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七罪剣と大罪人と呼ばれた少年の反逆譚  作者: YUU
第二章 【謙譲の騎士】 アリシア・エレイン編
51/128

51 とある少女の初恋 ★

 カインと名乗った大罪人、その人との戦いの最後の最後、私はこの人の仕掛けた罠にかかり、敗北を期してしまいました。

 しかし、この人の最後の攻撃は、残ったなけなしの聖気を防御に回し、何とか致命傷となる事だけは避ける事には成功しました。

 しかし、聖気が完全に尽きた私ではもう抵抗できません。ここで間違いなく殺されてしまう、そう確信し、覚悟を決めた時でした。

 この人は突如として苦しみだし、そして何が起こったのか分かりませんが、唐突に気を失ってしまったのです。

 普通に考えれば目の前にいるこの人に止めを刺す事は簡単でしょう。

 ですが胸を少しだけ刺された直後に、この人に逆らう事が出来ない様に、或いは歯向かえない様に【色欲】の力で暗示を植え付けられた今の私では、今、隣で意識を失っているこの人に、何もする事が出来ません。

 完全に回復すれば、この暗示を解く事も難しくは無いでしょう。しかし、それにはまだ時間がかかります。

 それに、何より私自身の心が折れてしまっていました。今負けた以上、もう一度戦っても確実に勝てる保証もない。それどころかもう一度戦えば今度こそ殺されるかもしれません。今まで生きてきた中でも一度も味わったことのない敗北という事実に私の心の中には完全に諦めに支配されていました。


 そんな中、突如私の頭の中に膨大な記憶が流れ込んできたのです。


「これ、は……」


 そして、その記憶の正体を理解した時、同時にこの人の事も全てが分かりました。


「この人は……」


 この記憶が本当だというなら、この人は半分だけとはいえ私と血の繋がった兄、カイン。そして、今の記憶はこの人が持っていた記憶でしょう。


「そん、な……」


 お父様の教えの通りなら、この人は半分だけとはいえエレイン公爵家の血を引きながら何の才能も持たず聖騎士にも選ばれなかった落ちこぼれでありエレイン公爵家の恥晒し。そして同時に、七罪武具を持つ魔王と呼ばれる存在。エレイン公爵家令嬢として、神聖騎士の一人として、本来なら憎むべき、忌むべき存在の筈。この人の事が世に知れ渡る事になれば、エレイン公爵家の名は地に堕ちる事になりかねないでしょう。


「それなのに、どうして……」


 だというのに、私はこの人の事をもう今迄の様に憎む事はできなくなっていました。

 その理由は分かっています。この人の記憶、それが私の中にもあるからです。私はこの人に対して同情心や憐憫のような感情を持ってしまった。

 この人の記憶、今まで抱いてきた思いの全てを知った事で、この人を先程までの様にもう憎むことが出来なくなってしまった。

 そして、その時に初めて自分がしてきた事を他者の視点で客観的に見る事が出来た様な気がします。


 この人を嫌っていたのは本当に自分の意思だったのか? それはただお父様とお母様にそうしろと教わったから、ただそれに従っていただけだったのでは? 

 せめて半分だけでも血が繋がった妹である私だけでも傍に寄り添ってあげるべきだったのでは? そうすればこの人は苦しまずに済んだのでは? 

 そもそも、この人が七罪武具を手に入れたのは偶然。それに、もし私がこの人の追放に反対していれば、或いはこの人は追放されず、奈落で七罪武具を手に入れる事も無かったのでは?


「あ、ああ、あああっ……」


 幾つものあり得たかもしれない、「もし」という可能性。嘗ての私の事を考えればその可能性は皆無に近かったのかも知れません。それでも、その極僅かでもあり得たかもしれない可能性を考えれば考えるほど、私の心が罪悪感で押しつぶされそうになります。

 それを考える度、自分の中にあった矮小な選民思想が小さくなっていくのを感じます。


「全部、私のせい……? 全て、私が招いた事……?」


 後で考えればあまりにも飛躍しすぎた考えかもしれません。ですが、この時の私にはそうとしか考えられなかったのです。

 ふと気が付くと、私の瞳からは知らず知らずのうちに涙がこぼれ出ていました。それを何度拭っても、涙は止まる事はありません。


「っ、ごめっ、ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめん、なさい……」


 それから私は涙が枯れるまでずっと謝罪の言葉を口にしていたのでした。




 それから、どれくらいの時間が過ぎたでしょうか。しかし、この人は今も目を覚ます事はありませんでした。


「お兄様……」


 この人をそう呼んだのは初めてです。ですがそこに違和感はありませんでした。それどころか、この人を「お兄様」と呼ぶ度に胸が高鳴って、頬が火照ってきます。


「……そうです。こうしてみましょう」


 隣で気を失っているお兄様に頭をゆっくりと自分に膝の上に持ってきます。


「んんっ……」

「あっ……」


 危なかった、起こしてしまう所でした。本当は起こして差し上げるべきなのでしょうが、少しだけこうしたかったのです。


「お兄様……」


 お兄様が起きない事を確認した後、ゆっくりとお兄様の髪を撫でていきます。


「お兄様、お兄様……」


 そう呼び続ける度、胸の高鳴りは治まる事無く、むしろ激しさを増していきます。頬の火照りも一層激しくなっている様な気がします。この気持ちはまるで……


「あっ……」


 その時、自分の中の感情を理解した様な気がしました。私はお兄様の事が好き、家族として兄妹としてではなく、お兄様の事が一人の男として好き。この気持ちは恋、なのでしょうか。


 この感情には、私がお兄様に対して抱いた罪悪感が含まれているのかもしれません。もしかしたら、その罪悪感がこの気持ちの根源なのかもしれないでしょう。或いはお兄様の記憶を見た事がこの気持ちの始まりだったのかもしれません。


「私は、お兄様の事が、好き、なのでしょうか……?」


 そう呟きますが、私がその言葉を呟く度、自分の気持ちに確信が持てるようになってきました。私はお兄様の事が好き、お兄様に恋をしている。その気持ちに嘘はありません。何時しか、そう断言できるようになっていました。


「だけど……」


 今迄、お兄様にしてきた事を思えば、おこがましい話です。お兄様が今迄どれ程苦しんだか、お兄様の記憶を知りやっとその事を知る事が出来ました。

 だからこそ、もし私がお兄様に捨てられたとしても、そこに異を挟むつもりもありません。

 ただ、お父様とお母様の言葉に従っていたあの時の私がどれだけ愚かだったのか、今はその事を自覚しています。


「だけど、もし許されるのなら……」


 もし私がお兄様と共にいる事が許されるのなら……。


「だからこそ、ここで誓います。お兄様、私は二度とお兄様を見捨てないと、お兄様から離れる事は無いと、そう誓います」


 私は、最後までお兄様と共にいる、と強く誓うのでした。











 因みにアリシアは勘違いしていますが、アリシアに植え付けられた【色欲】の暗示はカインが謎の存在に干渉した時の余波です。

 それがアリシアに刺さった七罪剣を通して、彼女にも伝播しました。

 聖気が完全に尽きたアリシアでは、その余波ですら全く抵抗することが出来ませんでした。

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