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異世界まったりスローライフの手引き  作者: Richard Roe
令嬢、ホワイト企業を探す
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<3> 就活四季報を調べる(みなし残業の仕組み、平均年収の見方、完全週休二日制度の意味など)

<3> 就活四季報を調べる(みなし残業の仕組み、平均年収の見方、完全週休二日制度の意味など)


「……Xちゃんねるの業界ランキングとか就職偏差値とかを見る前に、お前は四季報を見ろ」


「あ」


 エルフのイケメン幼馴染に一喝される。しかも正論なので言い返す言葉もない。

 古くからの友人に相談を求めたオケアナは、初歩の初歩で失敗をしたことに気が付いた。彼、サヴァン・グランゼコールは気難しい性格で、いつもドジを踏むオケアナに説教をしてくる嫌な奴でもある。


「お前も就職四季報は知っているだろ? 平均勤続年数、平均年収、有給消化率、給与体系と福利厚生がざっくりと調べられる」


「就職四季報……知ってるけど」


「言っとくけど、会社四季報と就職四季報は違うからな。会社四季報は投資家向け、就職四季報が就活生向けだ」


 サヴァンはそう言って、分厚くて黄色い、あの就職四季報を手渡してきた。恐らく彼が使っていたものなのであろう、付箋がいくつか貼ってあった。

(サヴァンは飛び級で卒業し、大学院に進学して、高度専門国家公務員(テクノクラート)として内定をすでに貰っていた)

 手渡されたオケアナは、思わず変な顔をしてしまった。






「就職四季報はざっくりとした情報をつかむのに悪くない。本腰据えて情報を得るには足りないが、まずはここからだ」


「本腰据えるには?」


「その前に、まずは読め。次を知ろうとする前に、ちゃんとした読み方をしろ」


 効率厨め、とオケアナはおでこを弾かれた。

 痛い、ちょっ、効率を求めて何が悪い――と彼女は言い返そうとしたが、冷ややかなエルフの双眸がそれを押しとどめた。


「就職四季報の読み方は知ってるか?」


「……。うん。採用者数と、三年後の離職率と、有給消化率と、平均年収と、週休制度と、平均勤続年数とがあるんでしょ?」


「それぐらいは知ってるみたいだな」


「で、ホワイト企業を調べるには、三年後離職率が低くて、有給消化率が高くて、平均勤続年数が長いやつが――」


「待て待て待て」


 言葉を遮られて、オケアナは拍子が抜けた。自信がある意見だっただけに、なぜ遮られたのか、オケアナにもよく分からなかった。

 だが、サヴァンはそうではないと言いたげであった。


「ひょっとして、ホワイト企業にしか興味がないのかお前?」


「うん」


「……」


 言葉に迷っているのが伝わるような沈黙度合であった。何となくオケアナは苦笑いしてみたが、エルフの幼馴染は眉を顰めるままで無言であった。


「……まあ、いい。分かった、ホワイト企業だな。ホワイト企業」


「うん。でね、三年後離職率が低くて、有給消化率が高くて、平均勤続年数が長いやつがホワイト企業っぽいってことをね」


「そのデータ、ちゃんと見てるか?」


「え?」






 三年後離職率、有給消化率、平均勤続年数――あたりまえのデータじゃないのか、とオケアナは思ったが、サヴァンはそこに冷静な待ったをかけた。


「まず平均値を知っておくのが大事だ。平均を取ると、三年後離職率は30%、有給消化日数は9日、平均年収は400万程度だ」


「え、意外と離職するし意外と低い」


「……お前、高望みしてたな?」


「……」


 そうだけど、とは口が裂けても言えない。ホワイト企業以外に興味がないのだから当然である。

 三年後離職率3%以下、有給消化15日、平均年収500万以上の企業しか興味がないオケアナにとっては、数字が意外と実態から乖離していることに困惑していた。

 ――ちなみに余談だが、就活四季報に載っている限りでは、平均三年後離職率は10%程度である。それ以上の数字はN/Aノーアンサーとされることもしばしばある。


「まあいい。上を目指すのはいいことだからな」


「……うん」


「で、次。有給消化率だが、これは注意しておけ。有給消化率が高い企業がホワイトというわけではなく、見せかけの数字ってことも忘れるな」


「え?」


 これには思わずオケアナも聞き返さざるを得なかった。見せかけの数字、というのはどういうことなのか。流石に虚偽申告ではないだろう、数字を偽装したら犯罪になるのでは――と思ったが、どうやらそういうことではないらしい。

 サヴァンは、「内情を知れ」と呟いた。






「就職四季報に載っている大体の企業はな、管理職の成績評価項目に部下の有休消化率がある。課全体の目標消化日数を定めて、それに合うように無理矢理社員を休ませるんだ」


「え、でも休めるならいいんじゃ」


「ところがそうでもない。業務量は減らないからな。仕事が溜まっているのに、無理矢理有給を取得させられる立場になってみろ。プロジェクトの進展が遅れたら自分の責任になるのに、でも有給はとらないといけないから、結局有給の前日はかなりヘビーな残業をしたり、もしくはかなりカツカツの厳しい業務スケジュールを組んだりすることになる」


「……業務量は減らないの?」


「減らん。これは本当だ。有給消化率が高いからってまったりホワイトだなんて思ってたら大違いだぞ」


 サヴァンは続ける。

 例えば「今週は○○業務が一段落するはずだから、金曜日に有休を取れ」と火曜~水曜ぐらいに命じられる側の人間になれば、その厳しさも分かるものである。酷い時は直前の木曜。金曜日分の予定の業務量をこなすため、かなり遅くまで残業をするかしないといけない。

 もしも残業規制を敷いている部署であれば、なおさら厳しい。残業できないのだから、普通の8時間で16時間分働かないといけないのだ。昼休みも返上して切り詰めて仕事をしないと即アウトである。

 もし仮に一番ラッキーなパターンで月曜日にそれを命じられたと仮定しても、それでも一日二時間分の業務()が増えることはしんどいものがある。業務密度を1.25倍以上にするのは酷である。






「有給消化率が高いことがまったりを意味するわけじゃないってことを知っておけよ」


「じゃあ、まったりした職種はどうやって調べるの? 平均残業時間?」


「そんな方法はない。外部から集められる情報を総合して判断しろ」


「えー……」


「……。勤めて何年で労働組合から外れるのかを聞くとか、みなし残業は何年目から適用されるのかを聞け」


「……?」


 みなし残業というのは、残業代をみなしで見積もる制度である。例えば月20時間みなしの場合は、その月に何時間残業しようが残業20時間で計上されるのであった。

 サヴァンは「合同説明会とか、企業説明会があるだろ? その時に適当な社員を捕まえて『今後のキャリアプランを考えるにあたって、参考程度に出世のペースをお伺いしたいです』→『ちなみにみなし残業が適応されるのは働き出して何年目が多いですか?』とか、こっそり個別に聞いてしまえ」とアドバイスを述べていた。


「例えばとある企業は、勤めて四年後にみなし残業が適応される第Ⅰ種社員か、みなし残業にならない第Ⅱ種社員かを選択できる制度になっている。そして課長以上になりたいなら、第Ⅰ種社員になることはほぼ必須。――企業によって、二年目からこんな風になっていたり、あるいは主査などの非組合社員になってから裁量労働制になったり、まちまちだ」


「……お、おう。えっと、要するにみなし残業はホワイトじゃないってことでOK?」


「流石に雑だ。どうせ管理職に出世したら、全員残業代がつかなくなるんだからな。そうじゃなくて、裁量労働制に移行する時期が早いのか遅いのか、そういった情報から何となく、業務が忙しいのがそうじゃないのかを見極めろってことだ」


 もちろん、いうまでもなく裁量労働に移行する年数が早いほど忙しい傾向にある。特にメーカー系の就職を検討している場合は、このあたりの制度を調べておくことが重要である――とサヴァンは結論付けた。

 何故メーカー系はそうなのか、ということをオケアナは聞きそびれたが、まあそうなんだな、と頭に留めておくだけにしておいた。






「あと、平均年収は〇総とついているか付いていないかを確認しておけ。年収が少し変わる」


「え、どうして?」


「総合職に対して、一般職・現業職があるのは知っているな? 総合職は将来の管理職候補として採用される正社員、一般職・現業職はその補助として採用される正社員だ。総合職社員は、転勤が多く、各地に飛ばされるが、その分出世はしやすく給料も高い傾向がある」


「うん、それは調べた」


「で、〇総とついているかどうかだが、〇総とついている場合は総合職のみでの平均年収を指している。もしも〇総とついていないなら……その企業の総合職社員は、もう少し給料をもらえる可能性がある、ということだ」


 え、と思わず声が出そうになったオケアナだが、どうやらこれは常識的な知識らしい。何故そんな嘘まがいの偽装をするのか、とオケアナは考えたが、なるほど、総合職に限定しておいて年収を高く見せかけておけば採用もしやすくなる、という魂胆なのだろう――と少し考えて自分で納得した。






「あとお前、有給消化とかより、週休二日制か、完全週休二日制かの方を気にしておけよ」


「? どうして? 何が違うの?」


「一週間に必ず二日休みがあったら、完全週休二日制だ。そして、一か月のうち一週間でも二日休みがあれば、週休二日制を名乗っていい。……意味は分かるな?」


「あ」


 ここにきてオケアナは、友人の存在に深く感謝をした。完全週休二日と週休二日。気付かなければ大きな違いである。無条件で週二日休めるものと思い込んでいたオケアナにとっては、これは大きな落とし穴であった。知らなければ致命的ともいえる。

 それならば週休二日と名乗らないで欲しい、一部週休二日という言い方にしてほしい、とオケアナは思ったが、詮無い話であった。


「四週八休とかもある。四週間に絶対八回休みがある、というやつだ。年間休日は最低で104日ある」


「うん」


「ここからが重要だ。完全週休二日制っていうのはな、国民の休日も含めて二日だ。つまり今日は建国記念日だ、とかいって一週間に三日休める訳じゃない」


「……えー」


「つまり四週八休制度の場合、ゴールデンウィークなどの扱いがどうなるかは分かっているだろう? 会社独自のカレンダーがあるかどうかは聞いておいたほうがいいかもな」


「……なんか、げんなりした」


「まあそういうものだ。年間休日が何日あるのかはかなり重要だから、きちんと説明会で聞いておけよ。ちなみに年末年始、盆休み、国民の休日をしっかり休める企業ならば、年間休日は120日になる」


 もしも本当にホワイト企業を目指すなら調べておけよ、とサヴァンは付け加えた。皮肉めいた微笑みが特徴的で、思わずオケアナは言葉を失った。






「裁量労働・みなし残業制度への移行がいつなのかの確認、平均年収は総合職での計算なのかどうかの確認、有給消化率よりも年休の数……分かったな?」


「うん」


「Xちゃんねるとかの就職偏差値とかの情報は割とその辺が適当だから、さらっと触れる程度にしておいて、そこから掘り下げる方がいいぞ」


「うん……」


 ねえ、と尋ねるべきか。オケアナはこの時、皮肉屋っぽい友人にどこまで深く尋ねていいのかを測りあぐねた。だがどうせなら、もっと聞き出しておかないと、という気持ちがむくむくと湧いてきた。


「ねえ、サヴァン」


「あ? なんだ? 俺の説明で分からないところがあったか?」


「……就活情報を掘り下げる方法、知ってる? やっぱり説明会とかに参加しないとだめ、だよね」


「まあな」


 そりゃ当然だろう、とサヴァンの答えはそっけなかった。何でも卒なくこなせるエリートエルフなんて、みんなこんなものである。きっとホワイト企業に受かることなんて、彼なら簡単なことだったんだろうな――という、そんなどうでもいいことが、オケアナの胸にちくりと残った。

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Richard Roe Twitter

ご愛読いただきまして誠にありがとうございます。この作品がここまで続いたのも皆様の温かいご支援によるものです。心より厚くお礼申し上げます。
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