38 カジノへの潜入
服を注文してからあっという間に時が過ぎ、受け取りの日が来た。
服飾店の警備の人は俺の事を覚えてくれたのか、今度は止められる事なく、簡単に服飾店に入ることが出来た。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「注文していたものを取りに来た」
「そうですか、少々お待ちください」
俺の応対をしてくれた店員はそう言うと店の裏方まで入っていった。
そして、裏方から出てきたのは先日応対してくれた店員だった。
「お待ちしておりました」
「注文していた服を取りに来たんだが」
「承知しております、ではこちらにどうぞ」
そして、俺はその店員に応接間まで案内されるのだった。
案内された応接間はかなりの広さで、内装も貴族の屋敷の一室を彷彿とさせる作りとなっており、高級品と思われる調度品もかなりの数が置かれている。この部屋なら貴族の応対をするのにも十分すぎるだろう。
応対してくれた店員は、俺を応接間まで案内すると「この部屋でお待ちください」と言った後、どこかに行ってしまった。なので、店員の言葉に従い応接間で待つ事にした。
そして、少しすると応接間の扉が、コンコンとノックされた後、店員が入ってきた。
「こちらがご注文の品になります」
店員が持って来た服のデザインは、明らかに一端の貴族が着るようなものだった。上のスーツ、下のズボン、共に黒で統一されている。唯一、スーツの下に着るシャツだけが白かった。服も光沢を放っている。上質な生地が使われているのだろう。
公爵邸で何度か似たような物を見た事がある。確か公爵邸で開かれた夜会で、客人として来ていた貴族がこれと似たような物を着ていた記憶があった。まぁ、俺はその夜会に出る事は許されなかった為、遠くから眺めていただけだったが。
仮初とは言え、そんなものを俺が着る日が来るとは思いもしなかった。
「お客様、お気に召されたでしょうか?」
「ああ」
「それは良かった。では試着していかれますか?」
今来ている服は予備の服で、あの時着ていたボロボロの服ではないが、それでもこの服の方が遥かに上質だ。
どうせこのままカジノに直行する予定なのだ。ここで着てそのままカジノに向かおう。俺はそう決め、別室で着替える事にしたのだった。
着替えを終え、店員にこの服のまま帰ると言った所、店の前まで、お見送りをするとの事だったので、店の前まで一緒に歩いてきた。
「では、今後も当店を御贔屓にしていただけますよう、よろしくお願いします」
店の入り口まで到着すると、店員はそう言いながら頭を下げてきた。
「分かった」
店員の言葉に俺は軽く返事をしたが、心の中ではこの店を使う事は恐らく二度と無いだろうと、そんな風に思っていた。
「では、当店をご利用いただきありがとうございました!!」
店員は最後にそう言いもう一度頭を下げてきた。その店員を背後に俺はこの店から立ち去る。
そして、準備を終えた俺はこの街に来た時と同じくカジノに向かったのだった。
服飾店を出た後、俺は早速カジノ前まで来ていた。そして、カジノの入り口の所にいる警備の人間に声を掛けた。
「このカジノに入りたいんだが」
「会員証はお持ちでしょうか」
「ああ」
俺は前回の時と同じく会員証を取り出し警備の人間に手渡した。警備の人間は、会員証を一見した後、俺に返してくる。
「失礼しました。では、カジノをお楽しみくださいませ」
そして俺は、やっとカジノの中に入ることが出来たのだった。
カジノの中に入ると、そこには煌びやかな内装が広がっていた。至る所で贅を凝らしたショーが行われている。
だが、俺の目的はここではない。ガイウスの屋敷にあった会員証は、このカジノの更に裏にある裏カジノの会員証も兼ねている。
裏カジノに入る為には、特定の場所でこの会員証を見せる必要があるのだ。
カジノの一角にある関係者専用と書かれた扉、その前では黒い服を着た男二名が扉を塞ぐ様に立っている。あそこが裏カジノへの入り口だ。
俺は、その扉の前まで向かい男達に会員証を見せた。すると、その男達は道を開ける様に一歩横に移動し「こちらにどうぞ」と言いながら、扉の中に入るように促してきた。
男達に促されるまま入った扉を進むと、その先は一本道になっていた。その道を進むと、その奥にはもう一枚扉があり、その扉を開けると地下に繋がる階段があった。ガイウスの記憶通りなら、この先が裏カジノだ。
裏カジノは機密性を重視し地下に作られている。この裏カジノで動く金額は表のカジノの何十倍にも及ぶ。そして、ここで得られた利益はガイウスの組織の資金源となっているのだ。
勿論、その事が全て発覚すればこのカジノが物理的に消えてもおかしくはないが、賄賂をばら撒き、このカジノに捜査が及ばないようにしているらしい。
この裏カジノでは、奴隷のどちらかが死ぬまで戦わせて、その内容に金銭を賭けた賭博が人気だった。
ここで戦う事になる奴隷は、どちらかが死ぬまで戦わされる事になる。生き残る為には相手を殺さなければならない。
人の死を間近で見る事が出来るという事で、刺激や娯楽を求める人間達にはこの手のショーは、絶大な人気を誇っており、中毒性すらあった。おかげで、このショーは裏カジノの一番の人気と言っても過言ではない。
他にも、表のカジノと内容は同じだが、明らかにレートの桁が違ったりしている物等、人の射幸心を煽る内容の物ばかりになっている。
だが、この裏カジノの更に地下にはガイウスの組織の一大拠点が作られている。
ある意味、この裏カジノですらカモフラージュでしかないのだ。
俺は、裏カジノに入った後、そこの一角にある関係者専用通路に向かう。ガイウスの記憶が正しければ、この通路は地下の拠点に繋がる道であるはずだ。
「お客様、こちらは関係者専用となっており、お客様の立ち入りはご遠慮いただいております」
関係者専用通路を通ろうとすると、このカジノの従業員だろう一人の男が後ろから声を掛けてきた。
「いや、この先に用がある」
「それは一体どういう事でしょうか?」
従業員のその疑問に俺は答える事も無く、影獣を創った。そして、影獣に目の前の男を喰う様に指示する。俺の意図を理解したのか、影獣はまず男の頭部に飛び掛かった。男は影獣を見たとたんに逃げようとしていたが遅い、影獣が頭部に飛びつき、そのまま頭を捕食する。
頭をそのまま食われた男は悲鳴を上げる事もない。頭を失った男は、地面に倒れ込んだが、その死体にも影獣が飛びつき、まるで死体すらも残さないと言わんばかりに、影獣が男の死体をどんどん喰らって行き、最終的に肉の一片すら残さず影獣が全てを喰らったのだった。悲鳴一つ無く、死体が残っていない以上、この事が発覚する恐れも殆ど無いだろう。
表のカジノで働いている者ならまだしも、裏カジノで従業員として働いている以上、末端とはいえ、今影獣に食い殺された男も、ガイウスの組織に属しているのは間違いない。ガイウスの記憶からもそれは明らかだ。
この男も相当あくどい事をして、表の世界で生きていけなくなったから、こんな所に身を置いているのだろう。そうでなければ普通の人間は好き好んでこんな組織に身を置きたがらない。そんな人間を殺しても俺の良心は欠片も痛まなかった。
「それにしても『喰らう影』、便利すぎるな……」
そして、こういった時にも使用できる『喰らう影』の思いのほか高い汎用性に俺は驚きながらも、この通路を進んで行くのだった。
本当なら、服の注文をした翌日のフリーになっている時間を使ってカルラの街巡りの話をする予定だったのですが、出来上がった内容がかつてない程、微妙だったため全カットとなりました。描写はしていませんが、服の注文を終えた翌日には街巡りをしています。それを今後使うかどうかもわかりませんが……




