第二話
ルティアとの訓練の翌日。
レストアの姿はカルムの街にあった。二人の少女と共に。
「やっぱり要塞都市なだけあって、鍛冶場が多いね〜」
「しかも、置いてある武具の性能もかなり良さ気」
セリファとルティアが、街の様子を見ながら言う。
現在、レストアとルティアとセリファの三人は、カルムの街を観光していた。
一番の理由として、三年以上過ごす事になるであろう街の様子は知っておきたいからだ。
先程セリファが言ったように、カルムには鍛冶場が多くある。
これは要塞都市であるから、ということだけでなく、位置的にカルムが最もイブリスとの戦争に巻き込まれやすいから、という理由からも来ている。
カルムの鍛冶場はベルスティアで一番多く、その数は軽く三十を超える。
「さて、そろそろ日が暮れてきそうだ。今日は外食して帰るか?」
レストアが二人に聞く。
今は17時半を少し過ぎたあたり。春になったとはいえ、夏に比べればまだまだ日は短い。
「ん〜、今日はいいや。ルームメイトとの交流も深めたいし」
「そっか。了解」
セリファが断ったので、流れ的にレストアとルティアもそのまま帰ることにする。
別に二人で食べてもよかったのだが、セリファを1人で帰すのは気が引けた。というより、1人で帰したらその後が怖い。
「全然周れなかったから、また休日にでも観たいな」
「そうだな」
レストア達は一旦、転移門まで移動する。その後、レストアが転移魔法を発動。一気に寮へ転移する。
転移門まで移動した理由は、街中では魔法を使用してはならないからだ。もし、正当な理由もなしに魔法を使用すれば罰金、あるいは数年の懲役となる。
そのため転移門は、街中で転移魔法を使うためだけに設けられている。
寮に着いたレストア達はそれぞれの部屋へと戻り、夕食を取る。
夕食を食べ終わり、ゆっくりしたところでルティアがある話を切り出す。
なぜか、どうしても今、言わなければならないと思ったからだ。
「……兄さん。幻獣使って、何かって憶えてる……?」
「あ?」
レストアは、ルティアが何を言わんとしているのかが理解できなかった。
幻獣使とは何か?幻獣とは何なのか?というのは、今レストアが最も知りたいことだ。
なぜ自分が幻獣使なのか、なぜ自分の幻獣は龍なのか、なぜ幻獣にはそれぞれ固有の能力があるのか、など様々な疑問がある。
しかし、ルティアはそれについて『憶えているか』と訊いてきたのだ。
「……憶えてるも何も、幻獣使が何かなんて」
「私は憶えてるよ」
「え?」
幻獣使が何かなんて知っているはずがない、と言おうとしたところでルティアが口を挟む。
「私が幻獣使に覚醒したとき、家族でスペルドの図書館に調べに行った。その時のこと、薄っすらとだけど……憶えてる」
言われてみればそんな事もあった気がする。
だが、レストアは(ルティアもそうだが)当時3歳であり、幻獣使とは何か、などという疑問を持つことはなかった。
そのせいもあり、レストアはその時のことをほとんど憶えていない。
「……その中で特に印象的だった……というより、なぜか忘れることができない幻獣が七体いた」
「……その七体は?」
レストアが意を決して訊く。
このタイミングでルティアが言おうとしているのだ。レストアはその内容を確信していた。
「兄さんの幻獣・龍と、リティエルさんの幻獣・不死鳥がいた。あと確か……この前兄さんが戦った蛇……みたいな幻獣も」
「リティとグランの幻獣もか……」
こちらに関しては予想外だった。
しかしレストアは、それよりも今は若干逸れている話を戻すことだと思い直し、強引に話を戻す。
「……ところで、幻獣使ってのは、何者なんだ?」
「それは………、あ、あれ?」
ルティアがその正体を語ろうしたその時、なぜかその口からは空気が漏れるだけだった。
何度か、言おうと試みたが結果は同じだった。
「い、言えない……。なんで……?」
誰かに強制的に口止めされている様な感覚であった。
まるで何者かが、その真実には自分の力で辿り着け、と言っているかのように。
「……今は何もわからない。だけど、夏季休暇の時に調べに行こうと思ってる。その時にわかれば、それでいいさ」
「……わかった」
ルティアは若干不満そうにしていたが、言えないならどうしようもないと諦めた。
「さて、明日は一日動き回るし、さっさと風呂入って寝よう」
「そうだね。……あ!久しぶりに一緒に入る?」
「えー……、でも確かに時間も時間だしなぁ……。仕方ないな、あんま気は進まないけど」
現在20時を過ぎたところ。いつも22時頃には寝ているため、一人ずつ入れば、片方は寝る前にゆっくりする時間がなくなってしまう。
そのため、レストアは渋々了承したのだった。
翌朝。
レストアはルティアに起こされ、ルティアの作った朝食をとり、例の能力で今日の白黒を視る、といういつもと何ら変わりない朝を迎える。
「……おぅ、みんな来んの早いな」
「リアが起きるのが遅いだけ」
教室に着くと、もうほとんどの生徒が教室にいた。
「あ、レストア。今日はよろしくね」
「……ああ、キリカ。……こっちこそな」
自分の席に行く途中、キリカの席の近くを通ると声をかけられた。
ちなみに、レストアの席は中央の列の前から2番目。レストアの前がジャンで、ジャンの右隣がキリカの席になっている。
レストアとルティアが席に着いて数分後、朝のSHR5分前のチャイムが鳴る。
しばらくすると、担任のファルガが教室に入ってくる。
「おはよう。初日から遅刻者はいないようで何よりだ。まず、出欠をとる」
そう言って出欠をとり終わると日程確認に移る。
「まず今日の日程だが、先週話した通りだ。午前の闘技は、全て武術だ。担当は今回だけ俺だ。できるだけ違うパーティの人とペアを組んでほしい。午後の学院巡りが早く終われば、係や委員会を決めたいと思う」
ざっと説明し終わるとファルガは、9時までに闘技場に来るように、と言って教室をあとにする。
ファルガが去ると、生徒たちも席を立ち闘技場へ向かう。
「……俺も移動するか」
レストアは愛用の刀剣を腰の左側に装備し、闘技場へと向かおうとする。
その時、後ろから声をかけられた。
「リアさん……私、どうすればいいでしょう……?」
声をかけてきたのはサシュラルだった。
「……ああ、相手がいないのか……」
「はい……。先生はできるだけ他のパーティの人と組めと言っていますけど、気を使わずに相手できるのはこのパーティの皆さんしかいませんし……」
天使族は相手の実力を把握していない場合、本能的に全力で戦ってしまう。
人間にとってそれは、大きなトラウマを植え付けることに繋がりかねないため、サシュラルとしては実力を把握しているパーティ内のメンバーと組みたいのだ。
しかし、ファルガはできるだけ他のパーティの人と組むようにと言っているため、サシュラルは困ってしまっているようだ。
「……先生も絶対とは言ってないし、事情を話せばわかってくれるさ」
「……そう、ですね。リアさん、ありがとうございました」
レストアの言葉を受け、サシュラルはぺこりと頭を下げてお礼を言う。
レストアの助け舟で、サシュラルの悩みが解消されたようだ。
サシュラルの悩みも解決したところで、レストアも闘技場へ向かうのだった。
カルム高等学院内。闘技場。
高等学院の闘技場といっても、中等学院のそれと大して変わらない。中等学院のものより広いくらいだ。
「全員集まったな。じゃあ、適当にペアを組んでくれ。その後、自分たちが使用したい場所に移動してくれ」
Sクラスの生徒が全員集まったことを確認し、指示を出すファルガ。
生徒たちはそれに従い、次々とペアを組んでいく。
「じゃあレストア、今回はよろしく」
「……おう」
キリカは右手を差し出しながら言う。レストアもそれに反応して握手する。
「あなた、元気ないみたいだけど……大丈夫?」
レストアの反応が良くないことを心配してか、キリカが心配そうに尋ねてくる。
レストアが問題ない、と言うとキリカの心配そうな雰囲気が消える。
パーティリーダーらしく、人を気遣う力も備えているようだ。
「……とりあえず移動しよう。……どこがいい?」
「ん〜と、別にどこでもいいかな」
「……じゃあここで」
「わかったわ」
しばらくすると他のペアも場所を決め終わる。
それを見たファルガが、無言で魔法を発動させる。
突如フィールドから光の柱のようなものが吹き上がり、フィールドが十個に分割される。
その魔法に、レストアが過敏に反応した。
「これは……空間系の魔法か……」
光の柱のようなものの外に手などを出そうとしても、本物の壁のように通さない。
大地系の魔法であれば光の柱など出ないため、必然的に光系の魔法か空間系の魔法に絞られる。
今回のものは実体があるため、実体をもたない光魔法は排除される。そのため、この魔法は空間魔法であることがわかる。
「お、レストア鋭いな」
ファルガが感心したように言う。
「この魔法はレストアが言ったとおり空間魔法、つまり新魔法だ。お前たちも、卒業までには新魔法まで扱えるようになってもらうぞ」
ファルガの言葉を聞き、やる気になる生徒と若干落ち込む生徒に分かれる。
キリカはやる気になる側だった。
その様子を見たレストアがキリカに訊く。
「……キリカは魔法は得意なのか?」
「ん〜、得意っていうより好き、って感じかな」
レストアが見た限りでは、そこまで魔法が得意というイメージはなかった。しかし、彼女の答えを聞く限りそうでもないようだ。
「そろそろ時間だ。お前たち、準備はいいか?」
ファルガが生徒たちに声をかける。
どうやら、お喋りもここまでのようだ。
「それじゃ、よろしくね、レストア」
「……ああ、こっちこそ」
「始めっ!」
高等学院に入学して初めての授業が、幕を開けたのだった。