第三話
第一闘技場観戦席。そこで観戦している生徒の中に、ジャンとリオの姿があった。
「兄妹対決か。リオ、お前はどっちが勝つと思う?」
「……正直、わからない。だって、『幻獣使』としてだったら、ルアの方が練度が高いし」
「だが、幻獣としてはリアのが上だからな……」
二人はどちらが勝つかを予想しているようだ。
『幻獣使』同士の戦いでは、主に練度と幻獣の強さが肝となってくる。そのため、練度の高いルティアと、幻獣が強いレストアがぶつかればどちらが勝つのかというのは、パーティの中でも興味深いものであった。
だから、二人はこうして予想しているのだ。
第一闘技場。ここでは、レストアとルティアがぶつかり合っていた。
二人が繰り出す剣技は、もはや本人たち以外には見えない。それほどの速度までに上昇していた。
高速での斬り合いから、二人はほぼ同時に鍔迫り合いに持ち込む。そして剣が弾かれる反動を利用し、距離を取る。
「……随分腕を上げたな、ルティア?」
「ハァ……ハァ……、そっちはまだまだ余裕そうね?」
「まあな。お前の戦い方とは、相性がいいからな」
ルティアは息切れをし、明らかに消耗している。しかし、レストアは息切れどころか、消耗さえほとんどしていないように見える。それはルティアにとっては、焦る要素の一つであった。
「流石にこれ以上は……厳しいわね……」
「お、降参する?してくれちゃう?」
「そんなわけ…ハァ……ないでしょ…」
そう言うと、彼女の体に変化が起こる。同時に彼女の幻獣、雷虎もだ。雷虎の体が消え、ルティアの下半身が雷虎の脚になる。
一部の『幻獣使』が持つ能力、半獣化。その名の通り、人間の体の一部が、幻獣になるというものだ。幻獣の恩恵を直接受けられる反面、人間と一体化しているため、幻獣はいなくなる。
「ありゃりゃ、こりゃ面倒だ」
レストアが面倒と言うのには理由がある。ルティアの基本戦法は、力と手数でのゴリ押し。しかし、半獣化状態では違ってくる。しかも、脚を変化させたとなれば……。
「チッ!これだからお前の半獣化は……!」
「リアの戦術だったら、そうそう攻撃できないでしょ……!」
雷虎の脚力と瞬発力を活かした、中距離からの一撃離脱戦法だ。地面を蹴り、斬りかかるとほぼ同時に、相手の間合いからは抜け出している。そうなればレストアの戦法、攻撃をいなし続けできた隙をつく、というのはほとんど機能しなくなる。必然的に、レストアの消耗が激しくなる。
四方八方から高速で繰り出される斬撃に、レストアは受け流しこそすれ、ルティアを捉えることはできない。したがって、レストアのダメージは増え、動きが鈍くなりつつあった。
「反撃しないなら、トドメを刺すまでよ!」
これ以上、レストアには反撃する手段が無いと感じたのだろう。更に手数が増え、今度は蹴りをも交えてきた。
「たしかに、龍がいなけりゃ、ここで終わりだったろうよ……!」
「え?…………っ!?」
レストアはそう言うと、ニヤリと口元を歪ませる。
不穏な気配を感じたのだろう、ルティアは今までで最速の攻撃を――放てなかった。
レストアは斬撃をいなしながら、この状況をどう打開するか考えていた。
このままではいずれ押し切られる。だが、この状況を打開するだけの力が無い。レストア一人の力では。
(俺一人……?いや違うな。幻獣がいる限り、一人じゃねぇ。なら……)
ここでレストアに、一つの案が浮かんだ。うまく制御できるかは、試さないとわからない。しかし、試さなければこのまま押し負ける。だから彼はリスクをとり、勝ちにいくことを決めた。
レストアは急速に魔力を高めていく。まずいと感じたのだろう、ルティアがトドメと言わんばかりの速度で己の獲物を振るおうとする。その瞬間、ルティアのみならず全てが――そう、世界そのものが『停止』した。
そこはありとあらゆるものが停止していた。動き出す気配すら感じられない、もはや一種の彫刻などのように感じられた。
「どうにか、上手くいったみたいだな……」
龍が持つ能力、『時空操作』。その名の通り、時空を自分の思うがままに操れる力だ。そのため、レストアと龍以外の時間が完全に停止している。
「とはいっても、魔力の消耗が激しすぎるな、こりゃ」
今のレストアには、『幻獣使』を除く、軍の最高位の魔術師が扱える魔力量と、大体同じくらいの魔力が残っている。しかし、時間を停止している今、あと2、3分もすれば魔力が枯渇しそうだ、というくらいに消耗が激しい。そうなれば、
「ルティアには悪いが、もう終いだ」
レストアが左手を握り、時間停止を解除する。それと同時に、ルティアの周りの空間が連鎖的に炸裂、彼女の体をもみくちゃにしていく。
「うああぁぁ…………っ」
悲鳴すらも最後まで続かず、彼女の意識は途絶える。それと同時に雷虎の脚も消え、ルティアの脚に戻る。
「勝者、レストア!」
そして審判が勝者を告げる。第一闘技場での準決勝は、レストアの勝利となった。
「お前が勝ったか、リア」
闘技場から出るや否や、そうジャンに声をかけられる。リオも一緒だ。
「ま、あそこは勝たねぇとな。兄としての、せめてもの意地さ」
「それでも凄いよ。正直、厳しいと思ってた……」
「流石にあれじゃあ、お前の方が分が悪いと思ってたからな」
「たしかにな」
ジャンが言っているのは、レストア本人だけでなく龍も同じだ。理由は、お互いに右腕、あるいは右前脚が消失しているからだ。
もともと、レストアは左手だけで剣を振るうが、右手は緊急時に体勢を立て直すという役割を持っている。そのため、体勢が崩れてしまえば、一方的な試合展開になることも予想外ではない。
龍の右前脚も同じだ。本文では触れられていないが、幻獣にも意思がある。そのため、ルティアが半獣化するまで、互いに戦っていた。そうなれば、五体満足の方が戦いで有利になるのは言うまでもない。
「とりあえず、次はレイだが……どうするよ?」
レストアの次の相手はすでに決まっていた。彼らの予想通り、セリファだ。
セリファは学内、ただし人間のみであれば、負けたことは一回もない。しかも、接戦までもち込めたのは、レストア以外に誰一人としていない。故に、学内最強の一人と言われている。
「セリファが相手でも、負ける気はねぇな」
「そりゃ、今まで勝ててねぇしな」
「まあ、それもあるが……戦場での負けは死を意味する。だったら、負ける訳にはいかねぇよ」
「……じゃあリアは、何回レイに殺されたのかな……?」
「………リオ、言うな………」
などとやり取りをしていると、意識が戻ったのだろう、ルティアがこちらに歩いてきた。
「はぁ、してやられちゃったなぁ……」
どうやら、先程の敗戦を引きずっているようだ。
とはいえ、レストアもかなり厳しい状態だった。あそこで賭けが成功したからいいものの、失敗していたら、倒れたのは自分だっただろう。
「……そうだ。そういやさっきの、アレ一体なんだったんだよ?」
「たしかに、あれは見たことがなかった。何をしたの?」
ジャンとリオは、おそらく『時空操作』のことを言っているのだろう。それに対し、レストアの答えは、
「ただ、時間を止めて空間を炸裂させただけさ。……どういう原理かはわからんが」
「…………えっと、ということは……」
「……そうしようと思ったら、できたと……?」
「うん」
流石にこれには、三人とも何とも言えないという表情をしている。
『幻獣使』が、イメージするだけでその能力を行使することができるのは、誰もが知っていることである。しかし、レストアが行なった『時空操作』など、まるで理解できない。しかも、本人でさえ理解できていないのだ。三人がそんな表情になるのは、当たり前であろう。
「……だが、あれがあれば、今回こそはレイに勝てるんじゃねぇか?」
ジャンがもっともなことを言う。しかし、あくまでそれは、その能力を完全に自分の指揮下におければの話だ。
「あれは魔力の消耗がシャレにならねぇ。実戦で使えるようにするには、まだまだ練度が足りんよ」
「そうだね。あれはかなり訓練しないと、そう簡単には扱えないよね」
「…………あれが自由に扱えれば、それだけで脅威なんですけど……」
『幻獣使』の二人の言葉に、驚きよりも怯えが前に出るリオ。ジャンも恐ろしいものを見た、というような表情をしている。
「……と、ごちゃごちゃ言ってる間にもう準備が整ったか。んじゃ、行ってくるわ」
「おう、今日こそ勝てよ」
「リア、ファイト♪」
「私の分も頑張ってね」
レストアは、ジャン、リオ、ルティアの言葉を背に受けながら、決勝の舞台、第一闘技場へと足を踏み入れるのであった。
地上から遥か遠く離れた地・天上界。
ある者の神殿で、とある変化が起こっていた。それは、神殿奥にある、人の頭ほどある水晶玉だ。
先程までは、白く濁っていた。しかし、今では少しずつではあるが、輝きを取り戻している。
………そう、あの龍と同じ、『虹色』の輝きを………