誰だっ!?」
「っ」
「くそっ、まずいっ、見られたっ!!」
俺の姿を見た瞬間、その少年がそう吐き捨てると、慌てた様子でここから逃げ出した。俺はその少年を追おうとするが、直後、奴隷商の方を見るとまだ息がある様子だった。俺は奴隷商の元まで向かい介抱する。
「息はあるか!?」
「ぐぼっ、はぁ、はぁ。は、はい」
だが、奴隷商の口からは時折吐血しており、貫かれた傷口からは今も血が流れ出ている。間違いなく致命傷だ、恐らくこの様子ではもう助からない。
俺はあの少年の手掛かりを知るべく奴隷商の息があるうちに話を聞くことにした。
「おい、あの少年を知っているのか!?」
「かはっ、ええ。あいつは私の所にいた奴隷の一人です」
「間違いないのか?」
「はい、顔を覚えていたので間違いありません。声を聞いて確信しました、間違いなく私の所にいた奴隷です」
「そうか……。あの少年に襲われるような心当たりは?」
「はい。ありすぎる、といった方が正しいでしょう……」
ということは先程、あの少年がこの男を襲った動機は恨みだろうか?
「がはっ、これも報いですか、奴隷商売なんてものをやっていた罰なのでしょうね……」
そして、その言葉を最後に奴隷商は息を引き取ったのだった。
「また魔人、か……」
あの店を出た後、俺は色々と考え込んでいた。あの魔力と魔器、あの少年も間違いなく魔人だった。元奴隷という事を考えれば、あの少年も『あの人』とやらに魔人にされた可能性は十分にある。
やはり、アリシアと情報を共有した方が良いかもしれない。俺はそう思いながら、あの少年を探す事にした。
魔力の残滓が残っている。それを辿ればもしかしたらあの少年に行きつくかもしれない。俺はそう考えスラムを駆け抜けるのだった。




