31 覚醒
アルトが死んだ、俺の目の前で。
「どう、して……」
「どうして、か。それは君が弱いからだ、弱いからこうして簡単に奪われる」
「弱いから、奪われるのか……?」
「その通りだ」
「弱いから、守れないのか……?」
「そうだ」
「強ければ、強ければ奪われないのか?」
「そうだとも」
「強ければ、強ければ守れるのか?」
「そうだろうな」
ガイウスは俺の言葉に律義に答えてくる。
「それにしても、驚いたよ。まさか、私の一撃を代わりに受けるとは」
「お、前は……」
「しかし、それでも、君の命がほんの少し伸びただけに過ぎない。無駄な犠牲と言う奴だ」
ガイウスが俺の方に向かって歩んでくる。だが、俺はもう動けそうもない。
俺がこのまま何もしないとただ奪われるだけだ。だけど、アルトは最後に「生きろ」と言ったのだ。こんな所で死ぬわけにはいかない。
だが、俺が魔力を使ったとしても、この男に対抗する事が出来るとも思えない。あの男から感じる魔力は俺が持つ魔力を遥かに上回っている。勝てるイメージが全くわかないのだ。
だけど、死ぬ訳にはいかないと、せめて殺気だけをガイウスにぶつける。
「無駄だ。君が人間である限り、魔人には届かない。私と相対したければ、せめて人間を辞めてからにしたまえ」
人間を辞めなければ目の前の男を超えられないのか。
だが、こんな時だというのに、怖いのだ。人間を辞める事も、俺の中にある力も。
「……ああ、そうか、そういうことか」
その時、理解した。結局の所、俺はこの力で自分が変わってしまう事に怯えていたのだ。本能的に変わる事を強く拒絶していた。この力を受け入れようとはしていなかった。まだ、人間でありたいと、そう願っていた
「だけど……」
だけど、この力を本当の意味で受け入れなければ、何も守れず、ただ奪われるだけ、と言うのなら、受け入れよう。変わる事をもう恐れない。奪われるのは、もう沢山だ。人間でなくなるとしても、それでもいい。
そう覚悟を決めた瞬間だった。俺の奥底、魂とも呼べる部分から、魔力が溢れ出てきたのだ。
その魔力は、俺に最後の変革をもたらす。だが、その変革に痛みを伴うことは無かった。
俺の存在の格とでも言うべきモノが上がっていくのが分かる。俺が目の前の男と同じ領域に引きあがっていく。
「ああ……、今なら分かる」
俺が、今迄自分の中に感じていた魔力は、全体のほんの少しでしかなかった。たった表層にあった部分だけだった。俺が拒絶していたから、自分の中にある魔力を本当の意味で引き出すことが出来なかっただけなのだ。
今や、俺の体は魔力を使う事に最も適した形に変化している。魔人、或いはその更に上、これが魔王と呼ばれる存在の領域なのだろう。
変革を終えた俺の手には、いつの間にか七罪剣が具現化されていた。俺の中から溢れ出てきた魔力が何時の間にか形を取っていたのだろうか。
「……………………く、くくくく、くははははははは、あっははははははははははははは!!!!!」
ガイウスが俺の手に握られていた七罪剣を見るなり、一瞬、驚愕の表情を浮かべた。その後、突然笑い声をあげる。その顔に浮かぶのは喜び、いや狂喜とも言ってもいいほどの笑みだ。
「なんだ!! なんだこれは!! くはははは!! 全く、これでは私が道化みたいではないか!! 長年求めていたモノが、これ程すぐ近くにある事に全く気が付かなかったなど!!」
ガイウスはただひたすら笑い続けていた。
だが、俺はそんな言葉など意に介さない。ただ、この男を殺す、必ず殺す。その苛烈な殺意だけをぶつける。
「よかろう、よかろう!! 今の君は、私が全力を出すにふさわしい相手だ!! この世に新たに生まれし魔王よ!! その名、私に名乗るがいい!!」
俺は一度、奴に自分の名前を言ったが、恐らく奴が求めているのはそういう事ではない。新たに生まれた魔王として名乗れ、そういう事なのだろう。
そうだ、俺は魔を統べる者、魔王だ。いや、名乗るならもっとふさわしい名がある。俺の持つ七罪剣、そして魔王、その二つを合わせよう。
「俺は【七罪の魔王】カイン」
「そうか、【七罪の魔王】よ!! 私は神代の魔人と呼ばれし存在、【暴食】の魔王の眷族、ガイウス・グラトニア!! 君のその力、魂ごと喰らい、私が魔王となり、この世界に君臨しよう!!」
「させるか!! 貴様の魂、その一欠片すらこの世に残しはしない!! 貴様の全てを喰らい尽くす!!」
「やってみるがいい!!」
そして、俺と魔人の最後の戦いがここに始まるのだった。




