50 アリシアとの戦い 後編
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、ふうっ、はぁ、ふうっ」
俺の魔力はもう底を尽きかけている。アリシアに投げ捨てられた色欲刀を維持する為の魔力は無く具現化も解けている。残っているのは右手に持つ七罪剣だけだった。
だが、それはアリシアも同じだ。当初から比べるとあの溢れ出る様な聖気が今やもう見る影もない。
アリシアの周りにあった光剣も回復の聖剣を使った直後、全てが消えていた。光剣を維持する為の聖気も尽きているのだろう。
恐らくこれが最後だ。
アリシアはあの一撃に残る聖気の殆どを神剣に込めたのだろう。魔力が尽きかけている俺があの一撃を受ければ間違いなく命を落とす。
「行きます!!」
「来いっ!!」
そして、俺とアリシア、お互いが最後の決着をつけるべく、相手に向かって走りだした。
互いが剣の届く位置に来た瞬間、俺達はほぼ同じタイミングで剣を振るった。
「っ、早いっ!!」
「これで、最後です!!」
「まずっ!!」
だが、俺の方が一瞬だけ遅かった。その一瞬が致命的だった。ここに至っては避ける事もままならない、このままでは一方的に負ける。
アリシアもそう考えているのだろう、勝利を確信したような笑みを浮かべている。あれが直撃すれば間違いなく俺の命は無いだろう。
だが、アリシアが剣を振るった次の瞬間、アリシアの目に映る俺の体はまるで幻か何かのように消える。
「えっ……?」
アリシアの表情が勝利を確信した笑みから、呆気に囚われたかの様な表情に変わっていた。
剣を振りきった直後、そこには一瞬の隙が生まれる。剣を振りきった一瞬の隙とアリシアの目に映るであろう俺の姿が消えた事による衝撃で、アリシアは完全に硬直してしまっている。
「はぁっ!!」
俺はそんな硬直しているアリシアの胴部に横薙ぎを一閃、俺の一撃は間違いなくアリシアに直撃した。
「どう、して……」
俺の最後の攻撃を受けたアリシアは崩れ落ちる。
『色欲の幻影』
ここまで取っておいた【色欲】の力を使った技だ。相手の視覚に一瞬だけ干渉し自分の幻影を見せる事が出来る。一瞬だけなので使いどころは限定されるがこの局面では効果は覿面だった。
いや、正確に言うならこの局面でしか使うことが出来なかった。持てる聖気の殆どを神剣に込めた今この局面でしか。もしも、この局面以外で使用してもアリシアの纏う聖気に妨害され効果を発揮する事も無かっただろう。
そして、俺の少し手前に一瞬だけ幻影を見せた事で、アリシアはその幻影を俺だと錯覚した。
最後の一撃は胴部になけなしの聖気を集める事で防いだのだろう。アリシアのドレスアーマーには大きな損傷があったが、彼女の体にまでは外傷は入っていない様だ。だが、アリシアにはもう聖気が残っていない。アリシアの持っていた神剣もいつの間にかなくなっている。聖気が枯渇した事で形を維持できなくなったのだろう。
だが俺はまだほんの少しだけ魔力を残している。聖気が枯渇した今のアリシアでは抵抗もままならないだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺が、勝ったんだ。
俺は、おぼつかない足取りでアリシアの元まで向かう。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「くっ!!」
アリシアは忌々し気にこちらを睨んでくるが、聖気が尽きた彼女には抵抗する事は出来ないだろう。
――――禍根を、残しては、いけない。ここで、神聖騎士である、アリシアを、殺さないと。
俺の心はそんな強烈な使命感、強迫観念の様な物に駆られていた。
俺は倒れ込んでいるアリシアに馬乗りのような状態となり、右手に残った七罪剣を振り上げる。そんな時、アリシアがポツリとつぶやいた。
「お父様……、お母様……、申し訳、ありません……」
そう呟くアリシアの目からは一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
「あ……」
俺は、一体、何を……。
今、俺は半分だけとはいえ血の繋がった妹を手に掛けようとしたのか?
それにこの強烈な使命感、強迫観念、それが俺の心の中にあったのは何時からだ?
そもそも、何故アリシアに対し躊躇いも無く剣を振るえた?
自分の頭の中にそんな疑問が溢れかえった時だった。
――――何をしている!!!! 早く、早く、奴を殺せ!!!!
「くぅぅぅっ!!」
頭にかつてない程の激痛が走る。頭の中に響く声も過去最大級の物だ。
――――何を、何をしているのだ!!!! 早く奴を殺せ!!!! 貴様がやらぬなら我らが!!!!
その言葉と同時に身体の制御が全く効かなくなる。まるで他の誰かに身体を操られているような感覚だ。
そして、俺の体は自分の意思とは無関係に振り上げた剣を振り下そうとしている。
――――駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ!!!!!
そうずっと強く念じ続けているのに俺の体は止まる気配が全くない。
振り下された剣はアリシアの心臓目掛けて一直線に向かっていく。
そして、七罪剣の剣先がドレスアーマーを貫通しアリシアの胸に刺さった。
「あぐっ!!」
アリシアのそんな呻き声が聞こえる。精一杯抵抗しているが、このままでは間を置かず心臓まで到達するだろう。
――――何か、何か無いのか。
必死に頭を巡らせ、何か、何かこの状況を打破できる方法が無いかを考える。
――――そうだ、【色欲】!!
【色欲】の力の本質は精神に作用し、干渉する力だ。ならばそれを応用すれば、今俺を操っている謎の存在? に干渉し、命令、暗示の様な物を出す事が出来るかもしれない。
――――止めろ、俺に歯向かうな!! 逆らうな!!
【色欲】の力で今俺を動かしている謎の存在にそう命令する。
――――何故だ、何故止める!!!!
謎の存在も必死に抵抗してくるが俺はそれを止めるつもりは全くない。
――――俺の体は俺の物だ、消えろ!!
――――止めろ!! 止めろ!! 止めろおおおぉぉぉ!!!!
そして、その声を最後に謎の存在はなりを完全に潜めるのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
謎の存在がなりを潜めた直後、俺は自分の体の制御を取り戻していた。先程まで聞こえていた声も聞こえなくなっている。強烈な使命感や強迫観念もすべて消え去っている。
だが【色欲】に残りの魔力の全てを持っていかれた。アリシアの胸に刺さっていたはずの七罪剣も消えている。自分の魔力が無くなった事で七罪剣も形を維持できなくなったのだろう。
更に魔力だけでは足りなかったのだろう。生命力とでも呼ぶべきものまで魔力に変換して消費していた。おかげで、今この瞬間にでも意識が途絶えてもおかしくは無い程の疲労感に襲われている。
だが、今気を失う訳にはいかない。アリシアの様子を慌てて確認する。
「ぶ、無事だったか……」
アリシアは何とか無事だった様だ、俺はその事に安堵する。だがその安堵が最後の引き金だった。
「だ、駄目だ、意識が――――」
そこで俺は倒れ込み、意識が途絶えたのだった。
二章ももうすぐ終わりとなります。




