回りだした運命
※歴史を元にしておりますが、フィクションです。
平安時代。
政治はかつての戦いに勝利した、平家一族がおさめていた。
敗北した源氏たちは各地へ逃げ、復習を志す。
ある者は団結し―
またある者は戦略を整えた。
そんな者の中で唯一、復習のために戦うのではなく己の誇りを無くさないために…、信念を守るためだけに命をかけ戦うと決めた男がいた。
その先にどんな結末があるのかさえ知るよしもなく……。
いや、その男はきっと結末を知っていたとしても同じことをしたであろう。
その結末こそが彼の生き様なのだから…
日本列島西部。
数多の妖が住み畏怖され、誰一人として近づこうとしない一際不気味な雰囲気をかもしだす山がある。
頂上には一年中ドス黒い雲が覆い、そこから吹く風でさえも生暖かく気持ちの悪い山だった。
本来、森の中には動物たちがたくさん住むはずだが、この山では生物の気配すらしない。
鳥も―
獣も―
魚も―
『命』そのものの気配がしない。
その山の名前は鞍馬山(※現在の京都)。
木々が生い茂り、鳥のさえずりさえ聞こえない深い山の中で鈍い音が何度も響きわたっている。
その鈍い音の中心には10歳ほどと見える木刀を持った少年と黒い翼を羽ばたかせ、少年のものと同じ木刀を握りしめた2メートルを超える俗に天狗と呼ばれる者が立っていた。
「はぁ……、まったく…」
呆れた口調で天狗が呟く。
「人の身でありながらこうも早く俺の技を覚え扱うとは…」
人とはあきらかに種別が異なる『天狗』という名の生物。いや、生物なんてものではない、妖怪…あるいは怪物だろう。
天狗は目の前の少年を見つめながら語り続ける。
「人間に…ましてやこんなガキに戦い方を教えてなんになるのかと思っていたが、まさかここまでとはなぁ…」
「いいえ、僕なんかまだまだですよ師匠。ただの非力な子供です。これでは平家を倒すことなどできません」
木刀を構えたまま、少年は丁寧に言葉を返す。
どうやらその少年と天狗は師弟関係のようだ。
少年の言葉を聞き、天狗は大声をあげて笑い始める。
「ハッ!ただのガキに俺の技を覚えられるわけないだろう。お前も十分妖の類いだ!」
なぜ人間が天狗に武術を習っているのか。
なぜ天狗は教えているのか。
それは二人にしか分からないが、少なくとも人間よりも強いとされる天狗という妖怪はこの少年のことを認めていた。
「いえ、平家を相手取るのに僕はまだまだ弱すぎます。このままでは守りたいものも守れやしませんよ」
「人間のことはよーわからんな。誉めてんだからおとなしく喜べばいいのによ」
少年は誉められたくて武術を習っているのではない。
純粋に強くなりたいがために習っている。それゆえに天狗に勝てない以上、誉められようと喜ぶことはできなかった。
天狗の言葉を受け流し、少年は笑顔で口を開く。
「フッ、話はここまでにして稽古を続けましょう。僕はもっと強くならないといけない。お願いします、師匠!」
焦っているのか…少年には早く強くならなければならない、と自らを追い詰めているように思える。
木刀をギュッと握りしめると、反対に天狗は緩め木刀をおろした。
「いーや、今日はここまでだ。少し出かける用があるんでな。俺がいないから夜には妖が攻めてくる、そいつらと戦ってるんだな」
この山の妖の正体は天狗が獣を改良したものであり、武芸を積んだ大人でさえ食い殺されるほどに強い。
この山に生物がいない理由はそのためだ。
この天狗はそのような妖達と一晩中戦えとあっさり言い放ったのだ。
それに対して、少年は笑顔であっさりと答える。
「わかりました。いってらっしゃい師匠!」
怖いなどといった感情はなく、むしろ稽古を続けられないことを嘆くようだ。
「おう、……多分…いい土産をもってきてやろう」
そう言い、二人は大きな木の上に自分たちで立てた家に帰っていった。
日が沈み辺りが真っ暗になった頃、天狗はどこかへ飛んでいく。
山には自分でつけた火の明かりだけしかなく、少年は木刀を片手に外へ出ていった。
そのとたんに猪やフクロウなどの見た目をしているが、あきらかに本来のそれとはちがう、周りから妖と呼ばれる類いの獣たちが攻めてくる。
「きたね、君たちのおかげで僕はまた強くなれるよ」
怖がる様子は一切みせることなく、むしろ笑いながら木刀を構えた。
少年にとって、その戦いは稽古の一環なのだ。
少年は木刀で迎え撃つ。
妖達は容赦なく攻撃をするが、少年の速さについていけない。
天狗がこの少年を弟子にしたのもうなずける強さだ。
ー 数時間後。
日が登り初めて妖達がどこかへ逃げていった。
少年も天狗から武芸を習っているとはいえ、さすがにボロボロになっている。
武器を下ろし、一息ついた時に不意に空を見ると天狗が帰ってくるのが見えた。
なにかを担いでいる…。いや、誰かを?
「帰ったぞ!」
天狗は満面の笑みで少年に声をかける。
普通なら返事を返すところだが、驚きのあまり固まってしまった。
我に返り、帰ってきたばかりの天狗に向かって疑問を投げ掛ける。
「師匠?その担いでいる物…いや人はだれですか?」
天狗の担いでいる人物を見るとスヤスヤ眠る自分より3~4歳ほど歳上に見える女の子だった。
「これか?知り合いの子でな、会いに行ってみたらなにやら人間に追われてたからよ助けるついでに持ってきたんだ」
「持ってきたって師匠…それでは誘拐ですよ」
「小せぇこと気にすんなよ。俺は水浴びしてくるからそいつ頼んだぞ」
そう言うと天狗は女の子を少年にまかせて水浴びにいってしまった。
以前から自分勝手だったが、今回のは過去一番のわがままだろう。
少年は早く昨日の稽古の続きがしたかったが、妖が住むこの山で放っておくこともできないのでボロボロの服を着替え、少女の隣で素振りを始める。
「んッ…」
天狗が水浴びに出ていって5分くらいして女の子が目を覚ました。
そのことに気づいた少年は、大丈夫ですか?と女の子に気遣ってやさしい口調で声をかける。
女の子は現状が読み取れないようで、数秒間辺りを見渡した後に少年に恐る恐る質問を投げ掛けた。
「いったい…なにが、…ここはどこ…ですか?あなたは一体…?」
ごもっともな質問だと思ったが、なんと答えたらいいかわからず少し考え、答えを返す。
「うん…何て言ったらいいでしょうか。ひとまずあなたは師…天狗に連れてこられたんですよ。ここは鞍馬山という場所です」
「天狗?鞍馬山?あっ……」
何かを思い出したらく、少女は冷静さを取り戻し、続けて喋り始めた。
「あの方には普段からいろいろとお世話になっておりました。危ない所も助けていただいて」
「そうなんですか。あの天狗とはどういった関係で?…えーと」
名前が分からないので困った顔を作る。すると彼女はそれを察し、
「すみません、私の名前はしずか…」
そこまで言い、急に顔を曇らせうつむかせた。
しかし、すぐに顔をあげると笑いながらさっきの言葉を続ける。
「幼名ですみませんが、鬼若と申します。となりの方にある比叡山(※現在の京都と滋賀県)に住んでおりましたがもう、戻るつもりはないので元服した際に頂いた名ではなく昔の名で呼んでくださいませ」
「元服…大人の方だったのですね。失礼しました。僕の名前は…」
少年が名乗るべく、口を開いた。その瞬間―
「帰ったぞー!少年少女楽しんでるか!?」
天狗が気分よく水浴びから帰ってきた。
少年は顔をしかめながら冷静に天狗に向かって尋ねる。
「師匠…、こうなった経緯を詳しく教えてくださいよ」
すると、天狗は上機嫌で鬼若のことを語り始める。
「ハッ、そいつはな知り合いの坊主の娘なんだよ。その坊主は昔やっかいな鬼を討伐して、それがきっかけで呪われ続けて最近死んだんだが、その呪いがどうやら少ーしばかりその娘に受け継がれたらしく、いろんなものを引き付ける不思議な力を持ってるんだよ」
「はぁ…」
「こいつのいた所では法力ってことで重宝され雨乞いとかに使われててよ、まだ14歳になったばかりなのにいいように使われるのが不憫に思えて連れ出してきたんだよ。だからこいつも今日からここで暮らすことになっから仲良くしろよ!」
次から次へと話す天狗についていけない。
初対面というこちらの気まずさも知らずに、天狗は上機嫌で酒まで飲み始める。
「僕はかまわないけど、そんな彼女の意思も聞かないで…」
冷静な口調で天狗に言うと、隣でずっと黙っていた鬼若が口を開く。
「私は、嬉しかったです。やりたくもないことをやらされ、ましてや好きでもない人に嫁ぐのは嫌だったので。天狗様ありがとうございます。どうか私をここへおいてください」
どうやら少女は天狗の助けが本当にうれしかったらしい。
それだけ以前の生活が嫌だったのだろう。
「ハッ、そーだろ!そーだろ!」
そう言うと、どんなもんだ! といった感じで天狗は少年に向かってドヤ顔を作る。
「はーぁ、まだ昼間といえど寝てねぇから眠くなってきた。俺は寝るわー」
天狗は言いたいこと全て、やりたいこと全てやった後いつもの寝場所である家よりもさらに上にある枝へ向かっていった。
本当はもっと聞きたいことがあったのだが天狗との稽古と妖との戦いで疲れていたので、少年は鬼若に向かって申し訳なさそうにしながら笑みを浮かべ、口を開く。
「すみません。僕もさすがに疲れて眠いので寝させてもらいます。ご自由に使ってもらってかまわないので気楽にしてください」
「あ…はい、ありがとうございます。お言葉に甘えてお世話になります。お休みなさいませ」
少女はとても礼儀正しかった。
少年が背を向け部屋へ向かおうとすると、なにかに気づいたように鬼若が焦って尋ねてくる。
「すみません、まだお名前を伺っておりませんでした。」
「あ、そうだったね」
師匠に邪魔をされすっかり忘れていた。
少年は鬼若の方に振り向き、眠そうな顔を一切みせず満面の笑顔で名乗のる。
「僕の名前は 牛若丸 っていいます。これからよろしくおねがいします。」
そうして、鬼若の前を後にし寝床へ向かった。
ー 翌日
牛若丸が朝早く起きると昨日話し合っていた場所に鬼若が座っており、その隣には果物と焼き魚がおいてあった。
「おはようございます。牛若丸様」
鬼若が明るく挨拶をしたが、牛若丸は驚いた顔を見せる。
(この魚は…)
「ただでお世話になるわけにはいかないので、これくらいのことはやらせていただきますわ」
鬼若は笑顔で牛若丸に言った。
だが、牛若丸が驚いていたのは朝飯が用意されたことではなく魚があったことだ。
果物ならともかく魚は山を中腹まで下らないと生息していない。
そして、天狗がここにいるおかげで現在ここには来ないがこの山には妖が数多く出る。
その中で1人で中腹までいき魚を取ってきたのだ。
「よく…川までいけたね。僕でも1人でいけるようになるのに1週間かかったよ」
牛若丸は驚きを隠せず、言葉に疑問を含める。
「私これでも多少は武の心得があるんですよ。父上には止められましたが少し天狗様に教えてもらっていました。」
「なるほど、どうりで」
牛若丸が納得すると同時に天狗が入ってきた。
「おはようございます、師匠」
「おはようございます、天狗様」
「おう…お、旨そうじゃねーか。そいつ食ったらすぐに稽古つけてやろう」
「よろしくお願いします、師匠」
牛若丸が元気よく言うと鬼若がすぐに口を開く。
「天狗様、牛若丸様、私もどうか稽古に混ぜて下さいませ」
その言葉に牛若丸は驚きを見せる。
「え…」
「天狗様がせっかく自由になる機会をくれたのです。なので、私はなんにでもできる力を身に付けたいのです」
まっすぐ目をみつめて理由を説明すると、牛若丸は笑顔をつくり言葉を返した。
「なるほど、では一緒に頑張りましょうか!」
「1人に教えるのも2人に教えるのもそう変わらんからな、じゃあやるか。少しまってな」
天狗はそう言い、上の方へ飛んで行きすぐに戻ってくる。
「ほらよ」
天狗は鬼若に木造の薙刀を手渡した。
「お前はただの木刀よりそいつのほうがいいだろ」
鬼若はうれしさから頬を上げる。
「ありがとうございます、天狗様」
「お前ら試しに二人で打ち合ってみろ」
『え…』
二人は驚いた顔でお互いを見合わせる。
てっきり二人で一緒に稽古をするのかと思いきや、打ち合えと言われ戸惑いを隠せない。
外へ出て、お互いに現状を理解できないまま武器を構える。
天狗はいつもの上機嫌な口調で牛若丸に言った。
「女だと思ってるとやられっぞー、昨日言ったとおりそいつにゃ鬼の力が宿ってるからな」
そう言われると牛若丸は大きく息を吐き出し気を引き締める。
すると、それに合わせるように鬼若も凛とした雰囲気で薙刀を構える。
「んじゃ、始めるぞ」
『…』
合図を無言で待つ。
「始めい!」
掛け声とともに戦いが始まった。
最初に動いたのは牛若丸。
本人は謙遜しているが彼の速さは天狗でさえ天才と認めるもので、あっという間に鬼若との距離を詰めた。
「突き!」
「ッ……!」
鬼若はかろうじて薙刀の持ち手で防いだ ー
が、すぐさま牛若丸の追撃が来る。
牛若丸もさすがに女性の顔を傷つけるのに気がひけ、背後に回り肩と足に一撃ずつ打ち込んだ。
――これでとどめ…。
牛若丸がそう確信し先ほど防がれた突きを再び放とうとした時、ガギリと鬼若は歯を噛み締める。
そして、天狗から渡された大きな薙刀で女性とは…ましてや14歳の女の子とは思えない力で凪ぎ払った。
「くっ…ッ…」
牛若丸は木刀で防いだが見事にへし折られ、5メートル以上弾き飛ばされる。
すぐさま立ち上がった牛若丸だが武器を失っている。
「油断したな…勝者 きじゃ…」
終了の合図をしようとした天狗だが口をふさいだ。
まだ、牛若丸は負けを認めていないし武器を折った鬼若でさえ勝った気をいだいていない。
「やっぱり、僕はまだまだですね。フゥー…」
牛若丸はそう言うと折れた木刀の柄を鬼若の方へ向けた。
――なにか来る!
鬼若は矛を構えて警戒するが、次の牛若丸の言葉を聞き驚いほうけてしまう。
「この勝負、僕の負けですね」
牛若丸は笑いながら負けを認めた。
鬼若はキョトンとした顔で牛若丸をみつめる。
天狗も数秒驚いたのち、牛若丸が本来なにをしようとしたのかを理解し、にやけ顔で試合終了の宣言を放った。
「強いですね、鬼若さん。これからの稽古もさらに楽しみになりましたよ」
「え…あ、いえ、そんな。こちらこそ。これからお願いいたします」
お互いに打ち解けたように話合い、ケガは大丈夫か?などと確認した後に天狗の元へ歩いて行く。
「試合も終わったことですし、稽古を始めましょう!師匠!」
「元気だなーお前ら。よっしゃ!やるか!」
天狗はそう言うと新しい木刀を牛若丸に持たせて稽古を始めた。
牛若丸はこれから鬼若と共に己の力を極めていくことになる。
何者にも負けず、屈しない力を…。
○ ○
鬼若と一緒に天狗から武芸をならい始め早くも2年の月日がながれた。
少したくましくなった牛若丸が天狗と打ち合っている。
その様子を家の中から鬼若が観戦している。
以前のように天狗にはふざけるような余裕はない。真剣に牛若丸を相手にしている。
次の瞬間、ガツン!と鈍い音をたて牛若丸の一撃が天狗の腹部を捕らえた。
「…あーぁ、クソ、とうとうやられちまった」
天狗は悔しいそうに言ったが満足そうな表情をしていた。
「師匠…ありがとうございました!」
牛若丸は涙を浮かべてお礼を言う。
牛若丸は天狗から一本とれるほど強くなったら自分の野望を叶えるため旅に出ようと決めていた。
「行くのか…?」
天狗はにやけながら言ったがどこか寂しそうに聞こえた。
「はい。今夜にでも出発しようと思います」
「当てはあるのか?」
「はい、平家を敵にまわすためまずは平泉(※現在の岩手県)へ行きうちの母がお世話になった藤原秀衡という方を頼りたいと思っています」
話し合いながら二人は鬼若のいる家に帰っていく。
「お疲れ様」
鬼若がやさしい口調で天狗と牛若丸をいたわる。
すると、まっすぐな表情で牛若丸は口を開いた。
「今夜にでもここを出るよ。これまでありがとう鬼若」
「…うん」
「…他に言いたいことがあったけど、なんて言ったら分からないや」
「…うん、頑張ってね」
「ありがとう 本当に…」
鬼若にお礼を言った後、牛若丸は荷物をまとめるため自分の部屋へむかっていく。
「本当に人間てのはわからんな。言いたいことあるなら言えばいいのによ」
天狗が呆れた口調で言い、にやけながら続けて語り始めた。
「鬼若、お前もついていくんだろう?」
「はい、断られても無理矢理ついていきます。だって私は自由に生きるためにここに来たのですから」
「ハッ、さすが。真面目すぎる堅物だが、あいつを…弟子を頼んだぜ、鬼若」
「はい」
鬼若が元気よくうなずくと自分を連れていってもらうための作戦を天狗に伝える。
天狗は声をあげ笑うとそれを承諾し、食料と大切なとある物を渡し鬼若をとある場所へつれていった。
少しして荷物を持った牛若丸が降りてくる。
「あれ?師匠、鬼若はどこにいるんですか?」
鬼若のことを天狗に聞くと用事で山のふもとへ言っていると教えられた。
「そう…ですか。きちんとあいさつをしておきたかったんですが」
牛若丸が少し悲しそうな顔をすると天狗が少し照れながら刀を渡してきた。
――軽い…!
「その刀は俺の羽で作ったもんだ。お前は非力だから、木刀より軽い刀のほうがいいだろ。俺から一本とった祝いだ」
牛若丸はその刀をみた後、深くお辞儀をしてお礼を言う。
「ありがとうございます。師匠。長い間、本当にお世話になりました。」
牛若丸は目を輝かせ、続けて口を開く。
「この先、自分の名前が広まるということはあなたの力が認められるということと同じことです。そのことを楽しみにしていてください」
「ハッ、まぁ期待しとくか。俺が教えたんだ、負けんじゃねーぞ」
「はい!行ってきます!師匠!」
元気よく別れの挨拶をする。
そして牛若丸は振り向くことなく、天狗から貰った刀とずっと使っていた木刀の二本をこしに携え山を降りていった。
ー五条大橋(※現在京都 鴨川をつなぐ橋)
その場所で鬼若は天狗から貰ったある物を見ていた。
それは自分の身長よりもはるかに大きい矛。
天狗曰く、鬼若の父が倒した鬼の角を素材にした矛らしい。
――牛若丸様、はやく来ないかなー
鬼若は牛若丸が通るであろう場所で待ち伏せをしていた。
近くのお店で長い布を買って顔に巻き、趣味の笛を吹いて橋の手すりに座っている。
笛を吹き始めて15分くらいして橋の向こう側に見覚えのある影が見えた。
――来た!
鬼若は顔を布で覆い隠し、貰った大きな薙刀を構えて牛若丸の前に飛び出す。
そして、声を可能な限りこもらせ話しかける。
「ここを通りたければ、わた…俺と戦え!お前が負けたらその腰についた刀をもらうぞ!」
すると、それを聞いた牛若丸に全く臆した様子は見えず、むしろ喜んでいるようだった。
「知らない人と戦うのは久しぶりです。では、勝ったら通ってもいいのですね?」
「もちろん!俺が負けたら家来にもなってやろう」
「…?…わかりました。では、全力でいきます」
牛若丸は刀ではなく木刀を構える。
すぐさま顔を隠した鬼若は隙だらけに牛若丸めがけて突っ込んでいった。
もちろん牛若丸は見逃さず顔面めがけて一撃いれた。
「いったぁ、参りました」
声を変えることなく女性らしいこえで負けを認めた。
牛若丸もその声を聞き、驚いた口調で口を開く。
「まさか、その声は…」
「フフッ、ごめんなさい牛若丸様。」
「鬼若?なんで…」
「私も連れていって欲しくて。でも普通にいったら断られると思って」
「それはもちろん。自分の好き勝手に巻き込むわけには…」
「戦う前にあなたが勝ったら家来になると言いました。だから連れてってもらいますよ!」
笑いながら話す鬼若はさらに続けて語り始める。
「私は、自分で決めてここに来たんです。自由になって一番やりたかったのはあなたと一緒に強くなることです。だから、私はあなたの家来になってでも一緒に行きたいです。あなたをお守りしたい」
「鬼若…」
「お願いいたします!牛若丸様!」
「…」
「たとえどんな目にあおうともあなたに従え、数百数千の矢が飛んで来たとしても必ずあなたをお守りいたしますッ!」
鬼若の真剣な眼差しを受け、牛若丸は半場おされるように承諾した。
「フゥー、わかったよ鬼若。一緒に行こう」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言った後、鬼若は最初巻いていた布をまた着けて牛若丸にお願いをする。
「旅をする以上、女であるとわかるといろいろ不都合なので顔を隠す無礼をお許しください」
確かにこのご時世では女性が旅をするのは大変危険なことだ。
「なるほど…気遣いありがとう。わかったよ」
牛若丸はこれからのことを考えてくれていた鬼若に礼をいい、続けて話す。
「正直、君は僕よりも強い。それなのに家臣でいいのかい?」
「もちろんです。今の私がいるのは助けてくれた天狗様と一緒に稽古をしてくれたあなたのおかげですから」
鬼若は笑顔で牛若丸の質問に答えると再び口を開いた。
「そして、鬼若は幼名なので旅に出るにあたり新しく名前を付けました」
そのことを聞き、なるほどと頷き鬼若に尋ねる。
「そうですか。それで、なんて名前に?」
牛若丸に尋ねられた鬼若は天狗から貰った矛を構えながら答えた。
「弁慶……武蔵坊弁慶です。これからはそうお呼びください。」
その言葉を聞き、鬼若の目を見つめて明るい口調で返す。
「弁慶…カッコいい名前だね。うん、わかった。これからもよろしく弁慶!」
弁慶は顔を布で覆っていたが、喜んでいるのが伝わってくる。
―この時の戦いが後に伝えられる、牛若丸が怪力無双の武蔵坊弁慶を打ち負かし家来にしたとされる決闘の話である。
五条大橋を後にし、二人の長い旅が始まった。
これから先たくさんの仲間と出会い、別れがあり数多の敵と巡りあうだろう。
乗り越えられない障害も出てくるだろう。
ただ、どんなことが起きようとも、どんなことをされようとも牛若丸の心を折ることはできないだろう―
どんな強い敵が立ちはだかろうとも弁慶は倒れることなく主を守り続けるだろう―
それは彼らが旅に出ると決めた時に揺るがぬ意志で覚悟したことなのだから。
流れは故意に変えていますが、地名や本来の歴史は間違えているかもしれません。初めて書いたので読みづらいところや意味のわからないところが多々あると思いますがよろしくお願いします。