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第4話『重なるイレギュラー』

「──っ……!」


 メイリアは、目を丸くしていた。

 金色の少女の首に一切の傷はなく、吹いた突風がその髪を激しく揺らすのみに終わる。

 振り向いたメイリアの眼前で、しかしその鈍色の巨斧は振り切られてはいなかった。


 何処からか伸ばされた細く、真っ白な指先が。

 深緑のドレスと白銀の髪を揺らした、死徒の少女が。


 その鈍色の刃を、受け止めていた。


『ゥ"るぅぅぅぅぅ………!』


 影の巨人の理性無き頭脳に、新たな敵意が芽生える。

 突如現れた新たなる得物、その悉くを叩き潰す為に、暗く染まったその刃を振り上げる。


 --"その前に"


 黒曜の剣が、力を纏って宙を奔る──。


レヴェリ(Lv.2魔術)カノ(火素)ハガル(爆素)マンナズ(範囲設定:剣)オール(融合式)。--『ウルズ(解放)』」


 2属性のルーンが漆黒の長剣に刻まれ、魔力を宿した剣が振り抜かれる。胴に空けられた傷口を伝って輝くルーンは影に写り、そして内に潜む魔素はその術式を起動し、紅蓮の炎が噴出される。ジークが指先で宙に新たなルーンを刻むと同時、紅の殺意は集いて一本の槍と化し、その暗闇を光で満たす。

 火の粉が散り、熱気が踊り、命は脈動する。


『ゥ"……ェ"ァァァァァァァアアアアア"ア"ア"ァァァァァァッ!!』


 黒の巨獣は命を振り絞り、その大腕を振るう。風を切る轟音を伴ってその爪がジークへと迫るも、蒼衣の青年の髪を数本巻き込むだけに留まる。


 致命的な、隙が生まれる。


 こうなればもう、ジークが巨人を焼き殺す方が早い。


「やってくれたなデカブツ……!死んで詫びてろ……ッ!」


 内側から血肉を焼き、風穴すら残さない。暗闇が溶け、その魔術は完成する--。


「『次世界式(プロジェクタリ)魔術字収束(ルーンミリア)』ッ!」


 最後の呪文を以って、炎閃が森を貫く。

 これこそが《神殺し》が編み出し、『対魔傭兵(リ・メイカー)』に伝えた魔術式。古代の時代の魔術師が用いたとされる魔術を再現し、尚且つ実戦用に改変された魔術。『古代式(エンチャント):ルーン魔術フサルクファンタズマ』。

 神々の戦争ですら用いられたその魔術は、魔法使い専門ではないジークが使用した時でさえ強力な効果を発揮した。

 ルーンにより構成された暴威は、焔の嵐となってその巨躯を焼き尽くす。


 緋色の風が晴れた時には、焼け爛れた肉片の欠片以外に、何も残らなかった。


 その光景を目の当たりにした金色の少女は、混乱しつつもやっと声を絞り出す。


「……驚いた。ジークって、ホントに強いのね」


「って、助けてもらって第一声がそれか」


 ウンザリしつつも突っ込み、目を丸くした彼女から視線を横に移す。

 そこにはやはり見間違いなどではなく、自らの手を開閉させて、斧を受け止めた跡を眺める死徒の少女が居た。

 そしてその手に一切の傷跡は無く、むしろ主を失い、地面に転がる大斧の刃は欠けていた。それどころか、木を削って作られたのだろう取っ手は半分ほど折れかかっている。

 成る程、これならば騎士団が苦戦するのも納得だ。今の勢いであの質量の大斧を叩き付けられて、傷一つ無いどころかビクともしないなど、明らかに硬すぎる。人間の力でどうこうできる防御力では無い。


 彼女が真正面から敵に回れば、負ける事な無くとも、ジークでは勝つ事は出来ないだろう。


 まあ、兎に角言うべき事はある。


「ありがとな。お陰で間に合った」


 笑みを浮かべて礼を言うと、銀髪の少女も微笑んで応える。

 包帯に隠された右眼とは逆の真っ赤な左眼が細められ、満足そうに笑った。


「……ぉ、……ぁぃ……ぇ」


『どういたしまして』、と。

 掠れ切った声は聞こえなかったが、彼女がそう伝えたがっていたのはハッキリと分かった。

 ……ふと。


「……メイリー?どうした?」


「……ねぇジーク。ジークが言ってた死徒って」


 メイリアが困惑したような表情を浮かべてジークに問う。まあこればっかりはジークも戸惑った事なので、慣れてもらうより他ない。

 ジークもまた、困ったような表情で返す。


「あぁ、この子だよ。例の、特殊なケースの死徒」


「……私、これまで人類の外敵ってしつこく教えられてきたその『敵』に命を救われたんだけど、この場合どういう反応すればいい?」


「普通にお礼言えば良いんじゃないか?」


「私に魔族の恐ろしさを昔話に交えて叩き込んでくれたお母さんのあの必死な顔を思い出すと、とっても複雑な気分なんだけど」


 メイリアが頭を押さえて呻き、少女がそのメイリアの様子に困惑したように、ジークとメイリアを交互に見る。ジークが苦笑いで答えにならない顔で答え、少女は更に困惑する。

 最終的には何か不安を感じたらしく、少女はメイリアから身を隠すようにジークの背に隠れた。


「……ま、取り敢えずは。だ」


 ジークが自らのポーチを漁り、一つの鉱石を取り出す。

 それはかつてジークが連絡のために使用した遠信機。その石に再び魔力を通し、遥か彼方に居る『彼女』に連絡を入れる。空気の震えは魔力に変換され、遠信機の片割れへと向かって翔ぶ。彼女と話をするのは気がひけるのだが、こういう事となると一番知識を持っているのは彼女なので、我慢するしか無いだろう。


 やがて多少の雑音と共に、接続完了を示す魔法陣が点滅した。


「……聞こえるか?」


『──応、ジークか。どうした、指令は伝えたじゃろう』


「もう一丁異常発生だ。新種の魔族。影の巨人、大斧持ちだ。見覚えは--」


『ある。魔界に乗り込んだ時に城付近におったのう、そこら一帯じゃあ軟弱にも程があったが』


『彼女』の軟弱は常人にとっては全く軟弱では無いとツッコミたくなったが、変に話をこじらせたく無いので黙っておく。本人の異常性は兎も角として情報は確実なのだ。聞き漏らすまい。

 --その魔界の城付近にしか住まない筈の魔族が、何故こんな森に突如現れたのか。


「……見解を聞こうか」


『まあ順当に考えればその死徒関連じゃろうな。その死徒に原因があるか、それともその死徒と遭遇して殺気立った人間共に原因があるかは知らぬが、その死徒が直接的にしろ間接的にしろ関わっている事は間違いない。警戒しておけ』


「了解」


 それだけ聞き、有無を言わさず切る。余計な小言は聞きたく無いので早々に接続を遮断し、再度ポーチに仕舞い込む。それぞれ半顔と困惑の色を孕んだ目で見つめてくる二人分の視線を背に受けつつも、先程の突風でかなり落ちた枯葉の一枚を摘み上げる。指でその表面をなぞり、魔力を介してルーンを刻む。


「『ギューフ』」


 優しさの意味を持つルーンは枯葉を中心に魔力を拡大し、周囲のマナを瞬時に作り変えていく。が、障気を見逃さない探知の魔術は、しかし森全域にその効果を及ぼしても、目の前の白銀の少女以外には不発に終わる。

 ルーンの光は失われ、やがて枯葉は朽ち、風に吹かれ大地へと還る。……メイリアの目が更に細まり、ついに限界とばかりにその口が開かれた。


「……何してるの?」


「仕事」


 ルーン文字は使用者にしか見えない為、側から見ればただの変人ではあるのだが気にしてはいけない。即答しておく。

 それにしても何の痕跡も無いとはまた奇妙な話だ。魔族が発生する際はその場所に大きな魔力の痕跡が残るものなのだが、その痕跡が一切無い。勿論昨日森に入る際に探索した時も、この少女以外に反応などなかった。


 再度探索の必要性も考慮しつつ、死徒の少女に向き直る。ついでに辺りの景色を見渡し--


「取り敢えず、どっか落ち着けるところに行こうか」


 さっきの魔術のせいで、燃えてはいないものの焦げ臭い周辺から脱出する様、提案したのだった。




 ◇ ◇ ◇




 場所は移り、ジークが少女に贈ったキャンプ場。

 ジークが持ってきたお握りをベッドに座って幸せそうに頬張る少女を、手頃な岩に腰掛けたジークが眺める。同じくメイリアもジークから渡されたソレを口に含み、意外そうに目を丸めた。


「あ、意外と美味しいのね。ジークって料理しないイメージだったんだけど」


「訓練時代に飯ぐらい自分で作れる様になれって言われて、朝と昼は自分で作らないと飯抜きになるんだよ。晩飯が唯一の楽しみだったな、あの頃は」


 言いつつ岩から降り、出入り口付近の大地に向け屈み込む。刻まれた害獣避けの術式の具合を確認し──


「……磨耗しきって崩壊寸前、と。異常だな」


 本来これは獣が嫌う力を触れたものに送り込み、害を為す獣を弾き出す結界であり磨耗する事など殆どない。それが磨耗するという事はつまり、魔物が本能を無視してまでここに入ろうとしたか、それほど大量の魔物が此処を襲撃してきたかのどちら。どちらにしてもあり得る事ではない。

 つまりは。


「……何者かに狙われてる。もしくは何かしらそうなる原因をあの子が持ってる。……って事か?厄介な」


 そうなるとまた面倒な仕事が増える。再度大きな溜息を吐きつつ、結界を貼り直して二人の元に戻る。


「……どうだった?」


「……アウト。やっぱこの子何かしら狙われてる、人間以外の何かに」


 声を潜めて返す。あまり彼女を警戒させたくないのもあるが、普段の彼女の様子のせいかどちらかと言えば不安がらせたくない、が大きい。あまりに純粋な彼女の姿はまるで子供の様で、魔族に感情移入してはならないとは分かっていても、何か感じるものが無いとも言い切れない。

 神殺し曰く『お前は肝心な所で甘いんだ』などと言われたりもしたが、今回ばかりは否定しきれない部分もある。


「……このまま狙われ続けたらロクに観察も出来ないし……っていうかそろそろ名前あった方が良いよな、物凄い呼びにくいんだが」


「知らないわよそんなの。自慢じゃないけど、私に名付けスキルとか期待してるなら間違いよ。私そういうセンス全く無いから」


「ホントに自慢じゃないな……」


「うるさい」


「あいてっ」


 即座に飛んできた拳に腹を小突かれ、大袈裟に仰け反ったふりをする。メイリアは相変わらずジト目でジークを睨みつけており、その視線から逃れる様にジークは白髪の少女の下へ歩み寄った。

 さて、問題の名前はどうしたものか。当然ジークに凝った名前を付けるスキルなどないので安直な名前になる事は必至だが、どうせなら可愛らしい名前の方が本人も喜ぶだろう。簡単なルーンの意味から見つけてくるか、本人の特徴から持ってくるか、どうすべきか迷う。


「……ぃ、……ぅ?」


「ん、ああいや。君の名前、どうしたものかなってね。名前分からないままじゃ不便だろ?」


「……ぁ、ぁ……ぇ?」


『名前?』と言いたかったのだろうか、少々首を傾げてやっとその意味を飲み込んだらしく、目を丸くする。

 キョロキョロと辺りを見回し、手頃な石を手に取って、付近の壁に擦り付けて文字を刻む。



 ──"なまえ つけてくれるの?"──



 期待を孕んだような視線を向ける少女に向けて頷くと、その顔をぱぁっと明るくする。いつもの幸せそうな笑みを浮かべて、「ぁぃ……ぁ、ぉ……!」なんて言っていて--


「……あぁ、それだ」


 スィーラが持っていた小石を受け取り、石壁に文字を記していく。そこに刻まれた単語の意味は、単純にして明快。笑顔の似合う彼女にぴったりな名前。



 ──『スィーラ(幸せな笑み)』。



「スィーラ。この辺りの言葉で、幸せな笑みって意味だよ。気に入ってくれたらいいんだがな」


 ジークが確認を取るも、彼女は答えない。

 壁に刻まれた文字を眺めて、心の底から幸福そうにその名をなぞる。自らの胸に手を当て、声は出ないものの、小さく何度もその名を口にしようとした。

 そんな彼女の横顔はとても綺麗で、薄汚れた髪や服も気にならない程に美しい。濁った赤眼が潤い、光が射していく。

 彼女が魔族だと忘れてしまうほど、その様は人間らしかった。


 やがて堪え切れなくなったと言わんばかりにバッと振り返り、幸福にその顔を歪めながら、再度その言葉を口にする。



 誰もに嫌われた彼女に、初めて手を差し伸べてくれた少年へ。



 大好きな、彼へ。




 --『ありがとう』と、ただその言葉を。






































 ◇ ◇ ◇





「『影法師』は敗れ、少年という拠り所を得た少女には、幸福と安らぎが訪れた。ずっと寂しかった彼女は、寄り添ってくれる人を見つけてたいそう喜んだそうだ」


 まるで何処かの役者のように、芝居掛かった典型的でテンプレートな声。

 手の中の筋書きを読み上げたソレはペンを取り、新たな筋書きを記しあげる。彼が『楽しむ』と言ったからには楽しませるがソレらの使命。ありきたりで愛おしい悲劇は、ソレらの性根の具現である。


 あぁ愛おしき哀れな君よ、私は君を愛している。


 故に記そう、君の未来を。愛する君の愛する涙を、このエンドの先に築き上げよう。


「--しかし彼女は知らない、『彼』は世界にたった一人。代替など存在せず、そして彼もまた一人になったのだと」


 泣いてくれ。

 鳴いてくれ。

 哭いてくれ。


 その愛おしい声を聞かせてくれ。

 きっと彼は答えてくれる。


 例え世界の全てを敵にまわそうと、『彼』ならきっと君の側にいよう。


「さぁ、典型的にしてありきたりにしてテンプレートな悲劇を贈ろう。涙と不安と恐怖を贈ろう。案ずる事はない、この物語はきっと君に似合う世界になる筈だから」


 記す。

 人間の醜さを。

 本物の愛を。


 愛を。

 愛を。

 愛を。


 あぁ--




「--君は美しい」




未来が、書き換わる──



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