王女様とお嬢様 ~百合色のコウノトリ~
女性だけしかいない国。そんな聞いただけではお伽話の様な国が実は存在していた。
大陸の中でもその国は大きくはないが確かに繁栄し、人々の温かい賑わいで活気づいていた。そして何より特徴なのは女性同士で子供を成すことが出来る不思議な国でもあった。
「ミーシェ、こっちこっち」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんな急がなくてもいいじゃない!」
そんな国にある王城の庭園を二人の少女が走っていた。後ろからは数人のメイドがいつ転ぶのかとヒヤヒヤしながら着いてきている。
「よし、じゃあ今日はここでお茶会にしましょー!」
「はぁ、はぁ、ちょっと息、整えさせて……エリーは少し元気過ぎよ……」
先導していた少女はエリー。この国の王女であり母親二人から譲り受けた綺麗な金髪と宝石の様な碧眼が特徴的な少女。
そして、そのエリーに引きづられていた少女はミーシェ。国の中で大きな貴族の一人娘であり、真紅の髪と勝気なルビー色の瞳を持つ少女だ。
「だって今日は特別な日だもの。日課のお茶会を早めに切り上げて準備しなきゃ」
「あんたねぇ……だったら別に今日はやんなくたって」
「でもやった方がいいでしょ? 日課ですもの」
「日課、ってねぇ」
フフンとエリーはドヤ顔を作るとお茶会用に用意された上質な敷物に腰を下ろすと自身の横の位置を手でポンポンと叩いた。そしてにこやかな笑顔で語り掛ける。
「さ、ミーシェ。今の立場で出来る最後のお茶会だから楽しみましょ?」
「……はぁ」
ミーシェはエリーの言葉に一つため息をつくとその横にゆっくりと腰を下ろす。
するとすぐにエリーは体重をゆったりと預けるように寄り掛かってきた。それに小さく文句を言いながらも優しく迎えながらミーシェは呆れたように口を開いた。
「今の立場って、別に明日からもお茶会を止める気はないんでしょ?」
「うん、もちろん! でもね、ほら……その、身籠ったりしたら安静にしないといけない日もあるって、お母様も言っていたから」
「あ……そ、それはそうね。どっちがそうなるのかは、まだわからないけど……」
スリスリとエリーが懐いた猫のように頭を摺り寄せてきたのでミーシェはゆったりと安心させるようにその頭を軽く撫でる。
「んん……」
その感触が心地よいのか、エリーは目を細めてうっとりとした声を出して、益々身を預けてきた。
それを抱き受けながらミーシェはこれからのことを考えていた。
この国ではお互いに愛を持つ者同士が一晩を共にすると、お互いのどちらかが赤子を身籠るという不思議な現象が起こる。
そしてその現象が起こるのは15歳になった少女からで、今日はミーシェが15歳の誕生日なのだ。ちなみにエリーも同じ15歳だが早生まれなので先に祝われていたりする。
「15歳の誕生日おめでとう、ミーシェ」
「はいはい、ありがとうありがとう」
「むー、もうちょっと感動した感じで言ってよー」
「十分してるつもりだけど……わ、ちょっ」
エリーはジト目をしながらずいっと顔を近づけている。思わず唇が触れてしまいそうな距離だ。ミーシェは思わず顔を熱くしながら弱々しく視線を逸らしていた。
「え、エリー、近い、近いから……」
「これから婦婦になるんですから、これぐらいで怖気づいてしまうと大変ですよ。ふふふ……」
エリーはそう言ってにっこりと笑う。揶揄われたと気づいたミーシェは顔を真っ赤にしたが、何かを言う前にエリーに
「たくさん、愛してくださいね」
と耳打ちされて結局、尚更顔を真っ赤にすることになってしまった。
それからのお茶会を殆どミーシェは覚えていない。
気が付いたらあっという間に時間は夜で、王城に用意された寝室にポツンと一人寂しく立っていた。
「本当にエリーと寝るのね……」
彼女達の出会いは小さい頃に親同士の紹介だ。それからいつも何があっても一緒に過ごしてきた。
何度も笑い合い、何度も喧嘩をし、何度も仲直りをして、王女である彼女と契られるのはミーシェであると誰しもが認めてくれていた。
勿論、エリーもミーシェもお互いに相思相愛であった。ミーシェは少しだけ自身に正直になれない性格の為、その言葉を口に出したことは殆どないが自覚ぐらいは出来ている。
(好きな人と子供を作れるのがこんなにも幸せなんて……)
子供を身籠るのはどちらかは決まっていない。そこは幸ノ鳥という幸せを司る神様の機嫌次第だと言われている。一体どっちがお腹を大きくするのか、ミーシェが大きな期待と小さな不安にお腹を擦ったその時だった。
コンコンと扉がノックされる。
「ミーシェ? 入ってもいいですか……?」
「あっ、ど、どうぞ?」
愛すべき人の声に、若干挙動不審に返したミーシェは入ってきた彼女を見て、ハッと息を呑んだ。
「そ、そんなにジロジロ見られたら恥ずかしいですよ……」
「あ、ご、ごめっ」
服装は一緒なのだ。
どちらが身籠るかわからないため、二人ともお腹に余裕が出来るように大きめの白いネグリジェというシンプルな装いである。
しかし、ミーシェは同じはずのエリーのそれに心も視線も奪われた。
少し薄暗い部屋に月明かりを反射して輝く金髪と白いネグリジェの相性は抜群で、期待と不安げに揺れる彼女の瞳は酷く扇情的で恐ろしく魅力的なのだ。
「その誕生日プレゼントは先程も渡しましたけど、こっちが本命というか……その、自分で言うのは凄く恥ずかしいのですが」
「エリー……」
えへへ、と彼女は小さく恥ずかしそうにはにかんだ。そしてゆっくりとミーシェに近づくとそのままギュッと抱きしめられる。
「ん、くすぐったいです……」
背中に回されたミーシェの手にゆっくりと撫でられるとエリーは少しだけ息を乱した。
そこからはどちらとも何も喋らず抱きしめ合う時間だけが過ぎていく。そして、ちょっとずつ、しかし確かに二人は導かれるようにベッドに足を進めていた。
「あっ……」
ミーシェがゆったりとエリーをベッドに横たえると彼女は小さな声を上げた。その声に心を揺らしながらもミーシェも同じようにベッドに入る。
「……エリー」
「ミーシェ」
ただお互いの名前を呼んでお互いともに顔を寄せていく。
「んっ」
寝室に響いたのはどちらの声か、柔らかく小さな唇同士が触れ合い少しも離れようとしない。
一体どれくらいしていたかわからないが、とにもかくにも長い接吻が終わってどちらともなく息をつく。
「ミーシェ」
息を少し荒くしながらエリーは揺れる瞳で彼女の名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
「その、今まで一緒にいてくれてありがとう。私、本当に貴女と会えてよかった」
「うん」
「明日から私達の関係はちょっと変わっちゃうけど……その、例え変わっても」
「愛してる」
「……っ!」
「ずっと愛し続けるよ。私の、私だけのエリー……」
「ミーシェ、ミーシェ!」
ベッドの中で深い抱擁が交わされた。そして二人の熱い視線が交じり合うと、もう一度二人の距離は0になった……
*****
「ん、んんっ……」
ミーシェが覚えていたのはそこまでだった。次に視界をはっきりさせた時は部屋に朝日が差し込んでいる時間になっていた。
「ふわぁ、あ」
大きく伸びをした彼女はまだ隣で穏やかな寝息を立てながら寝ている少女を見て、微笑みながら優しくその金髪を少量、手の指で掬い挙げる。
「私かぁ」
そして自身の膨らんだお腹を見て、ふぅと嬉しそうなため息をついた。
「ん、う?」
エリーは髪を弄られている感触で起きたのか、ポヤッとした表情のまま起き上がると自分のお腹を擦っていた。そして──
「っ、ミーシェ!? あ、あわわわっ!!」
お腹が膨らんでいなかったことに驚いたのか、彼女は一瞬で覚醒して愛する彼女の名前を呼び、そしてその彼女のお腹を見てもう一度驚いた。
そんなエリーの様子にミーシェは笑いながら口を開く。
「落ち着いてよ、今日からお母さんになるんだから、お互いしっかりしないといけないんでしょ?」
「あ、ご、ごめんなさい。あ、慌てちゃって」
エリーはそう言って何度か深呼吸をした後、許可を取ってからゆっくりとミーシェのお腹に手を置いた。
「本当に私達の子なんですね……」
「そうだよ。私とエリーの子」
「皆に報告しないといけませんね」
「うん、でもさ、もう少しだけ、もう少しだけ二人でいたいな、なんて」
ミーシェは少しだけ恥ずかしそうにそう言う。エリーはそれに「えへへ……」と笑い返すと、ゆっくりとミーシェに抱き着いてもう一度ベッドに横になった。
「ミーシェ、これからもずっと、愛していますからね」
「……うん、こちらこそ愛してるよ。エリー」
その後、子供が出来たことを報告し、盛大に祝宴が設けられたり、子供が産まれてからも本当に忙しい日々を送ったり色々とあったのだが、そんな中でも愛する二人は一生変わらずに幸せに、ずっと幸せに暮らしたのであった。