<8> 福利厚生の種類と平均データから見るホワイト企業の判断
<8> 福利厚生の種類と平均データから見るホワイト企業の判断
「ホワイト企業とやらは存在しない」
それはサヴァンが繰り返し語っていた事実であり、そのことを今更ながら、オケアナは直面することになっていた。
幸運な人が存在するだけである。たまたま楽な部署が存在するだけで、普通はその労働不平等を均衡化するように人事部の力が働く。
(転職口コミサイトを何個か見てきたけど……企業というよりも、お仕事はやっぱり部署によるんだね)
そんな当たり前の事実を、オケアナは改めて悟った。
例えばオケアナは、工学部電気系出身の同級生を羨ましいと思っていた。工学部は推薦出願ができるので、企業への入社難易度もそんなに高くはなく、楽に有名企業に入社できる――と思っていた。
しかし、実態はどうだ。
例えば化学メーカーは電気系・機械系の学生も採用している。主に生産技術の職種として、である。工学部の学生の採用率が高いのは、いわゆる生産技術の設備エンジニアとして期待をされているからである。
生産技術とは、工場機械の効率を上げて現場の人たちを手助けしたり、設計開発職の人たちが新しく作りたいと思ってる製品を生産できるように知恵を絞ったり、工場機械がトラブルを起こしたらラインが止まらないように即座に直す仕事である。
化学素材メーカーの下流工程は、複雑な機能を素材に追加するなどを行うので、ライントラブルが頻発する。
当然、生産技術エンジニアは24時間体制でいつでも出勤できるようにしなくてはならない。
新しく工場を立ち上げるときも、生産技術のエンジニアは重用される。海外の国に飛ばされて、数年間、工場が出来上がるまで傍にいて、工場の機械設備全般に携わるのである。いわばプラントエンジニアリングというものだ。
この生産技術の仕事は、非常に責任が重く、そして仕事としての密度も高い。その重務からか、生産技術部門を経験することが出世の近道になっている企業もあるぐらいである。
――裏を返せば、オケアナの求めるようなホワイト職場とは言いにくい、ということだ。
工学部じゃなくてよかった、とオケアナが思った瞬間である。
「化学系メーカーはホワイト企業が多いってXちゃんねるには書かれてたけど……。調べてみると、化学系メーカーでも取り扱ってる素材によってまちまちだし、化学系メーカー内でも部署によって全然違うみたいだし……」
間接部門は楽。そんな風説も聞きあきた。
人事部、経理部、総務部、情報システム部など、それら間接部門はノルマがなく、本社勤務なので残業などの労働規制をしっかり守っている――と就活生は信じている。
実態は、IT化が中途半端に進んだ結果、様々な煩雑なデータを処理する数が膨大になり、データが証拠として残るようになったので法律の規制も厳しくなり、バブル期のようなずさんな仕事では済まなくなって激務になっている。
「ホワイト企業って何なんだろうね。楽してお金が稼げるなんて、そんな美味しい話がそう簡単に転がっているはずもないって知ってたけど、でも……」
調べれば調べるほど夢がなくなる。とうとうオケアナは、調べ疲れを起こしていた。
「……そっか。ホワイト企業って、働いたら働いた分だけ残業代がしっかりもらえて、コンプライアンスがしっかりしてて、住宅補助や医療サービスとかの福利厚生がしっかりしてて、年休の数もきちんとある――って企業のことで、仕事が楽チンな企業のことじゃないんだね」
オケアナの結論は、そんな疲れた頭のなかで、物の拍子にふっと浮かび上がったものであった。
当たり前で、そしてその通りの答え。
楽チンな仕事なんて、そうやすやすと転がっていないのが普通なのである。
就職活動を通じて情報を集めてきたオケアナだからこそ、そんな当たり前のことが、ようやく実感を伴って見えてくるのであった。
外部から調べることができる情報は、その企業の年休日数(掲載していない場合もある)と、福利厚生の内容と、転職口コミサイトの公開年収モデルの残業代と残業時間から計算した住宅補助額、サービス残業時間、ボーナス支給額などである。
「平均残業時間は月30時間、残業代平均が3万円、年休日数平均が113日……。住宅補助が2万円違ったら年収が24万円違うことになるし、年休日数が20日違ったら一ヶ月分丸々違うことになるんだ……」
平均を知っておくこと。福利厚生の内情を知っておくこと。それはいずれも、情報を精査する上では欠かせないことである。
平均年収は年450万。大卒・院卒に限定すると年650万。
平均残業時間は月30時間。
残業代平均が月3万円。
年間休日平均が113日。
生活関連手当(家族手当、通勤手当、住宅手当、地域手当)が月2万円。
法定外福利厚生費は月2万5000円。内、住宅関係が1万3000円。
一概にこれよりいい条件ならばいい企業……とは断言できないが、こういう情報がないよりも、こういう情報を知っておくことが肝要なのである。サヴァンもそう言っていた。こういった基本的な情報を何も知らずに企業の良し悪しを測ろうなど、目隠しをして企業を選ぶことと同じなのである。
「転職サイトの求人票を見て、その企業がどんな感じなのかをある程度判断しておけって言ってたけど……」
あの過激屋のサヴァン曰く、求人案件の文面で企業をある程度機械的に判断できるとのことであった。
通勤交通費全額支給……当たり前の制度。なければブラック。
社会保険完備……当たり前の制度。なければブラック。
住宅補助手当……ほぼ当然となっている制度。
扶養手当……扶養家族一人に付き1~2万円程度支給。
財形貯蓄制度……1割程度を会社が負担。ホワイト企業に多い。3万円の財形貯蓄で月収+3000円程度の効果あり。
カフェテリアプラン……実質年収+5万円分程度の補助など。
「そっか……掲示板の就活偏差値でいい評価を受けている企業も、求人情報をしっかり見てみると結構怪しかったりするんだね……」
逆に、注意すべき言葉も存在する。
皆勤手当……有給休暇を取らずに皆勤する場合に支給される手当。月5000円程度(この5000円程度という数字は、有給休暇取得などにより皆勤手当を没収しても違法にならない程度の金額)。有給休暇を消化させない狙いがある。労働基準法136条を順守する優良な企業であれば、有給休暇を取得しても皆勤と見なしてくれるので、有給休暇を取得しても皆勤手当は支給されるはずである。が、酷い企業だと皆勤手当てを5万円ぐらい水増しして基本給を5万円ぐらい減らし、有給休暇の取得や病欠などのやむを得ない理由による欠勤でも、給料を減らしたりする。また、基本給が5万円ぐらい少なくなると、夏・冬のボーナス、退職金、残業代など基本給ベースで計算する収入もぐっと減るので、隠れたところで年収が削られている公算が高い。
月給XX万円(みなし残業手当XX時間分含む)……残業代などを含んだ計算。残業代の計算式は『月々の固定賃金(基本給、役職手当など)÷1日の労働時間÷月の労働日数×125%』で与えられる。月収は『基本給+職能給+その他手当』で構成されているが、固定残業代を5万円分見込んでの月給計算だった場合、基本給が5万円減っていることになる。会社側が、夏・冬のボーナス、退職金、残業代など基本給ベースで計算する人件費カットのための方便であることがほとんど。基本給部分を時給換算した時、その県の最低賃金を割り込んでいたらブラック企業である。基本給は都会だと15万円程度、地方だと13万円程度が最低水準。そのため普通、残業代は一時間当たり1000円~ぐらいになる。転職口コミサイトではほとんどの場合残業代と残業平均時間が出ているので、そこから、基本給が最低水準しかないのか、最低水準を優に上回る金額なのかを計算することができる。
「そっか……経営が苦しい企業のほうが各種手当は充実しているんだ……。基本給を減らして、皆勤手当とか固定残業手当とか、手当名目で月給を払ったほうが、基本給を抑えることができて、結果的には人件費カットにつながるもんね……」
手当が充実している……という文句は危険。そのことを、オケアナは痛いほど実感するのであった。
「平均残業時間が月30時間程度、平均年収が650万以上、年間所定労働日数が年245日(=年間所定休日が120日)、法定外福利厚生が年2万5000円以上、通勤交通費完全支給・社会保険完備・住宅補助手当が保証されていて、なおかつ将来性のある企業――よし、大分具体的になった」
ホワイト企業――という言葉がそもそも非常に曖昧なのである。何をもってしてホワイトとするのかは、こういった可視化できるデータで議論しなくてはならない。
「公開情報では、うちは平均年収が700万円を超えている! 働いた分だけ給料をもらえるという意味ではホワイトだ!」という論調の企業も存在するが、ホールディングス企業の公開年収であったり、平均年収の計算に役員(=非就業者)を含んだり、総合職社員の平均年収のみの計算であったりと、注意すべき点は複数存在する。
要するに、説明会の情報を鵜呑みにするのではなく、積極的に調べて総合的に判断しないといけないのだ。
「……就活、頑張ろう」
調べれば調べるほど、現実との距離が近くなり、仕事の実感が見えてくるのが就職活動である。だからこそ、今頑張ろう、とオケアナは改めて決意するのであった。