60 再会(アリシア視点)
この話はかなりの難産でした。
今話、アリシア視点になります。
執務室の中に入ると、そこにはお父様だけでなくお母様も待っていました。
「アリシア、話は聞いている。よく戻った」
「はい」
「怪我とかはしていないかしら? 貴女は私達の宝、怪我なんてしたら一大事よ」
「私は大丈夫です。お母様も心配してくださってありがとうございます」
私は二人に向かい合う様に座りました。
「それで、その様子では何か私達に用があるのだろう。言ってみなさい」
「今回の件で教会の本部に出向く事になりましたので、ご報告をと思いまして」
「そうか」
「後、もう一つだけ。お父様とお母様に会わせたい人がいるのです」
私がそう言うと二人共が少し驚いた顔をしました。
「それは私達が知る人物かね?」
「その通りです。お兄様、入ってきてください」
私が執務室の扉の方を向き、そう声を掛けると、その扉が開きお兄様がこの部屋に入ってきたのでした。
「父上、お久しぶりです」
「……お前は、誰だ?」
「父上、カインです。お忘れですか?」
お兄様がそう言うと、お父様はお兄様の事を思い出したのでしょう。驚いた表情をし、直ぐに声を荒げました。
「お、お前は、まさか!!」
「思い出していただけましたか、父上」
お兄様のその言葉に、お父様の表情は怒りの表情に変わります。そして、怒りのあまり立ち上がり、壁にかけられていた剣を手に取り、その剣先をお兄様へと向けようとします。が、剣を向けられても、お兄様は全く動じません。そもそも、聖剣の類ならまだしも、何の変哲もない、ただの剣で今のお兄様に傷を付けることが出来るとは思いませんが。
「お前は、追放したはずだ、何用で戻ってきた!! 返答次第では今すぐその首、落としてやる!!」
「父上、俺は……」
「私を父と呼ぶな!!」
「父上、貴方はもう俺の事を家族としてすら見てくれないのですね……」
「何を言っている!! あの時言ったはずだ、お前を追放すると!!」
お父様のその言葉にお兄様は悲しげな表情を浮かべました。お兄様の記憶を知った今、どれだけお兄様が家族を求めていたかを知っている私は、その行為がどれだけお兄様を苦しめているかを理解しています。
ですがそんな事など知る由もないお父様は、手に持った剣をお兄様に振おうとします。ですが、その様な事をさせるはずがありません。私はすぐさま神剣を具現化し、お父様の持つ剣を弾き飛ばします。
「お父様といえども、お兄様を相手に剣を振るうなら容赦はいたしません」
「アリシア!?」
私の行動に驚いたのか、お父様は再び驚愕の表情を浮かべています。そして、お母様の表情は、何が何だか分からない、という深い困惑を顔に浮かべていました。
そんな二人を無視し、私はお兄様と寄り添い合います。
「アリシア……」
「大丈夫です、私がいます。お父様がお兄様を捨てようとも、私だけはお兄様と共にいます」
「アリシア、お前は何を言っている!?」
そんな事を言っているお父様を無視し、お兄様の手をギュッと握りしめます。
「お兄様、大丈夫でしたか?」
「あ、ああ、だけど恥ずかしいから少し離れてくれないか?」
「嫌です」
その横ではお父様はまたまた怒りの表情を浮かべています。
「カイン、貴様っ!!」
お父様はそう言うと、お父様の体からは聖気が放出されました。そして、お父様の聖気は手に収束し、その聖気が形を取り始めます。お父様も元は聖騎士、引退したからと言って自分の聖武具が消えるわけではありません。
そして、お父様の手に聖剣が具現化されました。お父様は聖剣の剣先をお兄様へとむけています。
「お兄様、私が対処しましょうか?」
お父様が聖剣を具現化したからといっても、私が対処するのは容易です。あの聖剣でお兄様が殺されることは無いとは思いますが、万が一という事もあります。
「いいや、大丈夫だ」
お兄様がそう言うと、お兄様の体から膨大な魔力が放たれます。そして、その魔力の一部が手に集まり、その魔力は何時の間にか漆黒の剣として具現化されました。
「な、何だ、それは……」
その剣からは圧倒的な圧が放たれていました。お兄様曰くあの剣の銘は七罪剣。七罪剣からは私の持つ神剣にも匹敵する程の圧が放たれています。
「何故、お前からそれ程の魔力が……」
お父様も元聖騎士です。だからこそお兄様の放つ膨大な魔力を感じ、恐れているのでしょう。お父様はお兄様に聖剣を向けていますが、お兄様がお父様に近づくとお父様の持つ聖剣は剣先から段々と消えていきます。聖剣は聖気の塊です。お兄様の纏った魔力が聖剣の聖気を打ち消していった結果、ああいう現象が起きているのでしょう。
お父様が一番信頼を置いていたはずの聖武具はお兄様が近づくだけで消滅したのです。抵抗は無意味と悟ったのでしょうか、お父様は両手を挙げながら無抵抗の意思を示します。そして、剣を向けるお兄様が近づくにつれ後ずさって行きます。やがては、背が壁に当たりそれ以上は後ろに行く事が出来なくなっていました。
「な、何をするつもりだ……」
その言葉を無視するかのように、お兄様は、お父様に剣が届く位置まで進むと、そのまま剣を構えます。そして、お兄様は私の方を向き、問いかけてきます。
「アリシア、本当にいいのか?」
「ええ」
この方法が一番なのは間違いがありません。お兄様をこのまま客人としてこの屋敷に置いておくことは不可能です。なら、いっその事、あの時お兄様が私にした時と同じようにお父様とお母様に暗示をかけてしまえばいいのです。
神聖騎士の私ならお兄様に植え付けられた暗示を解くのも難しくは無いですが、ただの元聖騎士のお父様であるなら、お兄様の【色欲】の暗示を解くことは不可能でしょう。
この話をした時にお兄様は「何もそこまでしなくても……」などと言って苦笑していましたが。
ですが、これはお兄様との同居がかかっているのです。多少強引な手段であっても、実行しなくてはなりません。お兄様と住まいを分けるなんて断固反対です。
「アリシア、貴女一体何を……」
お母様も事態に全く着いて行けない様子で、未だに困惑しています。
「お母様、申し訳ありません。ですが、私はお兄様と一緒にいたいのです。心配はなさらないでください、大きな怪我にはなりませんから」
私の言葉でお母様は何かを感じ取ったのか、立ち上がり慌ててこの執務室から逃げ出そうとします。
そうなると少しばかり面倒です。ですが、私にもそれに対処する方法があります。
「『光剣』そして聖縛剣」
私は【謙譲】の力で聖縛剣を具現化、そしてその力をそのままお母様に向けて使用します。
聖縛剣、その名の通り、聖気の鎖生み出し、その鎖で相手の動きを縛る力を持った聖剣です。相手がある一定以上の魔力を持っていた場合、簡単に打ち消されてしまうのでお兄様との戦いでは使用できませんでした。ですが、重犯罪者や消耗した魔人を捕らえるのにはかなり有効な聖剣なので私は気に入っています。
「あぐっ!!」
聖縛剣で作られた聖気の鎖で動きを封じられたお母様から呻き声が聞こえてきます。
「お母様、少しだけ動かないでいただけますか?」
「アリシア、貴女、一体どうしてしまったの!?」
「お母様、心配しないでください。すぐ終わります、お父様が終われば今度はお母様の番ですから」
そして、動けなくなったお母様と共にこの後の事態を見守るのでした。




