第二話
こうして授業受けるのも今日で最後か、とレストアは思った。
今振り返ってみると、本当にあっという間であった。特に二年生の七月から。
中等学院に入学し、リオやジャン、サシュラルを始めとした多くの友人ができた。初等学院時代は、あの事件以降、人間に対し深い絶望を抱いており、友人などほとんどいなかった。作ろうとしなかったのだ。
しかし、そんな彼に救いの光が差した。そう、それがセリファだった。
「……トア?おいレストア、どうした?」
過去に思いを馳せていると、レストアに声がかかった。
しまったな、と思いながら声の主、現代社会の教師に答える。
「すみません、少しぼーっとしてました……」
「そうか。授業はもう少しで終わるから、残りは集中しろよ?」
「はい」
時間は午後0時25分ごろ。4時限目はあと15分程度で終わる。
レストアは過去に意識が向かないよう、ノートを取るのであった。
「は〜〜、やっと終わったか……」
心底疲れ切った、という風にジャンがため息をつく。
「まだ『闘技』の授業が残ってんぞ」
「そっちは動けるから、座学よりぁマシだ」
レストアが返すと、ジャンはそう答えてきた。
『闘技』というのは、この世界の授業の一つであり、中身は『武術』と『魔術』の二つに分けられる。
『武術』は、主に体術や剣術など、身体や武器を用いておこなう授業であり、魔力貯蓄量の低い者たちなどが主な受講者になる。
対して『魔術』とは、魔法の術式を学ぶ授業となる。この授業は魔法を高めたい者たちが主な受講者だ。
一旦ここで、この世界での魔法について説明しよう。この世界の魔法形態はいくつかある。
まず一つ目が『自然系』だ。その名の通り、火や水、雷、風、などといった魔法を扱う。『自然系』が、この世界では一番多くの者たちが扱う魔法だ。しかも、適性が極端に高い者は、自分の身体をも自然化でき、相当な強みとなる。
二つ目は『支援系』だ。『支援系』にあたるのは、『索敵』、『隠密』、『治癒』の三つである。攻撃への転用はできないため、授業では『武術』を選ぶ者が多い。しかしこれらは、『自然系』と融合できる。例えば、『自然系・光』と『支援系・治癒』の融合魔法で『治癒光』にできる。効果としては、「光を浴びた者の傷の治癒」となる。そのため、相性の良い融合魔法を使える場合、『魔術』を受ける者もいる。
三つ目は『防御系』。この世界の人間は、最低限の『防御術式』を扱うことはできる。しかし、『防御系』に適性を持つ者たちは、より強固な『障壁術式』を扱える。その防御力は、高い者はほとんどの魔法を打ち消せるという。だが、こちらは融合できないため、よほど高めたい者でもない限り、授業は『武術』を選択する。
四つ目は『幻獣使』だ。『幻獣使』はごく僅かな者しか覚醒せず、人智を超えた力を扱えるため、「神の遣い」などとも言われている。これを扱える者は、魔力貯蓄量が桁違いに多いが、幻獣召喚にもかなりの魔力を使用する。また、幻獣の副産物として、上の三つの魔法のどれかを扱うことができる。扱える形態が『自然系』だった場合、『幻獣使』のみ、四つ以上の『自然系』魔法を扱える。
「ところでよ、お前らはどっち行くんだ?」
ジャンがパーティメンバーにそう聞いてくる。しかし、レストア達の答えは決まっていた。
「俺は武術を選ぶ。今日こそ、セリファに勝ちてぇからな」
「もちろん、受けて立つよ。容赦はしないよ?」
レストアとセリファは、静かに闘志を燃やす。
「ボクも武術かな。懐に入られたときでも対処できるようにしないと」
「私も武術。今日は本気でいく」
ルティアとリオも武術を選ぶという。そしてジャンは
「やっぱお前らも変わんねーか。俺も武術でいく」
こうして、サシュラル以外は武術を選択することになった。
ちなみに、サシュラルは闘技の授業には参加しない。理由は参加する必要がないからだ。
天使族は、人間よりはるかに強い。そのため、人間との戦いでは、ただただ蹂躙するだけとなってしまうのだ。
レストア達は武術の会場、闘技場へ入る。彼らの腰や背中には、己が振るう武器を携えている。
すでに闘技場には、相当数の生徒が集まっていた。一部の者はアップも始めている。おそらく、彼らも本気で挑むのだろう。
今回の武術の授業は個人戦、しかもトーナメントだ。自分の力を発揮するのに最高の場であろう。
誰もが一位の座を狙っている。しかし、レストア達は
「どいつもこいつも張り切ってんな〜」
「まぁ最後だし、多少はね?」
「どうせ、この二人にボコボコにされるだけだろうよ」
あまり関心は無さそうである。
そうして授業は開始される。トーナメント表はすでに教師達が作っており、それを見て燃える者と落ち込む者が多くみられた。
闘技場には、特殊な防護魔法がかけられており、斬られようが殴られようが、怪我を負うことはない。しかし、痛覚が無くなるわけではなく、またダメージは増幅されるため被弾はほとんどできない。
レストア達は、この学院の中では最強クラスの実力者だ。簡単に勝ち進み、準々決勝でジャンとリオが落ちはしたが、残りの三人は準決勝に勝ち進む。リオとジャンが負けた相手は、レストアとルティアであった。
「くっそ、ルティアには勝てねーか」
「うぅ、流石に酷くないかな……?」
ジャンはどこか吹っ切れた様子で、しかしリオは納得いかないような様子だ。
「本気でいって何が悪ぃよ?」
そう言われるとわかったと言って、素直に負けを認める。
実際、たしかに酷かった。近接戦に不慣れなリオにすら一切の手加減をせず、一方的に打ち負かしたのだから。
そうしているうちに、準決勝の組み合わせが決まる。準々決勝からは、ランダムで組まれるようになっている。
レストアはルティアと、セリファは違うクラスの男子との試合になる。
「さて、『幻獣使』同士、派手に行こうぜ?」
「うん、本気で相手する」
レストア対ルティアの試合が始まり、闘技場にある観戦席から物凄い歓声が響き渡る。
レストアは目の前の敵、ルティアの動きを警戒する。
ルティアの実力も折り紙付きだ。一瞬でも油断すれば、兄であろうがお構いなしに、一太刀で斬り伏せられるだろう。
レストアの武器は、一メートル強の刀剣。対してルティアは、自分の身長近くもある長剣だ。リーチの差で、ルティアには先手を取られてしまう。レストアにとっては、そのほうが都合はいいのだが。
「はあぁぁぁっ!」
レストアの剣が、まだルティアには届かない距離からの斬撃。しかし、その斬撃を『見る』ことができたのは、観戦席にはほとんどいない。
理由は、ルティアが扱う魔法だ。彼女の魔法は雷。それを纏っているのだ。そうすれば攻撃速度は上がり、瞬発力にも長ける。
「おっ……そいッ!!」
しかし、レストアはその斬撃を『見て』から受け流した。彼も雷を纏い、神経伝達を強引に超高速化させているからだ。
二人の斬り合いは更に激しさを増し、互いの戦闘用の制服には切り傷ができていく。ルティアが踏み込み、渾身の一撃を振るおうとする。そこで試合は動いた。
ルティアの一撃を、レストアは自分の左側に受け流す。体重が乗った斬撃であったため、ルティアは体勢を立て直せない。レストアは、そこに※を書くように左逆袈裟から右逆袈裟、上・右・左・下の順に高速突きを放つ。そして逆袈裟の交点に渾身の突きを放つ。
ルティアは体勢を崩しながら受けようとするが防ぎきれず、渾身の突きを受けて吹き飛ばされてしまう。
「ぐ……ハァ、ハァ……」
ルティアは先程の一撃で相当に消耗してしまった。彼女に余裕は残されていない。そうなれば、
「はあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
彼女の周りに膨大な量の魔力が渦巻き、姿を成す。
その魔力が作り上げた、否、『召喚』したのは、雷を全身に纏う虎『雷虎』であった。
「リア、ついて来れる?このスピードに!」
「ついてってやるよ!」
それに呼応するように、レストアも幻獣を召喚する。
発達した四肢、その巨躯を覆えるほど巨大な翼、大木をいとも簡単に薙ぎ倒すであろう尻尾、頭から背中側に伸びる一対の角、全身を覆う『虹色』の異彩な鱗。
そう、彼が召喚したのは『龍』そのものであった。
龍の虹色に関しては、DVDなどの裏面と同じようなもの、と認識してください。