第五話
ベルスティアの首都・スペルド。
そこには大勢の人々が暮らしており、活気づいている。
しかし今日この日、兵士たちが出兵したことで、住人の一部には暗い影を落としていた。
どちらかと言うと、明るい雰囲気の人が大半なのだが。
「スペルドって、こんな活気づいてんのか……」
「すごいね……。『ゲール』は絶対、こんなにならないよ」
スペルドを知らない、ジャンとリオがそう言う。しかし、
「ああ、そういや今日までか?年に一度の祭りがあったからじゃねぇか?」
「そういえば、今日までお祭りだったっけ」
実はこの日までの三日間、大きな祭りがあったのだ。そのため、今でもそれなり以上に活気がある。
「そういや、なんでお前らはゲールみてぇな田舎に来たんだ?」
ジャンの抱いて当然と言える疑問。なぜ、彼らは田舎に引越したのか?
「それは国の政策、ってとこかな」
「国の政策?」
「そう。国境の近くのほうが戦場になりやすいでしょ?だから、戦闘センスが特に優れている人は、国境近くの田舎に飛ばされるの」
これが彼らがゲールへ引越した理由だ。
ベルスティアでは、数百年前からこの政策が続いている。
戦争で主戦場になりやすい国境付近に、それなりに大きい都市がつくられており、そこに特に優れた兵士を派遣する。同時に、その近くにある村や小規模の街にある中等・高等学院に、戦闘センスの優れた子ども達を入学させる。
そうさせる理由は、高等学院卒業後は基本的にその地方の軍に入るからだ。それに、国境付近の都市のほうが戦闘的に優れた人材を欲しがる。また、首都からの応援が間に合わない場合は、その近くに住む学生たちが出兵される。
地方へと移った高等学院の生徒ともなると、実力では大人にも劣らない。ただ、戦闘経験がほとんど無いため、戦場で戦力になるかはいまひとつだが。
とはいえこの世界では案外戦場でパニックになる、ということはほとんど無い。どちらかというと戦術的な面で、という意味である。
「なるほどねぇ……」
「でもボクとジャンも、三人には及ばないけどかなり実力はあるほうだったから、そういうの考えたりしなかったなぁ……」
「てか、んな事考える奴はそうそういねぇよ」
そんな話をしながら、王城から送られた手紙に書いてある宿の住所の近くまで来た。
「そろそろ着くはず……だけど」
「ん〜……そうだな。多分、あのあたりか?」
この辺りは宿場町で宿が多い。そのため、彼らの宿が何処なのか分かりにくい。
「宿の名前とかはねぇのかよ?」
「……実はこの辺りって、何故か名前の無い宿が多いんだ……」
「……え」
「住所をあてにするしかない」
「……ひどくない?」
「……ひどい」
そう、何故かこの辺りは宿に名前がない。かといって住所をあてにするにしても、スペルド出身の三人は宿に泊まることなど無かったので、この辺りの土地勘はない。
「……ここ、じゃないか?」
唐突にレストアがそう言い、みんなを呼び止める。
「え?この辺りの住所とかわかるの?」
「……いや、なんとなく」
「え、なにそれ……」
本当になんとなくだった。誰かに『ここだよ』と言われたような気がしたのだ。それが声だったのか、自分がそう思い込んだのかはわからなかったが。
「とりあえず、違ったら受付の人とかに聞いてみるか」
「……それもそうね」
どうせわからないのだ、間違っていれば聞けばいい。そんな感じで宿に入るレストア達。
そしてそこは、レストア達が泊まるべき宿だった。
「なんで分かったの?兄さん」
「……いや、誰かにここだ、って言われたような気がして……な」
「でもま、見つかったんだし、その話は置いとこうや」
「そうですね」
ジャンとサシュラルの言葉に頷き、その事は置いておくことにするレストアとルティア。今は、部屋分けをしなければならない。
「まず部屋わけだが、どうする?」
「二人用で三部屋とられてるからねぇ……」
「……やっぱり、リアはレイと?」
「絶対ない」
「え……」
リオの言葉に対し、即答するレストア。これにはリオも、唖然としてしまう。セリファは、わかっていたのか驚いていない。何故かルティアもだ。
「えと……じゃあ、誰と?」
「……まあ、いつも通りルティアとかな」
その言葉を聞き、ジャンとリオは一つの結論に達する。
「……お前もしかして……シスコン、ってヤツか?」
「ボクもそう思った」
「おい変な言い掛かりはやめろ」
「あははっ」
「ふふっ」
その言葉にレストアはキレ気味に答える。ルティアとセリファはそれを見て思わず笑ってしまう。
「変な勘違いしてるようだが、別にそういう事じゃねぇよ。ただ、いつも家ではルティアといるんだから、それが一番楽だと思ったんだよ」
「ふ〜ん……」
レストアは弁解するが、リオとジャンはあまり納得していないようである。レストアは諦め、話を戻そうとする。
「んで、とりあえずお前らはどうすんだ?」
「ん〜〜、私はサシュラルとかな。普通に考えて」
「そうですね」
セリファの言葉にサシュラルが頷く。そうなると必然的に、
「んじゃ、俺はリオとか」
「そうだね」
リオとジャンのペアは予想通りといったところか、驚いていない。それどころか、そうなって当然ともいえる雰囲気だ。
そこで、レストアは先程までの仕返しをしようと思いついた。
「……お前ら付き合えば?」
唐突の付き合え宣言。これを聞いたジャンとリオは、
「「リア、お前バカにしてんのか?」してるの?」
と、すぐさまそう返す。
これを見たレストアは、気を良くしたのか笑いを必死に堪えていた。
そうこうしているうちに、もう夜も遅い時間だったため、各自部屋に行くことにした。
遅くなった原因は、主にスペルドに着いてからだ。
スペルドの街に入るとき、身分証明書を提示しなければならない(どの国のどの街でも同じだが)。時間帯的に人の通行がほとんど無くなる時間だったため、予想よりも長引いてしまったのだ。
この世界では、昼の人通りの多いときは必要最低限に、朝方や夜など人通りがほとんど無いときは厳しくなる。
その時間帯にあたってしまったため、遅くなってしまったのだった。
レストア・ルティア組の部屋。二人はいつも通りでリラックスしているのだろう、ゆったりしていた。
「そういや、風呂の時間決まってたっけな。俺らが先にって言われたが、お前はどうする?」
「確か20分位で分けてるんだっけ?だったら一緒に入るよ。その時間までに上がれる気、しないし」
「そうか」
普通なら驚くところだが、この二人にとってはそれは普通の域に入る。
まだ実家で暮らしていた時代、時間というものに厳しかった。それは入浴も例外ではない。そのため、二人の入浴の時間も限られており、どうしても間に合わない場合は二人で入っていた。
中等学院に入学してからも習慣として身についていたため、その生活を続けていた。
中等学院ではクラブ活動があり、その影響で遅くなったりした時も、一緒に入っていた。最初は二人も嫌々であったが、次第に慣れていき、今ではなんの抵抗もなくなってしまった。
とはいえ、これはあくまで二人の時であり、他の異性と入れと言われれば二人共全力で首を横に振るが。また、二人が特別なだけであって、兄妹だろうが双子だろうが年頃の男女が一緒入ることなど、この世界でもまず無い。
宿の浴場は意外と広かった。多人数が同時に入ることも想定しているのだろうか。
レストアとルティアはまず髪を洗ってから体を洗い、そして湯船に二人で浸かる。
「……ふぅ」
「いい湯だな……」
湯船の温度は二人にとって丁度良かったようだ。体を伸ばしてリラックスする。
「……そういや、お前と入るのは慣れたが……やっぱおかしい……んだよなぁ」
「……最近そんなこと考えなかったよ……」
「そうだな」
二人も年頃の男女が一緒風呂に入るのはおかしい、とは認識しているようだ。
「そういやお前は俺に襲われるかも、とか考えねーの?」
「考えないけど……。って、急にどうしたの?そんなこと聞いて」
「…………いや、なんとなく」
全く無警戒であると、レストアとしてもやや複雑だった。
信頼されている、といえばそれまでだろうが、逆に舐められているのでは、という思いも出てこなくはない。
「それより、私で大丈夫だったの?レイを選ばなかった理由が分からないんだけど……」
ルティアの当然の疑問に、思わず渋い顔をしてしまうレストア。
「お、まえなぁ……。俺だって年頃の男だぞ?悪ぃが、夜一緒だったら自制できる自信がねぇ」
レストアとて年頃である。欲がないと言えば嘘になるのだから、それは当然といったところだろう。
「……私だったら自制できると……」
「まあな。……っていっても、別にお前に魅力がねぇって訳じゃねぇぞ?ただ単に、俺がそういう目で見るのはセリファだけ、ってこった」
「……そっか」
即答されてしまい、自信をなくしかけるルティア。だが、とっさのフォローで何とか自信をなくさずに済んだようだ。思わず、レストアはため息をついてしまう。
「……レイに怪しまれたりしない?」
「ま、大丈夫だろ。あいつがそんなんで怪しんだりしねぇさ。そんなこと、お前でもわかるだろ?」
「まあ、一応確認、って意味だけどね」
セリファは他の女子と仲良くする事に関して、そこまで関心を持っていない。そのため、レストアも他の女子との関わり方を変える必要がなく楽だった。
この国では一対多、つまりハーレム等が認められている。そのためか、例外を除けばそこまで関心を持つことがない。
「……こうして見ると、ルティアも成長してんだな……」
「え?……ちょっ、いきなり何言い出すの!?」
レストアのまさかの不意打ちに、思わずそう返してしまうルティア。この趣旨の話は、今まで一度もしていない。というより、しないのが当たり前なのだが。
「いや、お前を見てたらそう思ったから」
「…………まあ、ね。胸とか、この一年で結構大きくなったし」
「お前、普通に魅力的なんだから、告られたりとかねぇの?」
「何回かは。でも、なんか体目当て、みたいな感じだったから全部断ったよ」
「そいつはひでぇな、男が」
「そうだよ。……私も普通に恋がしてみたいな……」
「お前なら大丈夫。きっと叶うさ」
「ふふっ、ありがとう兄さん」
そんな話をしているうちに時間が迫っていた。すぐに上がり次の組、ジャン・リオ組を呼びに行くのだった。
レストア達が上がってからしばらく経った浴場。そこには、湯船に浸かるリオとジャンの姿があった。
「やっと授業が終わったぜぇ」
「確かに、学院の授業は今日で終わりだもんね」
こちらは日常的な会話のようだ。通常授業が終わりようやく楽になれる、といったところか。
「にしても、いきなり王城からお呼ばれするとは……」
「そうだね。レストアだけならわかるけど、なんでボクたちも呼ばれたのかなぁ……」
王城から呼ばれた理由を考えているようだ。
確かに、リオの言う通りである。そうなると、やはり王城側に何か考えがあるのだろう。
しばらく考えていたが、わからずに諦めたのだろう。ジャンが唐突に、
「俺は長湯する気はねぇから、温まったらすぐ上がるが……お前はどうする?」
と、言ってきた。それに対し、リオはこう答えた。
「ボクは少し長めに入ってくよ。今日はなんだかんだで疲れたし」
「そうか」
そう言うと、ジャンは数分後、浴場を出ていった。
「はぁ……気持ちいいなぁ……。ジャンももう少し長く入っててもいいと思うのに」
リオは一人、リラックスして時間ギリギリまで湯船に浸かっていたのだった。
現在、浴場の湯船にはセリファとサシュラルが浸かり、リラックスしていた。
「んん〜〜、生き返る……」
「ははは、お疲れ様です」
「サーシャは闘技の授業は免除されてるからねぇ……疲れないか」
「そうですね、そこまでは疲れてませんね」
どうやら、セリファは相当に疲れていたようだ。
それも無理もないだろう、レストアとあれだけの激戦を繰り広げたのだ。疲れないはずがない。
ちなみに、天使族を含む亜人族は、闘技の授業は基本的に受けない。理由としては、それぞれの種族の戦い方があり、それを尊重しているから、といわれている。
「……それにしても、リアさんはルアさんと一緒で、大丈夫なんでしょうか?」
「ふふっ、大丈夫よ、きっと」
即答で返されると、逆に困ってしまうサシュラル。何故そんなに自信満々に否定できるのか、これがわからなかった。
「……まぁ、レイさんがそう言うなら、そうなんでしょうけど」
どうにも返しづらく、そう言うしかないサシュラル。セリファは、相当にレストアを信用しているのだろう。
「そういえば気になったんだけど、天使族って、みんなサーシャみたいに大きいの?」
セリファの疑問に対し、サシュラルは取り乱す様子もなく答える。
ルティアが慌てたのは、兄とはいえ男に聞かれたからなのだろう。
「そうですね……。私自身、相当大きい方ですけど、この国の平均よりは大きいですね」
「へぇ〜、そうなんだ」
何故かどこか嫌な感じのする笑みを浮かべながら、セリファがそう言う。
嫌な予感がしたのだろう、そっと距離を取ろうとするサシュラル。しかし、セリファは逃さなかった。
「ねぇ……ちょっといいかな……?」
「え……えと、だ、駄目ですぅ!」
しばらくの間、浴場の中からは二人の少女が楽しむような、慌てたような声が響いていたという。
第四話を執筆している際、何回か何処ぞの本部から通信妨害をくらいました。この度にス○ーム○ンに助けてもらいました。
ちゃんと内容が保存されていて良かったです……。






