第八話
………………………
…………ここはどこだ?
気がついたら俺の知らない場所にいる。
闇に閉ざされていないなら光に包まれているわけでもない。
ただ単に、光が反射したときの、あの虹色に覆われた『地上ではない』どこかだ。
………意識が戻ってしばらくしたからな、大体状況がつかめてきた。
まず、今の俺は実体を持っていない。ただ、一部の感覚は残ってる。だから魔力の濃度がわかる。視界もあるみたいだな。
魔力濃度からして、ここは地上ではない。なぜなら、地上はここまで魔力は濃密じゃない。てか、地上にある魔山と同格かそれ以上の魔力濃度じゃなかろうか。
視界からわかるのは、……多分この虹色の輝きの外に一人の、それもおそらく人間でない人型の何かがいる。
さ〜て、なんでこんな事になったのやら……。
時は少し遡る。
午前9時ごろ、ゲールの中等学院では卒業式が始まった。
レストアは思う。ダルい、と。
そう、ダルい。ただ単にダルい、ものすごくダルい、本当にダルい、とでも言いたげな雰囲気だ。
卒業証書授与くらいならまだいい。だが、校長式辞やら送辞やら答辞やら、聞いていてもほとんど忘れるような話をなぜ聞かねばならない、と本心から思っていたりする。
しかし、送辞と答辞にはこの世界ならではの伝統がある。
内容としては、それぞれの学年の序列1位と2位が戦い合う。ただそれたけだ。
とはいえ、生徒たちはこれを楽しみにしていたりする(レストアも例外ではない)。また、闘技場で行われるからか、式の一部であるにも関わらず、式中としての雰囲気は欠片もない。
後輩たちの試合が終わり、ついに三年生の番になる。
三年生の序列1位はセリファ、2位はレストアなので、二人は闘技場のフィールドに出る。
その瞬間、凄まじい歓声が巻き起こる。二人の試合は学年を超えて有名だ。だから当然というものであろう。
だが今回は、それとは別の理由があった。
幻装の使用が特別に認められたのだ。
ただ単に二人の試合だからではなく、幻装を使った試合というのもあって、これだけの歓声が上がったのだろう。
闘技場フィールド。
「前回は何かと手札を切るのが遅かったからな。今回は最初から全開で行くぜ……?」
「では、開始ッ!!」
と、ここで試合開始の宣言がされる。
直後、二人はフィールド中央で鍔迫り合いになる。
レストアが魔法の炎剣をセリファへ振り下ろすと、彼女はそれを回避、鍔迫り合いが解除される。
レストアは一旦距離を取り息を吐く。冷静になるためだ。
手札を切ると言った以上、あとには引けない。
だからここで、三重術式を展開、四つのフィールド魔法を繰り出す。
術式に関して、ここで補足説明をしよう。
個人によって、扱える術式数は違う。例えば、三重術者が三つの術式を使っている状態で、新たな魔法を扱うことはできない。
レストアは四重術者だ。つまり、あともう一つの術式が残っている。
プラスしてフィールド魔法についても。
文字通り、フィールドに魔法を付加する術式だ。自然化できる者にとってはいつでも自然化できるし、魔法による自傷もしない。そのため、使う者によっては天と地の差が出る魔法だ。
また、フィールド魔法展開時は、その属性の魔法の術式は練る必要がない。例として、火のフィールド魔法を使っているときには炎系の魔法を自由に使える。ただし、火の魔法以外は、術式を練る必要がある。
「三重術式 煉獄・永久凍土・走雷」
大地深くから凍てつくフィールド、その表面を焼く炎。その影響でフィールドは深い霧に包まれる。フィールドとその上空では文字通り、雷が走る。
お気づきだろうか。何故三つの魔法で四つの魔法ができるのか。
氷を温めれば溶け、水になる。
それは世界が変わったとしても、変わらぬ常識であった。だから四つのフィールド魔法になったのだ。
「最初から飛ばすねぇ……じゃあ、こっちも……!」
そう言い、セリファが右袈裟斬りをお見舞する。さらに逆袈裟に繋ぎ、左手で突きを放つ。だがレストアはそれを読みきり、受け流す。
そこで、セリファは右の剣を逆手持ちにし、回転斬りを放つ。が、レストアはバックステップで距離を取ると、氷の中に炎を閉じ込めた槍を無数に生成し、セリファに放つ。
対してセリファは、無数のレーザーで迎撃する。直後、レーザーが爆裂し、レストアの魔法を打ち消す。
爆炎から飛び出したレストアが上段から斬り下ろし、セリファは双剣で挟み込むようにして受け止める。レストアの剣を弾き、持ち前の剣速でレストアを飲み込もうとする。その連撃をレストアの蒼眼が捉え、剣と魔法を織り交ぜた防御で難なく捌ききる。
ここで両者共に距離を取り、一旦息を整え直す。
「今回は、見栄えは気にしてられねぇな……」
セリファに聞こえないように呟くと、凄まじい魔力を放ち始める。
その意図に気づいたのだろう、セリファが阻止しようと動くが、遅い。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
龍が召喚され、凄まじい咆哮上げる。同時にセリファの動きが阻害される。
そんなことはお構いなしに、斬撃を放つレストアと雷撃を放つ龍。
「ぐっ………!」
斬撃をいなし、雷撃を自然化することで回避するセリファ。
しかし、ここで彼女は一つ選択を誤る。
「幻装にとっちゃ、ただの餌食だぜっ!」
「きゃあぁぁぁっ!」
自然化して、その場にとどまった。これがミスだ。
ダメージを負ったセリファに、火・水・雷・氷の魔法に龍の猛攻が襲いかかる。
セリファは自然化と剣術、幻装の能力でどうにか凌ぎきる。
その間にレストアは再び距離を取り、幻装に右手を添えようとする。
ここで彼らは気づくべきだった。何故、レストアの右腕が健在なのか……と。
「あ………?」
突如、レストアの景色が歪む。
「レ、レストア!?」
直後、レストアの意識は途絶えるのだった。
……そーいや、今頃どーなってんのかねぇ。
……まあ、大騒ぎってとこか。いきなりぶっ倒れて、それを介抱しなきゃならんし、なんで意識を失ったか、とか調べんとならんし。
そんなことより、
(そこにいるのは誰だ!?)
!? 声が出ない……!?
まあそうか。今実体ねぇし、だったら声帯があるわけ無いしな。
「……………そうですね、これから浅くない関係になる訳ですし、自己紹介はすべきですね。私は海洋神・マリフィアと申します。これからよろしくお願いしますね」
…………は?今、この女性は自分を『神』って言ったか?どういうこった。
「流石に、目の前にいる女性が神と信じるのは難しいようですね。ふふっ、まあ無理もありません。ですが、いずれその事実を知ることになります」
一体何を言っているのか。今の俺にはさっぱり理解できん。
「少し……雑談でもしましょうか、今の状況を伝えるためにも」
………そう言って、雑談することになった。
レストアは倒れそうになるが、どうにか踏ん張りこらえる。
そして目の前の少女に、己が持つ刀剣を向ける。
「…………あなたは、だれ……?」
目の前の少女――確か名前はセリファといったか――が疑問を投げかけてくる。
レストア…の姿をした何者かが、その問いに答える。
「今はまだ正体を明かすつもりは無いです。……まあ、自分に勝ったら、教えてあげてもいいですよ?」
レストアの姿をした何者か――仮に少年としよう――がそう言うと、セリファは凄まじい数のレーザーを放ち、同時に猛烈な斬撃を繰り出す。
しかし少年は、それを事も無げに受け流し、さらには魔法を織り交ぜ、セリファに手傷を負わせる。
そこに龍も加勢し、セリファは一瞬でピンチに追い込まれる。
「やっぱり、大したことないな。これじゃ満足に戦えない」
「くっ……!わるかったわね……!」
セリファは自分のことを言われたのだと思ったのだろう、怒気を発しながらそう言ってくる。
少年はそれを慌てて訂正する。
「い、いや、貴女のことではありません。憑依体……レストアの事です」
「え……えと……」
いきなり意味のわからないことを言われて戸惑うセリファ。しかし、少年は待ってはくれなかった。
「残念ながら、こうしているのも時間が限られているのです。
『龍鎧』」
そう言うと、龍が消滅し、両腕両脚に龍の鱗・甲殻が展開される。まさしく、龍の鎧であった。
セリファがその光景に一瞬だけ、目を奪われる。
その一瞬が隙を生む。
すれ違いざまに、突きの如き斬撃で首を斬ったのだ。
血こそ出ないが、ダメージが大きく倒れかける。
「すごい反応速度。これは……」
セリファが一瞬でダメージを治癒したのだ。
「私も、お返しよ!」
セリファはすぐさま立ち上がり、無駄も隙もない斬撃が少年に襲いかかる。
しかし、その斬撃は届かず……
「ごめん、卑怯だけど……」
ここで時間が停止した。
すると少年は、月詠の霊器のリーチを数メートルまで伸ばし、フィールドを斬りとる。
そしてそのフィールドを八等分し、月詠の霊器の能力で密度を凝縮、八つの岩石を転移させる。
そこで時間は動き出すが、勝負は決まっていた。
「え……えぇーーーー!?」
八つの岩石が隕石となって降り注いできたのだ。
「きゃあぁぁぁぁあああぁぁぁぁっ!!」
避けることは叶わず、セリファは巻き込まれてしまう。その爆炎はフィールドを穿ち、凄まじいクレーターを作っていた。
「……まあ、教えないのも卑怯ですよね。それでは、少しばかりヒントを。
スペルドの国立図書館で調べれば出てくると思います。あと、キーワードは幻獣使、ですね」
ここで試合が決着してしまう。
そんな時に耳元で囁かれ、一瞬呆けてしまう。が、言われた意味は理解できたため、聞き返すようなことはなかった。
「……少しだけ席を外しますね」
そう言うと、そのまま何処かへ転移してしまう。
全く状況が頭に入ってこないセリファだった。
「さて、雑談はこんなところにしましょう。彼女が帰ってきますし」
(彼女?彼女って誰だ?)
「それは……あなたに一番親しい者です。ですが、今はまだ、会ったことはありませんね」
……とりあえず、雑談の中である程度の情報を聞き出せたから良しとするか。……彼女というのが気にはなるが。
手に入れた情報は四つ。
一つ目は、ここは神々が住まう地・天上界という場所であること。
二つ目は、今俺がいる所はとある神が眠る水晶の中であること。
三つ目は、各国の王、あるいは王族は神々に関して深い知識を持つこと。
最後に、スペルドの国立図書館になら、神々に関して詳しく書かれた書物があること。
これだけの情報があればまだマシか。
「おや?マリフィアさんではないですか。どうされました?」
「あっ……ルーメルティアさん……。すみません、貴女の憑依体が気になってしまって……」
「あらあら、そうでしたか」
あ……?なんで俺がそこにいる……!?
「……レストア、はじめまして。貴方の身体に憑依している、時空神・ルーメルティアと申します。これからもよろしくお願いしますね?」
え……っと、よろしく……?
「はい……!」
俺って笑うとあんな顔なのか。
「それでは、私は戻りますね」
「はい。それでは」
マリフィア……様は帰ったのか?
「うん、自分の神殿に。……レストア、まだ少しだけ君の身体借りてるから、待ってて?」
あいよ。ってか、口調変わったな?
「まあ……さっきまでのは外行きのだからね……。普段はこんな感じだよ」
そう言うとルーメルティアは何かをし始めた。……俺にはなんなのかさっぱりわかんなかったけど。
しばらくして、その何かが終わったのかこっちに来た。
「それじゃあ、やるべきことは終わったから身体、返すね。貸してくれてありがとう」
いや、半ば強引じゃねぇか。
「それもそうだったね……はは。……じゃあ、またいつか。その時は、私の本当の姿で会えるといいな……♪」
……またな、でいいのか?
「うん。じゃあね♪」
「レ、レストア!?レストアだよね!?」
「お、おう。ど、どうしたんだよ?」
「は〜〜、良かった……」
うん?なんか話が見えん。なんでこんな本人認証みたいなことされてんだ?
「なあ、何かあったのか?」
「え〜〜と、実は……」
セリファから事情を聞き、どうなったかはあらかたわかった。
とりあえず結論としては、スペルドの国立図書館で調べ物をしなければいけないようだ。
他にh……
だが、その時だった。
「『黒』……!この濃さ、戦争か!?」
突如として表れた戦争の兆候。
その数分後、北西部のほとんどの部隊が召集され、イブリスとの国境にある大平原に出撃したとの情報が入った。