<10> 就活の裏技を訊ねるも、遅いことが判明する(ボストンキャリアフォーラム、秘書インターン、ハッカソン、模擬国連)
<10> 就活の裏技を訊ねるも、遅いことが判明する(ボストンキャリアフォーラム、秘書インターン、ハッカソン、模擬国連)
「就活の裏技ってないの? なんかこう、これをするだけでサクッと内定が降ってくる……みたいな」
「藪から棒になんだお前。あと楽しようとするな」
「そうですよ、サヴァンさんの言う通りです。就活に楽も何もありません。……ですよネ?」
あの合同説明会の帰り道のこと。悪役令嬢のフロイラインにちょっと鼻で笑われたオケアナは、気分がささくれ立っていた。
あのつんと澄ました気品のある顔が気にくわない。私は賢いです、と主張しているような上品な目が気にくわない。あの人間の中身は、聞かれてもない大学名と個人名を名乗るようなしょうもない人間なのである。なのに、そんな人間に鼻で笑われたのだ。オケアナはとりあえずむしゃくしゃした気持ちをどこかにぶつけてしまいたいと考えていた。
具体的にはラーメンである。可愛い獣人のカザランとインテリエルフのサヴァンを呼びつけて半ば強引にラーメン屋へとしゃれ込む。今日の気分からすれば油そばがいい。というわけで、三人は今仲良くその油そばを待っているのだった。
「就活の裏技……まあ、無くはないが、大抵もう遅いぞ。今更お前が知ってもってやつばかりだ」
「え゛、あるのかよ」
「海外の話だが……ボストンキャリアフォーラムってのが十月~十一月ぐらいにある。このフォーラムは、業界の大手が100社ほど集まって留学生のために行う合同企業説明会だ。様々な企業の方々とお話をしてパーティしたり、夕食をご一緒したりすることができる催しだ。ここでいきなり内定を獲得する人間も少なくない。トルテ自動車とか資本堂とか天岩戸フィルムとか帝国銀行とか帝都郵便とか十字架商事とか、一流企業が粒ぞろいだ」
「えー、何それ……」
衝撃の事実。さらっと重要そうなことを述べるサヴァンを前に、オケアナは崩れ落ちるしかなかった。ボストンキャリアフォーラム。そんなものがあるなら参加しておけばと思うほどであった。留学生対象の合同企業説明会とはいうが、要するにその時期に留学しておけばそこに就職できたということなのだろう。
聞けば、キャリアフォーラムというのは留学生向けに、いろんな場所で就活イベントを開いているらしい。しかも一緒に夕食を食べたりするというのだから、ブースごとに説明を聞いて回ってはい終了、のよくある合同説明会とはわけが違う。そのまま内定直結なのだから、参加せねば損である。オケアナはつくづく、情報を知らないことは損なのだなと実感した。
「あと、秘書バイト・秘書インターンはかなり面白い。社長の秘書として経営の手伝いをしたり、社長の仕事を横から観察したりできる。ただ単に漫然と塾講とか飲食バイトをするよりは、遥かに社会勉強になってかなり就職活動に強みが出せるぞ。同じ理由で議員インターンシップもおすすめだ。新聞記者でも中々入れないような生の政治の現場に行ける」
「教えてよ!」
「教えてるだろ」
「そうじゃなくて、もっと昔に! 私が暇な女子大生してた時に!」
「知らん」
調べると、国会議員のインターンシップや海外の観光局へのインターンシップなど、普通では経験できなさそうな職業を見学できるプログラムが存在するようであった。秘書インターン、議員インターンなどはその体験を説明するだけでも物珍しさがあって、きっと企業の人の食いつきもいいだろう。そういえばカザランも、秘書インターンがどうのこうのと言ってた気もする。
もしかしてこれは、そこそこ情報に強い就活生はすでにやってる努力なのだろうか――そんなことを考えるオケアナは、自分の魔の悪さを呪っていた。
「あとはコンテスト系だ。ハッカソン(=チーム戦のプログラマー大会)なんかはおすすめだ。プログラミングを勉強してハッカソンに出場すればテレビに映ったりできるし、即戦力としてIT企業に好待遇で引っこ抜かれるかもしれない。そこまで行かなくても就職活動では十分受けがいいだろう」
「ハッカソンって聞いたことあるけど、私プログラミングとか詳しくないし」
「模擬国連もある。これは国連になりきって世界の政策について議論し合ったりするサークル活動だ。各国の情勢や政治に強くなることはもちろん、プレゼンテーション能力も身につく。大会も各地で行われていて、これも就職活動では受けがいい」
「い、意識が高そう……」
「意識が高いほうが就活では受けがいいぞ」
ハッカソン。模擬国連。自分が就職活動をする前には全然知りもしなかった活動である。サヴァンと話していると、時々こういう自分の知らないところから知識が飛んできてはっとすることが多い。やっぱりこいつは世界が違うんだ、と思い知らされる瞬間でもあった。
「あとは……」
「まだあるのかよ!」
オケアナは思わず突っ込んでしまった。すでに油そばも出てきていて半分ほど食べ終わっているころだ。流石にアイデアがぽんぽんと出すぎというものである。本当にサヴァンという人間のアイデアには底が見えてこない。隣で油そばに苦戦しているカザランも、このエルフの知識の量には舌を巻いているばかりであった。
「……まあ、何であれ熱意があればどんな企業でも行けると俺は思っているがな」
「熱意って……なんか、サヴァンが一番嫌いそうな言葉だと思ってたけど」
「んなことあるか。熱意がないと仕事なんかやってられんだろ。まあ仕事は生活のためでもあるが」
「……意外」
ずずず、とジャンキーな味極まる油そばを口に含んで、サヴァンはぽつりとそんなことをこぼした。無駄にインテリで、無駄に賢いこの男が熱意なんて言葉を口にするのが、オケアナにとっては意外であった。
「……サヴァンさんは、就職活動はどうなんですかネ? ボクはあんまりサヴァンさんのことを詳しく知らないので……」
「ん? お前口元すっげえてっかてかだぞ」
「えっ、ぎゃあああ!」
指摘されて急に慌てるカザランを見て、相変わらず可愛い獣人だと思いつつ。(でも何でこの子、男の前で恥ずかしそうにしているんだろ?)という疑問が一瞬脳裏をよぎりつつ。そういえばカザランにはサヴァンのことをあんまり説明していないな、とオケアナは思い出した。突然二人を鉢合わせにしたはいいものの、サヴァンもオケアナも、お互いのことをあんまり知らない状況である。
「お前、カザランって言ったっけ? 俺はすでに飛び級で大学院に進学してて、もう就職先も決まっている。高度専門国家公務員だ」
「テクノクラート……え、それってもう勝ち組じゃ」
「まあな。来年は国防省の官僚だ。国防省から辞令をもらって、航空機とか通信機器を作っている国営企業の管理職を経験して、どこかの部局の技術参謀になる――って筋書きだ」
ことり、と水を飲みほしたコップを置いたサヴァンは、そのまましばらく沈黙した。テクノクラート。高度専門国家公務員。成績が優秀であったサヴァンは、そのまま国営企業の工場長を経験し、キャリアを積んで国防省の官僚として舞い戻る。軍情報機関大学などの校長になったり、もしくはそのままどこか別の企業の工場長や役員としてステップアップを狙ったりもあり得るだろう。
サヴァンは、本当のエリートなのである。
就職活動に四苦八苦しているオケアナやカザランとは訳の違う、遠い存在の人間なのだ。
「俺には、この国を少しでも良くしたいという熱意があったから、この道を選んだんだ。そうでなきゃ官僚になんかならないさ」
ぽつりとこぼした言葉が、少しだけオケアナに刺さる。ホワイト企業に就職したいとしか考えていなかったオケアナには、サヴァンはやはり遠い存在なのであった。そしてそれは、仕事についてうすぼんやりと分かってきた今になって、なおさら強まる思いなのであった。
「凄い……やっぱりサヴァンさんは凄い人なんですネ……」
見とれたようになって同じ言葉を繰り返すカザランとは対照的に、オケアナは、何となく寂寥感を抱いていた。凄いと感じることさえおこがましいような世界。
凄いと素直に感じられる側と、凄すぎて別の世界のようにしか思えない側とがあるとすれば、カザランは前者で、オケアナは後者である。カザランも十分凄いんだよ、という言葉は、ついぞオケアナの口からは出てこなかった。