2 追放
翌日、俺は学園に向かう。学園に行くことができるのは、今日までだろう。
王立学園、このメルクリア王国最大の教育機関である。
俺が歩いていると、校門の前では数人の男達が待ち構えていた。
「おい、落ちこぼれが来たぜ」
「聞いたぞ。聖種の儀、駄目だったそうじゃないか」
貴族社会の噂は早い、こういったことはすぐに噂になる。元々、俺には才能というものもそれほど無く、ただでさえ落ちこぼれと言われているのに、その上昨日の出来事ともなると最底辺にも等しいだろう。
そして今、目の前にいる連中は俺に対していじめを行ってきた連中なのだ。俺が公爵家の庶子である事は、学園内では知られている。連中にとって俺のような、半分とは言え自分たちより上位の貴族の血を引きながらも家庭での地位は最底辺の存在は都合がいいのだろう、よく殴る蹴るの暴行から、授業に必要な教本を破かれたこともあった。
俺は連中から逃げるように、学園に入ろうとするが、肩をつかまれる。
「おい! 無視するんじゃねーよ!」
彼等は既に聖種の儀で聖種をその身に宿している。聖種を持つ者と持たざるものでは身体能力にも差が出るのだ。故に肩をつかまれた程度でも動けなくなる。
「わざわざ、俺達が声をかけてやったのに無視するとはいい度胸だ。ちょっと付き合えよ」
この後、どうなったかなど言うまでもないだろう。
学園から帰ってくると屋敷を出る最後の準備を始める。といっても昨日の内にほとんどの準備は済ませてある。そもそも、物を貰った事など殆どないので自分の部屋には私物と呼べるものは殆ど無い。せいぜい古着が何着か程度と俺がずっと愛用していた長剣一本だけだ。この剣はこの公爵邸の倉庫に眠っていた物で、錆びついていたため、捨てられる所を捨てるならと貰っただけだ。だが、流石公爵家の倉庫に眠っていただけあって、質が良い物だった。
部屋にある物を道具袋に入れて剣を背負う。そしてそのまま屋敷を出ようとすると、屋敷で働くメイドの女性が声をかけてきた。
「話は聞いています、出ていくのですね。なら、せめてこれを持って行ってください」
そう言って、メイドの女性は俺に干し肉やパン、そして幾らかのお金を手渡してきた。この人はこの屋敷で俺の味方だった人だ。こっそり余った料理を持ってきてくれたのは一度や二度ではない。
何故そんな事をしてくれるのか聞くと死んだ俺の生みの母に大きな恩があったらしい。母が俺を産むと同時に亡くなった事を教えてくれたのもこの人だ。母に返せなかった恩の代わりに、という事で俺に良くしてくれているとよく言っていた。
「いいのですか?」
「私にはこれぐらいしかできませんから」
そう言って彼女は悲しみの表情を浮かべた。それを受け取ると俺は今度こそ俺は屋敷を出た。もう、このエレイン公爵家の人間とは関わることは無いだろう。それほどまでに今の彼等と俺では住む世界が違うのだ。俺は、これからはただのカインとして生きていくのだ、最後に屋敷を眺めながらこの時の俺はそう思っていたのだった。
屋敷を追い出された俺は王都サリアを出ていこうと考えていた。だがいまだに目的地はある訳でも無い。
俺は王都の外にある隣の街行きの馬車に乗り込む。これからは行く先も決まっていない旅の始まりである、などとこの時は考えていた。
しかし、そんな考えは脆くも崩れ去った。俺が乗った隣街行き馬車が山賊に襲われたのだ。応戦するが山賊の数は一向に減らない。山賊達の強さは俺達よりはるか格上だった。後から知る話だがこの山賊はこの辺り一帯では有名な武闘派揃いの山賊だったらしい。
結局、俺は山賊に捕まり、その後は殺されずには済んだが、奴隷として売られてしまったのだった。