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第13話『ギルド』

  「──誰も居ない」


 時は少し遡り、スィーラ達と別れて暫く歩いた末にギルド支部を訪れたジークを出迎えたのは、無人の完璧な静寂のみであった。

 やはり小さな村とあって、幸運にも設置されていたとはいえ支部となる小屋は本当に小さく、ボロボロだ。扉を押し開いて中を見た直後、無意識に呟いていたその言葉も、誰も居ない受付の奥へと吸い込まれていってしまう。

 外見通り小屋は小さく、辛うじて他の一般民家より大きい程度だ。その土地面積の殆どが受付フロアに使われている割には、見た目で分かる窓口は中央に設置されているたったの一つだけ。成る程、これは確かに受付員も少ないのだろうし、人が居なくてもおかしくはない。


「……なんて、そんな訳ないよな」


 それは、明らかに異常だった。

 確かにジークが現在進行形で踏み締める床板には、長い間土足で出入りしていた結果であろう砂が大量に散らばっている。その砂面にはいかにも最近付けられたのであろう足跡が無数に存在しており、ドアは本体こそ傷だらけだったものの、ドアノブだけは真新しい物に取り替えられているらしい。が、その取り替えられたドアノブにも一つ、大きな傷跡が残っていた。

 恐らくは前のドアノブが壊れでもしたのだろう、ごく最近に取り替えられているのが見て取れた。

 そして、誰も居ないだけにしては明らかに散らかっている。

 砂だらけの床に散乱する書類の類や、乱雑に木箱に押し込まれ、無理矢理に積み上げられた素材類。それらを横目に受付のカウンター裏に回ると、そこには数多の魔石の類のアイテムが転がっている。


「……強盗、は無いな。仮に冒険者達をなんとか出来たとしても、ブツは全部無事。だとすると……私怨か?」


 徹底的に荒らされている内装を見るに、想定できる結論としては私怨による襲撃が一番考えられる。しかしここまで大々的に襲撃されているならば、かなり大きな騒ぎになっていてもおかしくないと思うのだが、しかしここに来る途中の村の住人を見るに、ここまで荒らされたギルドへの関心は一切無い。ジークが易々とこんな状況の小屋に入れてしまったのも問題だろう。

 まるでこの村にとっては、これこそが当然であるかのようだった。


 カウンターから出て、床に散乱する資料の束を拾い集める。それらを重ねてテーブルでトントンと整え、上から順に目を通していく。それらの資料はどれもギルドの運営や依頼書などであったが、かなり多くの頻度で入ってくる幾つかの単語が目に付く。


「……『災禍龍(エリス)』、『星喰い(アルエガ)』、『死腕大鬼(アルコル)──特級討伐対象(Lv.5危険指定魔族)のリストか?……加えて、行き場を失った貧困層による森林移住の危険性に、それらを狙う悪質な奴隷商……ダメだ、これだけじゃ全容の掴みようがない」


 一応その束ねた資料をグシャグシャにならないように畳み、腰に巻いた大きめのポーチに慎重に仕舞い込む。見た所持ち主は居ないようだし、捨てられている所を見るとそう重要視されているようなものでも無い筈だ。

 埃っぽい室内を見渡し、他には何も気になる部分が無いと確認してから、目の前の木製のドアを押し開く。ボロボロのドアを壊さないよう慎重に扉を閉めて、何事もなかったように立ち去ろうとする……が、その足取りも直ぐに停止した。


 気付けば、囲まれていた。

 二十……いや、下手をすれば三十は居るか。それ程の数の男達が、ジークを逃さないように周囲を囲んでいる。その割に武器らしい武器は持っていないどころか、立ち方も構え方も目線のやり方も、何もかも素人。やろうと思えば、十秒と掛からずに殲滅することも不可能では無いだろう。

 ……となればこの者達は、服装から察するにも、この村の住人達ということになる。


 と、村人達の間を割って、一人の男が進み出て来た。


 たった一人他の村人達と違う雰囲気を纏ったその男は、基本的に武器を持たない村人達にしては珍しく、その肩に少し塚の長い長剣を担いでいた。荒々しくも様になったその姿は、追い剝ぎと断定するには違和感が酷く感じられる。

 鋭い敵意を一身に受けつつも、ジークはその敵意と拮抗させるように己の敵意を叩き返した。


「……ここまで大勢で、たった一人の旅人を囲い込むってのは、また穏やかじゃないな。――その佇まい。ある程度修羅場を潜った戦士と見受けるが、何用か」


 下りはしない。僅かな緊張すら心の奥に押し隠し、強気な態度を装って男に問う。相手に主導権を握らせてはならない、あくまでもお互いが対等の存在となるように接する。

 ジークと相対する男はジークの言葉を受けて眉をピクリと動かすと、彼もまた低い声音で、ハッキリと彼らの要件を伝えようとする。


「──ギルドから出て来たな。お前は、ギルドの役員か」


「違う、俺は今さっきこの町に来たばかりの旅人に過ぎない。稼ぎ口を探してここに来ただけだ」


「証明出来るか?」


「俺は元『対魔傭兵(リ・メイカー)』の構成員だ。このエムブレムが証明になる」


 胸ポケットから取り出した、既にシャツからは切り離してあるエムブレムを指して答える。『対魔傭兵(リ・メイカー)』は原則、魔族から人間を守護するだけの平等なる傭兵団として、どこか特定の組織に加入する事を認められていない。それは全世界に既に浸透している事実であり、このエムブレムも『対魔傭兵(リ・メイカー)』以外の者が所持する事は認められていないのだ。

 が、現在のジークは『対魔傭兵(リ・メイカー)』の掟を破った反逆者だ。今頃その資格は剥奪されているだろうし、だからと言って嘆くつもりも無い。


 使えるモノは使う。資格を捨てた身とはいえ、何かしら役立つというのなら何の躊躇いも無しに権力を行使しよう。その決意に未だ鈍りは無い。


 受け取ったエムブレムをしっかりと観察した男は、ジークにエムブレムを投げ返し、「確かに確認した」と一言答えて剣を仕舞う。男が敵意を抑えるその様子を見た村人達も、ホッと安心したように警戒を解いた。

 剣を収めた男は先程と打って変わり、人の良さそうな顔を見せて両手を合わせつつ、謝罪の意を示すように頭を下げた。


「すまんな、いきなり囲んで悪かった。いやなに、丁度最近ギルドの連中といざこざがあったもんでな。ギルドの斥候を見逃すわけには行かないんだ」


「……この惨状も、その結果か?」


 ギルドの内装はズタボロで、とても人が暮らせる環境ではなかった。何事か戦闘でもあったのだろうが、あそこまでやるとなると相当ないざこざがあったのかと興味が沸くのが、人の常というものか。

 ギルド内に血痕らしきものは見つからなかった。となると、特に大きな傷を負ってしまった負傷者は居ない筈だと、軽く息を吐く。


「そういう事になるな。上の方(上層部)は知らないだろうが、今この村と……いや、アルスの街の騎士団長が率いる連合軍は、ギルドは真正面から敵対関係にある」


「何があってそんな事になったんだよ、ギルドと敵対って……よっぽどだぞ?」


 ギルドはその規模だけで言えば、『対魔傭兵(リ・メイカー)』すら軽く越えてしまうほどの大規模な傭兵軍団。個人依頼解決冒険者育成機関『ギルド』は、それはそれは巨大な組織なのだ。

 まず並の国では、対抗すらロクに出来ずに滅ぼされてしまう程に。

 S級からE級冒険者まで振り分けられ、その能力に応じた仕事を依頼するギルドは、常に冒険者の技能を高められるように依頼を勧めていく。それ故に冒険者達の腕の上達も早く、S級冒険者ともなると『対魔傭兵(リ・メイカー)』ですら対抗できない者も少なくはない。


対魔傭兵(リ・メイカー)』にのみ与えられた神話の遺産(アドバンテージ)は、高位の冒険者にのみ与えられたアーティファクト(アドバンテージ)によって打ち消される。


 それほどの大規模機関が敵に回って未だ彼らが無事である事が、ジークにとっては不自然極まりなかった。


「勿論、ギルド全てが敵に回った訳じゃないさ。敵対してるのはギルドの一部だけ──正確には、『唯神教』の息が掛かってる特定の範囲だけ」


「……あぁ、成る程」


 全て合点がいった。理解した。あの『唯神教』が関わっているというのならば、彼らが小規模ながらギルドと敵対するのもおかしくはないだろう。"アレ"に属する狂人達を、決してジークは理解できないししようとも思わない。

 全く、何故あんな宗教が生まれ、今もその勢力を少しずつ拡大しているのかと頭が痛くなる。


 ──しかし、だとすれば間違いなく正義は今目の前に居る彼らにある。情報が足りないながらも、そう断言出来る。


 そして、"アレ"と自分達から戦いを始めるとは考え難い。だとすれば、考えられるのは――。


「……何をされた?」


「……ついて来い。……アンタ、元『対魔傭兵(リ・メイカー)』なんだよな。出来れば、アンタにも力を貸して欲しい。報酬は満足とは言えないが……」


 男が周囲の村人達にアイコンタクトを送り、周囲の人々も一つ頷いて解散する。それぞれ全く別のルートに散っていくが、どうにも帰還命令には見えない。予想するならば、全員が別々のルートから目的地に向かっている。──と考えるのが妥当だろう。

 一つ頷きを返して、男の後に続く。ここまで村の人々が徹底しているとなると、只事ではないのは明白だ。これからのスィーラの安全の確保の為にも、あらゆる手に入れられる情報は頭に叩き込んでおく必要がある。

 その過程で彼らの力が必要になるのならば、彼らに協力しておくのも後の為になる。


「――分かった。出来る限りは、力を貸そう」


 ジークは、一先ずの方針を確定することにした。











 ◇ ◇ ◇















 ──閃光が、爆ぜた。





「――ッ、ぉ"、オお"ぁァッ!」


 左右からギロチンの様に迫る"ソレ"の片側を、即座に腕を跳ね上げる事により、その朱色の刃を煌めかせた槍で弾き飛ばす。軌道のズレた"ソレ"の下に滑り込むように反対側から迫る死を回避し、そのまま地面に槍を叩きつけることにより、反動を生み出して宙に逃れた。

 その衝撃で跳ねた土くれを隠れ蓑に、未だ彼の四方を高速で動き続ける鎖を槍先で弾き、コンマ数秒遅れで彼にその刃を叩きつけようとしていた巨大な鉄塊のような"ソレ"を外させる。


 が、それでも死神は彼を逃さない。


 間髪入れずに天上からドス黒い雨が降り注ぎ、それを直前で察知した彼は直ぐに槍を頭上で高速で回転。黒い雨を的確に弾き落としていく。が、それでも雨は槍を持つ手に触れ、その指にゆっくりと染み込み、雨によって黒く変色した肌を溶かし、溶かされた肌の先に露わになった肉を灼き、ボロボロになった肉塊を削ぎ落とした末に、中枢の骨を侵食した。


 どろり、と『肉だったモノ』が腕を伝い、肩ほどにまで垂れてくる。手に込めていたはずの力は当然のように失われ、槍を持っていられなくなった手はその指の活動を止めた。

 慣性に従って跳ね飛ばされた槍は遥か後方の黒く染まった大地に転がり、壁を失った漆黒の雨は彼の体に降り注ぐ。

 黒の雨は彼の指を溶かした時と同じように、彼の背を、腕を、腹を、足を、顔を、眼を、先程の光景をなぞるようにその肉を削ぎ落としていく。


「っ、が、ぁ"ぁぁぁぁぁぁぁ"っ!ア"、ぁ"ぁ"ぁ"ぁぁぁ"ぁ"ぁ"ッ!?」


 全身から絶えず襲い来る灼熱の感覚と、決して耐える事など不可能だと告げるような激痛に、口から漏れ出た絶叫が辺りを満たしていく。堪らず彼が全身を抱えるように倒れ込み、マトモに神経の通わなくなった体がガタガタと痙攣している。

 辛うじてヒトの形を保っている肉体はドス黒く変色した肉塊だらけで、その姿はあまりに惨い。その殆ど命を失ったと形容しても過言ではない様に死神は慈悲すら与えず、容赦無くその鎌を──いたぶる様に、まだ死なせないとでも言う様に、未だ形をなんとか保っていた左足に振り下ろした。



 ブチンッ!



「――ッ、ぁ"ぁあ、がぁぁぁ"ぁ"ぁぁぁ"ぁ"ぁ"ぁぁぁ"ぁあぁぁぁっ!!」


 左足が、根本から『削り切られる』。

 再度の絶叫と血飛沫が辺りに撒き散らされ、ソレを一身に受けた死神が舌に付着した血液を飲み込んで、ニィィ、とその口を恐ろしく歪ませる。


 ソレに味をしめたかの様に死神は頬に付いた返り血を舐め取り、もう一度、武器とも形容し難い巨大な"ソレ"を振り上げる。


 ブチンッ。


「っ、が、ぁぁぁぁ"ぁ"ぁ"あぁぁ"ぁぁぁぁぁぁぁ"ッ!?」


 もう一度、振り上げる。


 ブチンッ。


「ひ、ぎぁぁ"ぁぁぁ"っ……ぃ、ぁ、……っ。ゃ、め……っ"ぇ……ぁ"め、て、ぐ、ぇ"……っ!」


 もう一度。


 ブチンッ。


「ぉ……ぇ"……っ、ぃ、ぁ……ぁ"……っ、じぃ"、ぁぅ"……なぃ"……ッ」


 もう一度。


 ブチンッ。


「――。」


 もう一度。


 ブチンッ。


「――」


 もう一度。


 ブチンッ。


 もう一度。


 ブチンッ。


 もう一度。


 もう一度。


 もう一度──




「――あァ、うめェ。……久々の食いモンだ、やっとありつけるなァ」


 残虐の死神は、醜くその頬を歪ませる。

 スクラップとなった男の骸の黒く変色した肉を引き千切り、思いっきり頬張り、咀嚼する。一噛みする毎に紅とも黒とも言えないようなそんな何かが口端から数滴こぼれ落ち、死神は己の腕でその液体を拭い取る。

 空腹の腹に、久々の肉が染み渡っていく。肉に染み込んだドス黒い毒は自然と分解され、やがて魔力へと変質し、死神の体を構成する魔力へと変換されていく。


 ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。


 静寂の荒野にただひたすら咀嚼音だけが鳴り、吐き気を催すような悪臭が広がっている。

 が、ソレすら死神は気にも留めず、ただ目の前の食料にのみ意識を集中していた。


 吸収したマナが、四肢に染み渡っていく。

 取り込んだオドが、魂の根源へと統合されていく。


 あぁ、何たる美味か。なんたる美食か。これ程に幸福を感じられる刻が、今この時以外に存在するだろうか。


 堪能したい。味わいたい。ただひたすらに浸っていたい。


 この何物にも代え難い幸福を。

 この何物にも代え難い希望を。





 ──『星喰い(アルエガ)』は今日も、ヒトという命を喰らい続ける。

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