<11> エントリーシートの書き方を練習する
<11> エントリーシートの書き方を練習する
それは油そばを食べ終わってからのことだった。
オケアナ、サヴァン、カザランの三人は、一服入れて休憩するために最近話題になっているこじゃれたカフェへと向かった。
目的はエントリーシートの書き進めである。落ち着いた雰囲気の場所で書き進めたほうが、家で書き進めるよりもはるかにエントリーシート作業が進むのだ。
(丁度フリーWi-Fiも充電スポットもあるし、ここのケーキちょっと食べてみたかったんだ)という打算的な考えも少しだけ存在する。それにどうせ就職活動でこの辺まで来たのだから、近くにある有名喫茶店にぐらいぶらりと訪れるぐらいはいいだろう、と考えたのであった。
「あ? エントリーシートの書き方か? 内定者のエントリーシートを集積してる就活サイトを参考にすればある程度は勉強出来るだろ?」
「ちょっとコツを教えて欲しいと思ってるの。何でも知ってるサヴァンおじさんに」
「……実はボクも、ちょっとサヴァンさんに添削してもらえたらと思ってましてネ」
たかりに来たのかよ、とばかりにサヴァンの顔が変な表情になる。頼られて嬉しいなら素直に喜べばいいのに、このエルフの男はこうやって形だけ困った風にして、やれやれ、という態度を取りたがる癖があった。昔からそうである。この男は素直ではない。
「――エントリーシートの書き方、かしら? そんなの簡単ではなくて?」
喫茶店の奥から、聞き捨てならない言葉と声が近くから聞こえてきたのはそんなときであった。
フロイライン・ベーゼウィヒト。
今日、説明会で遭遇したばかりの嫌な女である。
どこかの誰かに電話をしているようであったが、特徴的なこの喋り方は聞き間違えようもなかった。
(うわ……)
という言葉を口に仕掛けて、かろうじて呑み込んだのはオケアナの咄嗟の判断である。気付かれたくない。どうかあの場に同席してたことを忘れていてくれ、と彼女は願っていた。が、しかし。
「ん? 何だ、向こうも就活生らしいな? 奇遇じゃないか」
そんなサヴァンの呑気な言葉が聞こえたのか、向こうはこっちを見た。ちらり、と一瞬、目と目が合って、オケアナはもう言い逃れができないことを悟る。
気付かれた。確実に。
ああ、あの時の就活生ね、はいはい、という感じの一瞥が三人を撫でた。
空気を読め、このアホエルフ! とオケアナは怒鳴りそうになった。
「あら、ご機嫌よう。こんなところで出会うなんて奇遇ね? えっと、さっきの貴方と獣人の貴方?」
「……どうも」「えっと、その、こんにちはですネ」
オケアナとカザランは思い思いの言葉を返した。オケアナはあんまり関わりたくない、という気持ちが見え隠れするような挨拶を。カザランは、オケアナに気を遣ってなのか、おずおずとした挨拶を。
当然、残る一人は空気の読めないアホエルフなので、小声で「こいつが例のアレか?」と耳打ちまでしてくるほどであった。本人の前だぞこの野郎、と小突きたくなる気持ちを抑えて、オケアナは努めて無表情を保つことにした。
「じゃあね、一旦切るわよ。……ごめんあそばせ、今お電話終えましてよ」
と、フロイラインはスマホ通話を切断して、トレーを片手にこちらへとやってきた。どうやらご一緒する魂胆らしい。オケアナはこの時ふと、魔王からは逃げれない、という言葉を脳裏に思い浮かべていた。
『フロイライン・ベーゼウィヒトは、就職活動支援サークル『キャリアパス』の設立者である』
『『キャリアパス』はインターカレッジサークルで、色んな大学を越えて様々な就職啓蒙活動を行っている団体である』
『団体はWebpediaに記事が載るほど著名であり、ベンチャー企業を中心に様々なハッカソン、アイデアソンを企画したり、社長と焼き肉を食べよう、など企業と学生との交流を企画したり、その活動は多岐にわたる』
……などなど。
フロイライン・ベーゼウィヒトの名前で検索すれば、そこには様々な情報が記載されていた。彼女は既にひとかどの有名人なのであった。
だがしかし、活動の影響力が大きくなるにつれて看過できないことが起き始めていた。
ある人間は掲示板にこんなことを書き漏らしていた。
名無しさん@無い内定 04/06/15:08:22.09 cHeAtYuShA
今年のキャリアパスでは、内定実績を稼ぐために有名企業の内定を制覇することを計画してる。
キャリアパスに加入して活動すれば、こんなに就職偏差値の高い企業でも簡単に就職できるよ、という寸法ってわけ。
今、キャリアパス内部はいくつか派閥が別れていて、そのうち悪役令嬢の率いる過激派が、就活ベンチャー、就活コンサルティングとして発足することを目論んでいるとか。
内定実績を稼ぐための就職活動。
就職する気のない企業へのエントリー。
目的は、ただただ有名企業への内定を集めること。
その戦略は、就活生たちにどのようにしたらこんなに内定が集められるかを指導する就活塾としてのベンチャー発足。
もしくは、企業に対してどうすれば優秀な学生を集められるかを指導する人材マッチング団体としてのコンサルティング発足。
その全てが事実だとすれば、悪役令嬢フロイライン・ベーゼウィヒトの野望は果てしなく大きい。
「どの企業でも、エントリーシートは大きく『志望動機』『学生時代頑張ってきたこと』『自己PR』の三つに別れます。ですからこの三つさえ頑張って練り込めば、エントリーシート作成作業の殆どが終わりましてよ」
フロイラインの説明は極めて論理的であり、そのことはカザラン、オケアナ両名ともに認めざるを得なかった。
何となれば、あのサヴァンさえも口を挟んだりはしなかった。間違ってないということだろう。伊達に就活サークルを率いているわけではない、ということらしい。
だがしかし。
「『志望動機』は単純ですわ。①私にはやりたいことがあり、②そのためには御社でないとダメです……と説明すればいいだけですもの。ですからこの例はこう書き換えた方がよろしくてよ」
「あっ」
そう言うやフロイラインは、さっとオケアナのエントリーシートに付箋を貼り付けた。
オケアナの志望動機は、『私は、人の役に立つ仕事に従事したいと考えております。貴社である理由は、私の生活の上で「音楽」が身近であったこと、貴社ならば私の強みを活かして目標の実現を達成できると考えたこと、音楽楽器事業に興味があったことが理由です』とある。音楽楽器のMAHARAJA以外のエントリーシートを見ても、『人の役に立つ仕事』+『〇〇が身近で興味があった』+『強みを活かして目標の実現を達成できる』……という構成であった。
オケアナとて真剣である。こう見えても就職活動サイトをいくつか回って、語句の使い方を勉強し、この表現になるまで何度か書き直したほどであった。
だがフロイラインはそこを書き換えた。
『私の夢は音楽を通じて人を幸せにすることです。私自身音楽に助けられてきた経験があり、今度は同じように人を助けたいと思っております。そのためには、総合音楽楽器のシェアトップであり、戦後から音楽文化を支え続けてきた貴社でなくてはならないと強く考え、貴社を志望しました』
という文章が、そこに出来上がっていた。
「こちらの方がよろしくてよ。世界シェアトップレベル、○○社を越えるグループ企業との提携、戦後から長く○○分野を支えてきた、新しい分野への挑戦、それらをしてるのは貴社しかない――という感じの文は色んな企業に当てはめやすいから便利でしてよ」
「……」
反論はできなかった。オケアナ自身、フロイラインの文章の方がこなれていると感じてしまったからである。
オケアナの文章では、この会社でなくてもいいと取られてしまう可能性もあるが、フロイラインの文章ではこの会社でないとだめであると説明しやすい。面接で適当に、「一人でも多くの人に音楽を伝えたい」など述べればいい話である。
その意味で、オケアナはフロイラインを認めざるを得なかった。
「あと『学生時代に頑張ってきたこと』。これは①私は○○を実現したいと考えて行動し、②その途中こんな困難があって、③このようにして困難を乗り越えて、④こんなことを実現しました……という形が書きやすくてよ。①がなくても、②③④があれば十分、最悪②③だけでもあれば何とかなるでしょう」
にこりと笑いながら、フロイラインは付箋に例を書いていた。
『大学ESSで英語ディスカッションの主将を務めました。途中、部員の活動参加率が悪くなり、大会出場も危ぶまれましたが、活動を見直し、家でも出来るリサーチ活動を分担したり、昼休みにご飯を食べながら議論を詰めたりすることで、忙しい部員でも参加できるように時間を調節したところ、結果的に全員が大会に出場でき、一部の部員はベスコンを受賞しました』
という文章に、②③④が割り当てられて説明が補足されている。
曰く。
「この例でいうと、①がなくて、③④がやや弱いですわ。『①かつて大会で受賞した嬉しさから、後輩にもその喜びを是非味わってほしい思いで英語ディスカッションの主将を務めました』『③持ち前のマネジメント力を活かし、各自家で行うリサーチ活動を得意不得意に合わせて分担し、昼休みに議論が苦手な子と個別で練習して』『④大会では後輩も見事受賞しました』とすればよろしくなくて? こうすれば、後輩思いで、チームの全員に目が行き届く、リーダーシップのある人物像をそれとなくアピールできてますし」
「……」
「『こんな思いから○○を務め』『こんなトラブルがありましたが持ち前の○○力を活かして』『結果これを達成しました』……という書き方は色々使いやすくて便利でしてよ」
にこりと笑うフロイラインを前に、オケアナは塾講師の姿を重ねた。まるで何処かの有名な塾の講師のような、これさえすれば大丈夫、と思わせるような説得力がどこかにあるのだ。
サヴァンだ、とオケアナは直感した。
サヴァンにも似たような説得力がある。
ただしサヴァンの場合は、最後はお前の勝手だがな、と突き放す部分があって――そこがオケアナにとって心地よかった。
「最後の『自己PR』は、何でも書くことができます。やる気の説明、自分の強みの説明、その他何でもね。でも私のおすすめは、貴社で○○を実現するに向けて、今○○を勉強してます、という書き方かしら。勉強してなくても、勉強してます系の書き方は使えるもの」
「……!」
「何にも書くことがないなら、○○を勉強してますととりあえず書くのが便利でしてよ」
何てことを、とオケアナは言いかけて、それを辛うじて飲み込んだ。
ハッタリである。だが、確かに向こうからすれば確かめる手段はない。
むしろ向こうは、なるほどやる気がある証拠だ、と好感してくれる可能性さえあった。
「――言葉を嘘にしたくないなら、内定をもらったあと、しっかり勉強すればいいだけのこと。誠意は嘘をつかないことじゃなくて、態度のことでしてよ」
何もやらない正直者より、先に嘘をついても後から本当に勉強する人の方が誠意がある。
そう平然と嘯くフロイラインは、確かに悪役令嬢であって、そして強かであった。
「……ところで、三人とも、就職活動の仲間は欲しくないかしら? 僭越ながら私、このような就職活動サークルに加入してましてよ」
「あ? 俺もか?」
「ええ。エルフの貴方もですわ。キャリアパスという団体で、今色んな就活生に声をかけている途中でして」
「……何だこれ、就職偏差値ランキングが書かれてるが」
フロイラインが取り出した勧誘チラシに書かれているのは、オケアナがいつかどこかで見た就職偏差値である。
興味深いことにそれは、いくつか既に○が書かれていて、×は書かれていなかった。
「○は内々定です」
「……え」
「もうすでに、このサークルはこれだけの内々定を叩き出しております。サークルのメンバーは、少なくとも最低ひとつは、この中の企業のどこかから内々定をいただいております。そしてサークルのメンバーの殆どは、これらの企業のうち複数から内々定をいただいており、どちらに就職しようか選べる立場です」
「……凄い」
素直にオケアナは呟いた。そこにフロイラインは被せるように自慢を入れた。
「ちなみに私はこの○の付いた全ての企業から、内々定をいただいております。……私の夢は、これを制覇することですわ」
そうすれば内定実績として、次の活動に活かせる――という小さな呟きが、オケアナたちの耳に届く。
が。
ここでも空気を読まない阿呆が一人いる。
名をサヴァン。
頼れるエルフの青年である。
「スタンプラリーか」
「……む」
その一言にむっときたのか、フロイラインは眉を潜めていた。
「スタンプラリー、というよりは、これだけの内定を叩き出してきたという実績だと考えてくださらない? 就職偏差値ランキングの軒並み高い企業を制覇するのは、実力でしょう?」
「掲示板によく貼られているこの就職偏差値ランキング、これ、何度か編集されてるんだよな。都合よく。俺の予想だが、どこかの就職活動団体が勝手にこんなランキングを作って、就活に成功したら○を、失敗したらランキングから除外をしてるんじゃないか、なんて思ってるんだが」
「……酷い言い掛りですこと」
「俺は記憶力に自信があるからな。何度か変化してるのが分かってしまうんだ。今後また変化したら、もしかしたら誰かさんが偶然選考に落ちたかもしれないな、なんて思うかもな」
そして沈黙。サヴァンとフロイラインの間に重たい空気が流れた。
言うなればサヴァンはからかうような雰囲気であったが、フロイラインの側はそれに応じるような雰囲気ではない。指摘されてはまずいところを指摘されたときのような、それでいて高いプライドをちくりと刺されたような気難しい雰囲気がある。
「夢を持ってることはいいことだ。応援するさ。実績獲得のために、内定獲得頑張ってこいよ。……さっきはちょっと言いすぎた」
「……嫌な人ですこと。そろそろお時間ですし、失礼させていただこうかしら」
すっ、と立ち上がったフロイラインは、そのままつかつかと歩いて席を立ち去り、そして入り口のそばで一礼して出ていった。見事な動きであった。訪問先から離れるときの仕草としてみれば完璧な挙動である。
だが。
それはオケアナには別のように見えた。
骨の髄まで就職活動が染みこんでいる就活機械。もしくは「貴方たちにはきちんとこれができて?」と見せつけるような意地悪さ。
模範のような女だ、とオケアナは思っている。
「……あの女、お前のことを小馬鹿にして笑っていたのが気にくわなかった」
ぽつりと。
サヴァンは面白くなさそうに呟いて、そして溜め息を下に吐き出していた。フロイラインが立ち去って、後に残された三人の間には、いつもの空気が戻っていた。
「……そうなの?」
「……さあな」
偶然かもしれないし、勘違いかもしれない。そんなことをごにょごにょと呟く気難しいエルフの男は、そのままむっつりと黙りこんだ。
ひょっとして、自分のために怒ってくれたのだろうか。
確認しようとしたオケアナだったが、いい言葉を思い付かず、それに何だか確認することも無粋かもしれないと気を改めて、そのまま何も気付かなかったふりをしてやり過ごした。




