第六話
ベルスティアの首都・スペルドの宿に泊まった翌日。
レストア一行は、王城に向かって歩いていた。
その間にする事など限られている。もちろん、雑談である。
「ところでリアよぉ、お前あの後何したんだ?」
「……は?言ってる意味が分からんが」
あの後というのは各自が部屋に向かったあとの事だろうか。強いて言えば、入浴時間を間に合わせるためにルティアと一緒に風呂に入った以外、何もしていないレストアは返答に困り、そう返した。
「でもリアはさ、ルアと一緒に風呂に入ったんでしょ?だったら何か少しくらいは……」
リオの言葉で二人が何を言いたいのか、何となく察したレストア。しかしそうなると、いらない誤解をされているようだ。
その誤解に対して無性に腹が立つ。誤解を解くために言葉を発そうとするがそれが面倒くさくなり、しかし言ってもそうそう信用しないであろうことを考えると、更に腹が立ってくる。
レストアの機嫌が優れないのも無理はない。
なにせ、今は朝の8時30分過ぎだ。レストアの低血圧は、まだ彼に影響を及ぼしている。
「…………お前ら、少し黙っとけ……」
「「……はい」」
誰が見てもわかるほどの明確な怒りと、殺気を纏いながらようやく言葉を発した。
そこまで、殺気を纏うほど不機嫌になるとは思わなかったのだろう。リオとジャンはそう返す他なかった。
「二人とも、これに懲りたら朝の兄さんはからかわない事。いい?」
「……あぁ、わかったよ」
「……うん、ごめんね?リア、ルア」
「…………」
「……あ、あはは」
ルティアに窘められ、素直に反省するリオとジャン。しかし朝のレストアのことだ。怒りはおさまる様子を見せない。それを見てルティアは、苦笑するのだった。
「朝のレストアはあんなに不機嫌なのね……」
セリファは初めて見たのだろう。とはいえ、リオもジャンも知らずに、いつもの様にからかった結果なのだが。
「レストアさんは、朝はいつもあの様子なのですか?」
普段とはまるで違うからだろう、サシュラルもルティアにそう聞く。
「うん、そうだね。まあ、もうとっくに慣れたけど」
ルティアはそう返し、そういえば、と過去にあったことを話した。
「まだ初等学院の三年生の頃だったかな?からかうのが好きなクラスメイトがいたんだけど……」
「朝にレストアさんを……?」
「うん。そしてからかわれた兄さんは……」
そこまで言うとルティアは、サシュラルに向き直り、サシュラルの鼻先をかするほど顔の近くをグーで殴る。
しかしさすがは天使族といったところか、ルティアの雰囲気が変わるや否や、軽いバックステップでほんの少し距離をとり(もともと当たりはしないが)避ける。
「もしかして……殴ったのですか?」
「そう。確か三人いたかな?一人が殴り飛ばされてし返そうとしたんだろうね、動いたんだけど速攻で兄さんに沈められたよ」
それを聞き、朝のレストアには気をつけようと、レストアとルティア以外は思うのだった。
「ベルスティアへの襲撃、どうだった?」
「駄目だったようです。……なんでも兵が展開されており、迎撃されたとのことです」
「またか!何故こうも奴らはわかるのだ!」
イブリス帝国帝都にある宮殿、軍務局内。
そこでは、二人の男が話をしているようだ。ただ、いかにも偉そうな雰囲気の男は激怒している。
理由は簡単だ。ここ約10年、ベルスティアへの襲撃が全て失敗に終わっているのだ。もちろん、外部に情報が漏れぬように対策もしている。にも関わらず迎撃される。
「クソ!最低限の兵を残し、全てベルスティアへまわせ!!」
「しか………了解しました……」
一度否定しかけた男だったが、目の前の男をさらに怒らせれば自分の首が飛ぶとわかったのだろう。渋々了解するしかなかった。
「今度こそ……今度こそ、ベルスティアを……」
男の呟きを背に退出する。男の命令を遂行するために。
ベルスティアの王城、とある一室。
「よく来てくれたね、レストア君。それとパーティの皆さん。あたしはリティエル、これからよろしく」
リティエルと言うらしい女性とレストア達が対面していた。
リティエルは金髪に蒼と赤のオッドアイをした美女だ。ちなみに、右が赤で左が蒼だ。
「俺はレストア。こちらこそよろしく」
リティエルの自己紹介に対しタメ口で答えるレストア。この対応にルティアは呆れた顔をする。
「兄さん、ちゃんと敬語くらい……」
「ああ、いやいいんだ。堅苦しいのは嫌いだから」
「あ、そうですか……」
レストアを注意しようとしたところにリティエルからの許しが入り、素直に了承するしかないルティア。
しかしレストアも自分に非があると感じていたようで、ルティアにだけ聞こえるように、「すまん」と謝っていた。
「それと皆からはリティエルさん、なんて呼ばれるのも嫌だから、気軽にリティとでも呼んでほしい」
リティエルはかなりフランクな人であるらしい。レストア達はリティと呼ぶことにした。
「そろそろ本題に入ろうか。今回君たちを呼んだのは他でもない、これまで何度もこの国を救ってくれたからだ」
「でもそれはレストアだけ。私達が呼ばれた理由がうまく……」
リティエルの言葉に対しにセリファが疑問をぶつける。
「……そう、だね。まあ、レストア君のパーティだから、ってところかな」
「だとよ」
セリファの疑問への答えは、彼らが予想していたものと同じだった。まあそうだろう、という顔をしている。
「あたしから礼を言おう、本当にありがとう」
リティエルはそう言い、頭を深々と下げる。
その行為に対し、レストアは不満そうにする。
「礼を言うなら、普通は国王様、だと思うんだが……この認識はおかしいのか?」
「いや、そうだろうね、普通は。でもね…………」
「ッ!?」
レストアの疑問に答えながら席を立ち、レストアに歩み寄る。
次の瞬間、レストアの胸ぐらを掴み床に倒す。そして仰向けになったレストアの左肩を右足で踏みつける。
「君たちは怪しい……だからあたしがここにいる」
まさか攻撃されるとは思っていなかったセリファ達が反射的に動こうとする。
「おっと、動けば彼がどうなるか、保証はできんよ?」
リティエルが右膝より上の右半身に炎を纏い始める。いや、纏うのではなく自然化させたのだ。
同時に放たれた強烈な殺気にセリファ達の動きは止まってしまう。
「……へぇ、おもしれぇ。なら、とっとと見極めろ。くれぐれも俺を失望させるなよ」
「あたしとしても、君たちが味方であるなら失いたくない。だが、敵の動きが容易くわかったり、それを国に教えてくれる。そんな都合のいいことがあるかい?」
「それが、あるんだがな」
そこまで言い、互いに睨み合う。両者が放つ殺気は徐々に増していく。
一触即発。その状況の中、先に口を開いたのはレストアだった。
「……な〜んだ。お前、俺と同じだったのか」
「どういう意味だ?」
レストアの言葉の意味が分からず、問い返すリティエル。
「お前も幻獣使で、平和を第一に考えてるってこったよ」
「なっ……」
リティエルは驚いた。レストアがあたかも自分の事であるかのように話したからだ。
驚くと同時に、ほんの僅かだが炎の制御が乱れる。それを見て、レストアの表情が確信した表情に変わる。
「お前の幻獣の能力、相当おかしそうだな」
「……なぜそう思う?」
「お前が炎の色を偽装してるから、って言ったら?」
「………」
レストアの言葉にリティエル以外が驚く。幻獣使であることにではなく、炎の色を偽装しているということにだ。
だが、それと同時になぜ偽装しいてるのか、という疑問も出てくる。
「なんで炎の色なんか……」
「それは君たちを油断させるため……さ。だって、こんな色の炎だったら、ただ者じゃないってわかるじゃないか」
そう言いながら、炎の色を戻す。
その色を見て、再びセリファ達が驚く。その色はあの龍と同じ『虹色』であった。
「ただの炎だったら、水魔法で打ち消されてしまう。なら、君たちがもし敵なのであれば、それで怯んだ隙に逃げることも可能だしね。……少なくとも君たちにはその手段がない、あるいは状況判断がしっかり出来ていることがわかったよ」
「……今回の場合、どちらもですけど…」
どうやらリティエルはレストア達を試していたようだ。
これまで放たれていた殺気が消え、思わず安堵のため息をついてしまうセリファ達。リティエルもレストアが楽に立てるように手を貸す。
「そんで、俺らは敵か?味方か?」
見極めた結果を促すレストア。それに対するリティエルの答えは
「味方だよ。少なくとも、この国に対して友好的な存在だというのはわかったかな」
というものだった。
その結果を聞いてレストアは満足げに頷き、セリファ達は再びため息をつく。
「さて、ようやく本当の本題に入れそうだね」
本当の本題、という言葉の意味がうまく伝わってこないレストア達。思わず問い返してしまう。
「本当の本題?そいつはどういう意味で……?」
このジャンの問いへの答えは、彼らの予想の斜め上をいくものだった。
「君たちは本当に優れた戦力だ。それと、近々くる戦争についても知っている。だから国からは、君たちに『幻装』の使用許可を与えよう」
「「「「「「………は?」」」」」」
リティエルの答えに、思わず間抜けな声を出してしまうレストア達であった。
最後にリティエルが言っていた『幻装』とはなんぞや、という方がほぼ全員だと思います。『幻装』に関しては次話で解説しますので、気長にお待ちください。