29 救出
ギルドマスターの説明はその後も続く。
「では、概要を説明する。目的は要救助民の救出だ。ここにはかなりの数の避難民がいるが、まだまだ街の中には取り残された人達が大勢いるだろう」
「分かりました」
「ギルド内の倉庫に保管してある予備物資も全て開放するつもりだ。どうせここも放棄する予定なんだ。残りの数とかは一切考えなくていい」
「はい」
「だが、忘れるなよ。目的は魔物を倒す事じゃない、この街の人を助ける事だ。魔物との戦闘は極力避けるように。この状況では数体倒した所で何も変わらん」
そして、ギルドマスターは念を押すようにもう一度繰り返し言う。
「もう一度言うぞ。魔物との戦闘を避け、街の人の救出を最優先にするんだ。現状から計算した所、ここを守れるのは今日の夕暮れが限界だ。その時点を以ってここを放棄し、脱出する。それまでにここに戻るんだ。何か他に聞きたい事はあるか?」
そして、ギルドマスターは会議室を一度見渡す。だが、ギルドマスターに質問する者はいなかった。
「無いな、では解散!!」
そして、この場にいる皆がこの会議室から次々と退室していく。それに合わせて俺達もこの会議室から出るのだった。
会議室から出た後、俺達はギルドの倉庫に向かった。倉庫内で色々必要な物を補充していく。他の傭兵達がかなりの数の物資を持って行ったのだろう。倉庫の規模に比べれば物資はかなり少なくなっている。
「一応予備の武器に、ポーション類、後は……」
「おっ、バーストジェムか。これ使い捨ての癖に案外高いんだよな。折角だし貰うか」
「煙幕玉も貰っておこう」
そんな感じで、俺達はギルド内の物資をある程度貰って行くのだった。
そして、倉庫を物色した後、ギルド内の大広間に出ると、来た時よりかなり人が減っていた。どうやら既に地下通路を使った脱出が始まっている様だ。
だが、ここに逃げて来る人もドンドン増えている。未だに街の中に取り残されている人もまだまだいるのだろうか。
「カイン、行くか」
「分かった」
そしてギルドから出ると、外にはここを守るギルドマスターと傭兵達がいた。
「お前ら、行くのか」
ギルドマスターのその言葉に俺達は無言で首肯する。
「分かった。ただし、絶対生きて帰れよ」
「「はい!!」」
ギルドマスターがここを守っている傭兵達の方に振り向くと一言。
「おい、お前ら、道を開けろ!!」
その言葉で傭兵達は道を開けてくれた。
そして、ギルドマスター達に見送られ、俺達はこの崩壊寸前の街の中を進んで行くのだった。
ギルドを出てから、かなりの時間、街を巡り人々を助けていた。
「大丈夫か!?」
「ポーションです、どうぞ」
「お、俺達は何処に行けばいいんだよ!?」
「傭兵ギルドには、この街から脱出できる地下通路があるからそこに!!」
「わ、分かった。ありがとう!!」
そうやって、動ける者には傭兵ギルドに向かうように促し、怪我をして動けない者には手持ちのポーションを渡していく。途中魔物に襲われそうになっている人には俺達が間に入って時間を稼いだりする。
そうして行くと、気が付けば昼過ぎになっていた。
「はぁ、はぁ、流石にそろそろ疲れてきたな……」
「朝からずっと動きっぱなしだからな……」
「どうする、少し休憩するか?」
「それが良いかもな」
俺達は休息を取るために物影に隠れて座り込んだ。
「……」
改めて崩壊しかけたこの街を巡って何だか無性に空しくなった。昨日まで、あんなに賑わっていた場所だって、今は人が消え、代わりに魔物が徘徊する場所に変化してしまった。
「アルト……」
「……どうした?」
「……いや、何でもない」
そこからは、お互い何かを口にする事は無かった。結局休息を終えるまでこの空気は変わることは無かったのだった。
「カイン、そろそろ行くか」
「ああ」
そして、俺達は再び街の中を巡る。刻限である夕暮れも段々と近づいている。互いに、そろそろ戻った方がいいのではないか、と言い始めたその時だった。
―――――誰か、誰か助けてくれ!!
そんな声が聞こえてきたのだ。俺とアルトは一瞬顔をお互いの方を向くと、頷き声が聞こえた方へ急いで向かった。
「誰か、誰か!!」
聞こえる声がだんだん大きくなってきた。声の主が近くにいるのだろう。
「助けに来た!! 何処だ!?」
「ここだ!!」
声の方に向かうと、そこにいたのは昨日、アルトと一緒に行った屋台で出会ったグラントさんだった。
「おっさん!?」
「その声、アルトか!?」
「どうして逃げてないんだよ!?」
「周りの人を逃がしていたが、少しばかり失敗しちまったんだよ……」
話を聞くと、グラントさんは周りの人を優先的に逃がしていたが、運悪く自分の屋台が倒れてきてしまい、先程まで気絶していたらしい。代わりに倒れてきた屋台のおかげで魔物には見つからなかったのは、運が良かったのだろう。
「その時に足も怪我した様でな、歩く事は出来そうだが、走るのは無理だろうな」
「……アルト」
「分かってる」
アルトは道具袋からポーションを取り出しグラントさんに渡した。俺達の意図を理解したのか、グラントさんはポーションを飲んでいった。
「これで、少しすれば怪我が治って走れるようになるはずだ」
「アルト、助かる……」
その後、グラントさんの怪我が治ったら一緒に傭兵ギルドまで向かうという話になった。グラントさんは自分の為にそんなことをしなくていいと固辞したが、俺達もそろそろ傭兵ギルドに戻る予定だった事を話すと、グラントさんが折れてくれた。
「二人共、本当に助かった。今なら走れそうだ」
「それじゃあ、行くか」
「ああ」
そして、俺達は街の中を駆け抜けていく。多くの人を助けることが出来て、そして互いに生きて帰れそうだ、そう確信した時だった。
結局、そんな確信を持った時にこそ、不幸というモノは訪れるのだろう。
ドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!
そんな音と共に地面に大きな揺れが起こる。
「っ!! おっさん!!」
「うおっ!!」
そして、揺れが収まるとアルトが慌てた様子でグラントさんを突き飛ばしたのだ。
だが、その直後だった。今迄グラントさんがいた場所の地面に罅が入っていたのだ。あのままだとすぐに崩壊するだろう。だが、グラントさんを突き飛ばされ、代わりに崩壊しようとしている場所にいるのは突き飛ばした張本人であるアルトだ。
「アルトっ!!」
アルトがいる場所が崩壊していく。俺は慌てて手を伸ばした。伸ばした手は何とかアルトに届いたが、それでもアルトは穴に飲み込まれ、俺と手だけで繋がっている状態だった。俺が手を離すと、アルトはこのまま落下してしまうだろう。
「お、俺は一体どうすれば……」
「早く傭兵ギルドまで向かってください!!」
「だ、だが……」
「いいから!!」
「わ、分かった!!」
そして、グラントさんは傭兵ギルドまで向かっていった。
「アルト、今、引き上げる」
「カイン、助かった」
「礼は後でいいから」
グラントさんを見送った後、俺はアルトを引き上げようとする。だがそんな時だった。
ドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!
そんな音が二度目の揺れと共に響き渡る。そして、今自分がいる場所にも罅が入っていった。先程と同じくこの場所も間違いなく崩壊するだろう。
「は、はは……」
もし、今すぐアルトの手を離して逃げようとしても、間に合わないだろう。俺は諦めたように声を零した。いくら魔力を宿し、身体能力が向上した俺の体とは言え、この穴がどこまで落ちるか分からない。落下の衝撃に耐えられるとは思えない。
アルトも俺の様子から何かを悟ったようで、顔から諦めの様子がうかがえた。
「カイン、ごめんな。俺なんかの為に……」
そして、アルトのそんな言葉を最後に、俺のいる場所も崩壊し、俺達は揃って穴の底まで落下していくのだった。




