63 カインの誓い
今回は少々短めになっております。
ご了承ください。
アリシアが教会の本部に向かってから、数日が経過していた。
父上と義母上はアリシアが旅立った日の昼には目を覚ましていた。そこで改めて父上から屋敷に住む許可をもぎ取り、晴れて正式(と呼べるだろうか怪しいが)にこの屋敷に住む事を許された。あの時二人に掛けた『色欲操心』はうまく働いている様だ。
許可をもぎ取った時の父上の表情は、嫌々、或いは渋々といった表情だったが、それでも俺達を黙認する、不利な行動は出来ないという暗示の通りに動いていた。
更に、俺は父上から公爵家の家紋を渡されていた(もぎ取ったとも言うが)。この家紋を悪用するつもりはないが、それでもこの家紋があれば並大抵の面倒ごとは避けることが出来るだろう。公爵家の家紋を見て怯まない人間はそうはいないだろう。
「それにしても……」
俺は父上と義母上に使った『色欲操心』の力には驚きを隠せなかった。
【色欲】の力を使ったのはまだ数回程度だ。とてもではないが使い方を習熟しているとは言い難い。だというのにあの効果だ。【色欲】の力を使いこなせれば国そのものを裏から操る事も不可能では無いかもしれない。七罪武具の底知れなさを改めて感じ取った瞬間だった。
神代に存在した魔王と呼ばれる存在が何故恐れられたか、俺はその理由を否応なしに実感したのだった。
だが、【強欲】も【暴食】も潜在能力で言えば【色欲】に匹敵するはずだ。それを俺はまだ使いこなせていないだけ。だからこそ、もっと使いこなせるように努力しなければならない。
ラダスの街で倒したガイウスの様な神代の魔人、あんな存在がこの世にはまだ少なくない数が残っているのだ。そんな存在が俺の事を知れば間違いなく襲ってくるだろう。魔人達にとっては俺の持つ七罪武具を手に入れ新たな魔王となる事は悲願であるだろうからだ。
だからこそ俺はもっとこの力を使いこなして、強くならなければならなかった。
俺はアリシアが旅立ってから、使っている客間にずっと籠り、考え事をしていた。考えていたのは教会の本部に旅立ったアリシアの事。
「アリシア……」
アリシアは今何をしているのだろうか? 今はまだ馬車に乗って道を進んでいる最中だろうか? それともすでに到着しているのだろうか?
そんな事ばかりずっと考えていた。
俺の隣に今迄いた筈のアリシアがいない事が妙に寂しかった。いずれはこの王都に戻って来る事は分かっている。だというのに、アリシアが隣にいないだけで胸が締め付けられるような感覚を味わっていた。
――――お兄様、お兄様!!
「……っ」
俺の事を「お兄様」と、そう呼んで甘えてくれるアリシア。だが、そんな彼女が隣にいないというだけで、どうして胸が締め付けられるような感覚に陥るのだろうか。
喪失感、今俺の胸の内にある感覚を言葉にするなら、その言葉が一番正しいだろう。あの時、アルトが目の前で死んだ時と同じだ。胸に大きな穴が開いたような、自分の大切なものを失ってしまった様なその感覚。
「ああ……」
アリシアがいなくなってから初めて分かった。何時の間にかアリシアは俺の中で大切な存在となっていたのだ。
それが、アリシアが俺に抱いているという異性に対しての思いなのか、それとも兄妹としての思いなのか、それははっきりとは分からなかった。
だが、それでもアリシアが俺にとって大切な人となっているのは間違いがなかった。
「っ!!」
だからこそ想像してしまう。アルトの時と同じ様にアリシアが目の前で死ぬかもしれないと、そんな事を考えてしまうのだ。
あり得ない、アリシアは神聖騎士だ。そう簡単に死ぬはずがない。簡単に死ぬはずがないと何度も自分に言い聞かせた。
だが、どれ程自分にそう言い聞かせたとしてもその嫌な想像は頭から離れる事は無かった。
ガイウスの様な神代の魔人、そんな相手とアリシアが相対する事になればアリシアが殺される可能性もあるのだ。
そして、敵は魔人だけではない。聖騎士、そしてアリシア以外の残る神聖騎士もいる。神聖騎士が俺の事を知れば間違いなく敵対する事になる。そして、今のままならアリシアは俺と共に戦うと言うかもしれない。
だとしても、今代の神聖騎士は五人、アリシアを除いたとしても四人いるのだ。とても俺一人、或いは俺とアリシアの二人でも四人同時に相対できるとは思えない。
だからこそ、俺はもっと力を蓄えなければならない。俺達に降りかかってくる脅威を振り払う力が無いと大切な人を、アリシアを守る事などできないのだ。
「俺はアリシアを守り抜く」
死なせない、彼女を、アリシアを絶対に死なせたりはしない。アルトの時とは違う、必ずアリシアを守り抜いて見せる。
俺はそう強く、強く誓うのだった。




