56 告白 ★
山賊達を倒し、そのまま道を進んだ夜の事。
俺は馬車から少し離れ、一人で気を休めていた。
「……………………はぁ」
今迄は考えないようにはしていたが、こうしているとやはり考えてしまう。
「……どうしてなんだろうな……」
どうして、アリシアは急に俺にあれほど良くしてくれる様になったのだろうか?
彼女からの好意は痛いほど伝わってくる。その伝わってくる好意が彼女の事を信じる源となっているのは間違いない。だが、彼女のその気持ちの源泉とも呼べるものが全く分からないのだ。
「……お兄様?」
「っ、あ、アリシアか……」
アリシアの事を考えていた時に当の本人に背後から唐突に声を掛けられて、思わず驚いてしまう。
「お兄様、今夜は冷えますから早く馬車の中に戻りましょう」
「あ、ああ」
……そうだ、ここには俺達以外誰もいない、周囲に人がいる気配も感じない。アリシアに聞くなら今がその時かもしれない。
「アリシア、この際だから聞かせてほしい」
「はい? なんでしょう?」
「どうして、これだけ俺に良くしてくれるんだ?」
アリシアは俺が何を言いたいのかが分かったのだろう。少し悩んだ様子を見せた後、口を開いた。
「それは、……分かりました。全てお話しいたします」
そして、アリシアは話し出した。
「私は……、私が愚かだったのです。お兄様、今迄申し訳ありませんでした」
「アリ、シア?」
「お兄様が気を失ったあの時、お兄様の記憶が私の中に流れ込んできたのです。そしてその時初めて知りました、お兄様がどれ程苦しんでいたのか。そして、矮小な選民思想を抱いていた頃の私がどれだけ愚かだったのかという事を」
「…………」
「もし、私がお兄様の追放に反対していれば、せめて私だけでもお兄様の傍に寄り添ってあげていれば、そう考える度、私はお兄様に対して罪悪感を抱くようになっていました」
俺は無言でアリシアの話を聞き続けた。正直、ついて行けない部分もある。それでもアリシアの内心で何か大きな変化が有った事だけは理解できた。
「そして、何時の間にかお兄様の事が異性として好きになっていたのです。もしかしたら、この気持ちには私がお兄様に抱いた罪悪感が始まりだったのかもしれません。ですが今は断言できます、私はお兄様の事が好きです」
「……だけど、アリシアは神聖騎士としての使命が……」
アリシアが神聖騎士である以上、俺と相容れる筈がない。そして恋愛感情を抱く事などあり得るはずがないだろう。だというのにアリシアはニッコリと微笑んだままだった。
「勿論、神聖騎士としての使命を忘れたわけではありません。お兄様が世界にとって害を齎す様なら、お兄様を討たなくてならなくなるかもしれません。ですが、お兄様は好き好んでそういった事はなさらないでしょう?」
「あ、ああ」
それは間違いなく断言できる。好き好んで世界の敵になろうなどとは考えてはいない。俺と、魔人達の目的が同じである筈がない。そもそも、最初にこの力を手に入れたのだって偶然に偶然が重なっただけなのだ。状況がそうさせたと言ってもいい。もしそうでなければ奈落で死んでいたかもしれない。
「でしたら問題はありません。それに私はお兄様と最後まで共にいると、そう誓ったのですから」
そう言ってアリシアはニッコリと微笑んだ後、言葉を続ける。
「私のこの気持ち、受け止めてくださいますか?」
「アリシア、俺は……」
アリシアは本気なのだろうと理解するのは難しくなかった。確かにそういう気持ちを俺に抱いてくれるのは嬉しい。でも、今はアリシアをそういう対象として見る事は出来なかった。
「………………ごめん、今はアリシアとそういう関係になる事は考えられない」
俺のその拒絶の言葉に、アリシアは悲しげな表情を浮かべるが、その表情は一瞬で元に戻った。
「分かっています、今迄お兄様にした事を思えば簡単に良い答えを聞けるとは思っていません」
「アリシア……」
「ですが、……これくらいはいいですよね」
そう言うと、アリシアは自分の顔を俺の元に近づける。そしてそのままアリシアは自分の唇を俺の唇と重ねた。
不意の事だったので避けることが出来なかった。
「ん、んちゅ、ちゅ」
そうして、どれだけの時間そうしていただろうか。俺とアリシアはその間、ずっと口づけを交わしていた。振り払う事も容易にできただろう。だが、俺はそんな事は出来なかった。
そして、そのまま少しするとアリシアの唇が俺の元から離れた。
「これは私の決意の証です。今はそうでなくても、いずれはお兄様に必ず振り向いてもらう、その決意の証です」
「アリシア……」
「お兄様に初めてのキスを捧げちゃいました。お兄様にはいつか必ず振り向いてもらいます。ですから、覚悟しておいてくださいね」
アリシアは頬を赤く染めながらそう言うと、ニッコリ笑った後、馬車の中に戻っていくのだった。
あれからも、俺の中には悶々としたものが残り続けていた。今も彼女の唇の感触が残っていたのだ。
アリシアは初めてと言ったが、俺も同じだった。
「はぁ……」
今夜は暫く眠れそうになかった。




