69 アリシアの帰還
筆が乗って一話分書けたので更新します。
スラムで魔人と戦ってから数日後、アリシアが今日中に帰ってくるという連絡が入った。
左手にはいまだ包帯が巻かれている。左手に開いた穴は段々と治ってきているが、それでも完全に塞がるにはまだ時間がかかるだろう。アリシアが帰ってきたらすぐにこの怪我の治療を頼むつもりだった。
もうすぐ帰って来るとの連絡があったので、屋敷前でアリシアを待っている事にした。すると、遠くから馬車が此方まで向かってくるのが見えた。あの馬車には見覚えがある。アリシアが教会本部に向かう時に乗っていた馬車だ。
馬車が屋敷の入り口まで到着した。そして、馬車の扉が開きそこからアリシアが降りてきた。
そして、馬車から降りたアリシアはそのまま俺の元まで来て一礼をした。
「お兄様、お出迎えありがとうございます。ただいま戻りました」
「ああ、おかえり」
俺がそう言うとアリシアはニッコリと微笑んだ。しかし、俺の左手に巻かれている包帯を見ると表情が一変、左手を心配そうに眺めていた。
「その包帯はどうされたのですか?」
「ああ、これか……」
俺はそう言うと、左手に巻かれている包帯を解いていった。包帯が無くなると、その左手には数日前、魔人と戦った時にできた穴が未だに残っている。
その怪我を見たアリシアは驚愕の表情を浮かべている。
「お、お、お、お兄様!? こ、この怪我は何があったのですか!?」
「これに関しては後で話すから、とりあえず屋敷の中に」
「わ、分かりました」
そして、俺達は屋敷の中に入っていくのだった。
屋敷の中に入った後、二人で俺の使っている部屋まで向かう。そして、部屋に入った後、アリシアに持っている聖剣でこの怪我を治してほしいと頼んだ。すると、アリシアは快諾してくれたので、すぐに治療を受ける事にした。
「『光剣』、回天剣」
アリシアが具現化した回天剣を手に持ち、そのまま俺の左手の怪我の方に向けた。
「では、始めますね」
アリシアはそう言うと、回天剣に聖気を流し込んだ。すると回天剣が輝きだし、それと同時に左手に出来た穴も少しずづ塞がってきた。
「いつつっ!!」
だが、回天剣から左手に流れ出している聖気が俺の持つ魔力と反発し合い、その結果左手に痛みが生じる。だが、その代わりに左手に出来た穴は少しずつではあるが確実に塞がってきている。
「お兄様、すぐに終わります。少しだけ我慢してください」
「わ、分かった」
そして、回天剣が一層輝きを増すと痛みは激しさを増すが、それと比例する様に左手の修復速度も上昇している。
そして、左手に開いた穴が完全に塞がると、同時に回天剣から流れ出していた聖気も途絶えた。また。俺の体に聖気との反発で生じていた痛みももう感じなくなっている。
最後に左手を何度も握ったり、広げたりして治療が終わったか、問題が無いかを確認する。だが、特に違和を感じる事は無い、無事に左手の怪我は完治した様だ。
「もう大丈夫そうですか?」
「ああ、アリシア、助かった」
「いえ、これぐらいは何でもありません」
そして、その後アリシアは少し逡巡し、口を開いた。
「それで、聞かせてください。結局何があったのですか?」
「そうだな……。説明する」
そして、俺は数日前にあった事をアリシアに話す事にした。
王都を巡っていると道に迷いスラムに入り込んでしまった事、そこで何故か魔人と戦う事になった事、魔人は倒したが左手に出来た穴もその時に出来たものだという事等だ。
「そうですか……。私がいない間に王都でそんな事が……」
「ああ」
「ですが、幾らスラムとはいえそんな所で魔力を使えばどうなるか、普通なら分かりそうなものですが……」
アリシアも俺と同じ疑問を持ったらしい。普通ならそんな迂闊な事はしないだろう。結局あの魔人は何者だったのか、それがさっぱり分からなかった。
だが、アリシアもその魔人について興味を持った様だ。
実際この王都に魔人が潜入しているとなると、今後この王都がどうなるかも分からない。その為、アリシアも調査に乗り気だ。当事者の俺に詳細を根掘り葉掘り聞いてこようとする。
「その魔人について他に何か手掛かりになる様な物はありませんか?」
アリシアのその言葉に俺は少し考え込んだ。そして、あの時の事を思い出す。今考えれば男の言葉には妙な点があった。
「そうだ……。あの男、妙なことを口走っていたな」
「妙な事、ですか?」
「ああ、たしか『魔人として生まれ変わった』と言っていたような」
「……確かに、それは妙ですね」
現存する魔人は神代、或いは暗黒期に生まれた存在が全ての筈だ。だというのにあの男の言った『魔人として生まれ変わった』という言葉、その言い方はまるでごく最近、魔人になったかのような言い方だ。
「それに『あの人』と呼んでいた存在の正体にもさっぱり見当がつかない」
「『あの人』ですか……」
「ああ、その男も『あの人』に力を貰った、って言っていたのが聞こえた」
七罪剣の【暴食】と【強欲】の力の一端として喰らった相手の記憶の一部を奪う事が出来るが、あの時にはそんな余裕は無かった。記憶の一部を奪っていればもっと手掛かりも多かったかもしれない。『あの人』とやらの正体も突き止めることが出来たかもしれない。
だが、今更そんなたらればの話をしても仕方がないだろう。
「……分かりました、この件は私も調査してみます。聖騎士団の方でも何か情報が掴めているかもしれません。情報が入り次第お兄様にもお伝えいたしますね」
そう言ってこの話を打ち切った。その後はアリシアの方の話に移る。
そこでアリシアから伝えられたのは教会の本部での神聖騎士同士の話し合いはうまく乗り切った事、しばらくは俺の事を誤魔化せそうな事等だ。
「という訳なので、お兄様の事は誤魔化しておきました。これでしばらくはお兄様の事も知られることは無いと思います」
「ああ、分かった」
そして、その後も俺達が雑談をしていると執事長から食事の用意が出来たと連絡が入った。俺達は揃って食事に向かうのだった。




