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異世界まったりスローライフの手引き  作者: Richard Roe
令嬢、就活テクニックを勉強する
8/10

<9> ライバル登場!? 企業説明会の戦略

<9> ライバル登場!? 企業説明会の戦略


 ここのところ、オケアナの成長は目覚ましかった。

 ホワイト企業にしか興味がない、という状態の甘ったれた小娘だったオケアナが、今や「営業とは、経理とは、総務とは、人事とは、経営企画とは、法務とは、知的財産とは」と職種についての一端の知識を獲得し、すでに働く上での自分のビジョンを確立しているのだ。人は変わるものである。


「自己PRは、プレゼンテーション能力とチャレンジ精神を軸にして作り上げるとして……あとは、数を増やしての勝負」


 オケアナは王道を歩むつもりは一切なかった。自分の強みを理解していたからである。すなわち、サヴァンという偏屈者の天才の存在、屈託なく『ホワイト企業に行きたい』と主張できる裏表のなさ、そして――失うものは殆どないという捨て身精神である。


「……どうあがいても無難な学生にしかならないなら、『無難』を高いパフォーマンスで達成する卒のない就活生になるか、型破りな就活生になるかの二択」


 瞳を閉じて深呼吸し、そして書類を複数作成する。企業分析をしながらも、オケアナは自分の強みを作りにかかっていた。どこまでも分析が鋭くて賢いサヴァンでもなくて、しっかり真面目で誠実なカザランでもない、そんな自分があの二人に勝てる方法は――。

 自問自答しながらも、オケアナの模索は続いた。






 企業説明会に参加する際、オケアナはすでに自分の中で戦略を立てていた。


(企業の人の説明する、企業の将来の展望を、これでもかというぐらいに深掘りしよう)


 問題発見力。自分がPRしたいチャレンジ精神にも絡めやすい長所の一つ。

 これは、企業説明会を通じてどのような就活生であることを印象付けるか、という迂遠な布石でもあった。

 例えば自動車メーカーに就職するとして、今話題のトピックは『自動運転』である。自動運転技術が発達すれば、ドライバーが睡魔に襲われたとしても咄嗟の事故を回避したり、高齢者ドライバーの引き起こすアクセル・ブレーキの踏み間違いなどのうっかり事故を減らしたりと、かなり安全性が向上することが予想できる。

 反面、課題も多く存在する。路上の障害物(工事中の看板など)を障害物と認識できずに衝突してしまったり、風で舞い上がったコンビニ袋を検知して急ブレーキを作動して後続車との追突事故を起こしたり、咄嗟に飛び出した子供をそのままはねてしまったり……予想されるトラブルは多岐にわたる。

 これらの課題の疑問を、オケアナは直接企業説明会でぶつけてしまおうと考えているのだった。


(企業分析をしっかりしている子だな、という印象を与えられるし、企業の人の受け答えを通じてヒントをもらうことができるかもしれない。例えば、工事中の看板などは特定の色があるからそれを検知するようにする、というような答えを企業の人がしてくれたら、今度は別の自動車メーカーで「私は自動運転においての画像処理の仕事に携わって、工事中の看板など、路上の障害物をひとつでも多く検知して事故を回避できるようなシステムを作りたいです」というように受け売りすることだってできる)


 問題は、オケアナが理系ではなく文系であること。技術職採用を狙っているのであれば、この手の戦略は非常に有効なのだが、文系である以上は活かしにくい。


(でも、試してみる価値は大いにある。企業自身(・・・・)に対する改善案を提案する方向でまとめれば、うまくいくかもしれない)


 そのための企業分析。オケアナは、問題発見力、プレゼンテーション力、チャレンジ精神をPRするための布石として、企業説明会を利用しようと考えていた。






「――オケアナさん、今日は積極的に質問してましたネ?」


「うん。ちょっと試したいことがあって」


 何度目かの合同企業説明会。オケアナとカザランは、いつものように一緒に就職活動を行った。

 いつもと違うのはオケアナの積極性であった。すなわち、切り込むような質問の数々である。


『御社は半導体向けのフッ素樹脂製品を作っておられると聞きます。営業をする上で特に困ったことは何でしょうか? あと、文系出身の私が御社の製品を営業する上で勉強しておくとプラスになることは何でしょうか?』


『御社の事業の柱である、炭素繊維複合材料事業は、まだまだ比較的新しい事業だとお伺いします。競合する材料との差別化をどのように行っていらっしゃるのでしょうか? あと、炭素繊維複合材料は、目下の目標としてシェアをどれぐらい握ろうと考えておりますか?』


『御社の事業セグメント別売上高構成比はオフィスサービスが60%とありますが、将来オフィスサービスが立ち行かなくなった時に備え、今後どの事業に力を入れていこうと考えていらっしゃいますか?』


 ――オケアナの質問である。

 どうせ重要なのは、『今企業がどの事業に力を入れているか』『そのビジネスの強み』の二点である。企業分析をした()に見せるだけでいいのだ。だからオケアナは、遠慮なく訊ねた。将来その企業がどんなビジネスで食べていくのかを質問したのである。

 反応もまちまちである。待ってましたとばかりに説明する社員もいれば、言葉を濁して「うん、そうだな、やはり今のお客様との信頼と、今までの技術力でコツコツと……」みたいに当たり前のことしか返さない社員も存在する。その回答からオケアナは、企業を見積もる(・・・・)のだった。


「今日はオケアナさん、とても活き活きしてましたネ。何だかサヴァンさんみたいでした」


「え゛」


 偉そうな目線で質問をしたからだろうか、とオケアナはどきりとした。もしかすれば、彼の悪いところが無意識の内にうつったのかもしれない。もしも企業の人に不愉快に思われていたらどうしようか――とオケアナは冷や汗を書いた。






 それはとある企業ブースでのことであった。


「――では、最後にQ&Aに移りたいと思います。質問があれば挙手をお願いします」


 その企業は有名な食品メーカーで、誰でも知ってるブランドである。

 飲料メーカーは体育会系の学生、製菓メーカーはクリエイティブな学生が好まれるとは聞いていたが、実際この製菓会社も、説明する社員の見た目からして、おしゃれなジャケット、ディズニーネクタイと、遊び心に溢れた格好であった。

 オケアナはここでいつも通り、質問で攻めようと考えていた。が、その機先を制して何者かが横から入った。


「はい」


「えっと、ではそこの縦ロールのお嬢さん」


「はい。貴重なご説明ありがとうございました。私は悪役令嬢学院大学のフロイライン・ベーゼウィヒトと申します」


 オケアナはこのとき、あっ、と思い出した。質問の時に聞かれてもないのに自分の大学名と名前を言うタイプの人間である。人事に少しでも名前を覚えてもらおうという魂胆なのだろうが、他の人が質問する貴重な時間を使ってまで自己アピールするのは厚かましいとして、あまり評判のよくない手口でもあった。それに、一人目が出たら二人目、三人目と出てくるので質が悪い。

 うんうん、それもまた就活だね――と割りきって、それなら自分も便乗しよう、としてもいいのだが、オケアナはこの手の戦略を使わないつもりであった。

 あのサヴァンも「この手の人間の質問に限って、調べたらすぐ出てくるような、大したことじゃないことが多かったりする」と毒づいていた。嫌な思い出でもあったのだろう。


(悪役令嬢学院大学……ミッション系のお嬢様大学の子なんだ。いったい何を聞くつもりなんだろう)


「――就職活動の際、数ある会社の中でなぜ御社を選ばれたのですか? 理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 ――"大したことじゃないことが多かったりする"、だって?

 その質問を聞いたとき、オケアナは一瞬はっとなった。

 何故その会社を選んだのか、という質問。これは上手くいけば『その企業の強みは何なのか』というものを炙り出せるいい質問である。言われてみれば気付くのだが、実際に目の当たりにするまで、オケアナは気付かなかった。

 実際企業の人も、この質問を好感触に受け取ったらしい。よくありそうな、ありふれていそうな質問であるが、強みをプレゼンしたい企業からすればありがたいトスである。


「実は弊社はこう見えて色々とダイエット用お菓子を手掛けていたりしてね、それに興味を持って……」

「やっぱりうちの企業の商品が一番好きだったからかな。子供のころ、金の妖精、銀の妖精を集めてお菓子の缶詰を貰ったりしてたんだけどさ……」

「製薬事業・健康食品事業にも手掛けているのはこの会社の魅力だったね。食と健康を一番追及しているのはこの会社だと思ったんだ」


 彼女の質問を皮切りに、いくつか有用そうな情報が零れ落ちてきた。一部は企業説明会で既に説明している話であったが、企業説明会でも説明できていない部分の話も明るみになって、就活生全体にとって有用な情報が出てきた。


(……もしかしてあの子も、就活ガチ勢なの……?)


 ふとその悪役令嬢と目があった。ふっ、と鼻で笑われたような気がした。オケアナはその時、軽いショックを受けた。Q&Aでわざわざ聞かれてもない大学名と個人名を名乗るような人間に、鼻で笑われるなんて。


 フロイライン・ベーゼウィヒト。

 近いところで言えばサヴァンも嫌な奴ではあるが、このフロイラインもまた、その手の嫌な奴のジャンルに入るかもしれない。


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ご愛読いただきまして誠にありがとうございます。この作品がここまで続いたのも皆様の温かいご支援によるものです。心より厚くお礼申し上げます。
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