スモウ・ファイター
今回の投稿は某所で開催していた「次回Web投稿作品選定コース」に支援頂いたぶんさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
久しぶりに読み返したら掛け合いがぎこちなくて困った。(*´∀`*)
今更ながら、我がサラダ倶楽部は奇妙な部活である。
何せ、まともな部員が俺一人しかいない。変人ばかりが集う中で、常識人な俺ばかりが割りを食ってバランサー役を務める必要があるのはなんの因果なのか。前世で何か罪を犯したと言わんばかりの業を感じる。
遠くから見ればハイスペックな連中である事は認めざるを得ないのだが、近寄ると騙し絵のようにおかしな部分が目立つ。偶にクラスで部員の噂を聞けば、そいつはどこのどいつだと言いたくなってしまう。
たとえば、本性を知らない奴が『高堀っていいよな』と言う度に、自然と優しい笑顔になってしまうのはもう日常である。もちろん紹介してくれと言われても御免被るし、特攻しそうな奴がいれば止めるのが友情というものだろう。ここに根津は含めないものとする。
そんな二面性を持つ変人か、あるいは二面性を持たない変人ばかりが集うサラダ倶楽部ではあるが、中でも特に二面性の激しい奴と言えば大体が口を揃えて同じ名前を挙げるだろう。ハムだと。
基本的にサラダ倶楽部というのは渡辺か高堀が周囲の人間を巻き込んで創られた部活なのだが、そんな中にあってハム……北大路公人は自分から入部してきたという珍しい経緯を持つ。キュウリも似たようなものであるが、あいつの場合は部活に顔を出す事すら稀なので幽霊部員のようなものだ。本当の意味で幽霊部員なシーザーや、存在自体が幽霊みたいなブロッコリーもいたが、深く考えるとドツボに嵌りそうなので思い出さないようにしている。
-前-
ある日、いつものように部室に行くと、力士がいた。
「……何やってんの、お前」
「四股踏んでるでござる」
それは見れば分かるが、いやに堂に入った動きだった。ウチは相撲部ではないし、そもそもこの高校に相撲部はないのだが、経験者ならきっと現役の力士と間違えるだろうと思うほどに。まあ、突然奇行に走るのはこの部活では珍しい事ではない。
「とうとうスカウトでも来たのか? プロの世界は厳しいらしいぞ」
「いや、拙者微妙に身長が足りないので、力士は無理でござるな」
適当なボケにマジ返しである。横にでかいからあまり感じないが、俺より背低いんだったか、こいつ。
「体重なら問題ないのでござるが」
「その体重で四股踏まれるとうるさいから静かにな」
「そこは何故四股を踏んでいるのか聞くところではなかろうか」
まさかのツッコミ要求である。こいつは漫才の基本を分かっていないのか。
……あんま興味ないんだけど。でも、まだ誰も来てないから、少しくらいなら余興に付き合ってもいいかもしれない。ござるござるうるさいのはどうしようもないにしても、中身は割と常識人なほうだし、岡本がいなければそこまでウザくもない。ピンでは成立しない存在なのだ。
「ならば聞いてやろう。さぞかし面白い話を聞かせてもらえるんだろうな」
「レタス殿が無茶振りをするでござる」
「聞けと言ったのはお前だろうが」
というわけで、期待していたわけではないが、ハムの自分語りが始まった。
「昔、昔あるところに野見宿禰という者ありけり……」
「そこまで遡るのかよ!」
確かに力士の祖ではあるが。自分語りどころか日本の歴史と言ってもいいスケール感である。まさか自分が野見宿禰の末裔とか言い出すんじゃないだろうな。
「なんやかんやあって、相撲文化が定着した頃……」
「すげえ適当になった」
野見宿禰まで遡る必要はあったのだろうか。
「川の上流から巨大なトマトがドンブラコーと」
「トマトちゃんじゃねーかっ!!」
いきなり話が変わってしまった。一切相撲と関係がない、サラダ倶楽部内でのみ通用する創作だ。
「トマトちゃんとお前が四股踏んでる事に接点なんかあるわけないだろうが。もし関係あるとしても回りくどすぎるわ!」
「無茶振りに合わせて、適当に言ってるだけだから当然でござるな」
知ってた。
「関係ないが、トマトちゃんって相撲は弱そうでござるな」
「手足細いし、バランスは最悪だからな。基本的に火器頼りなところあるし」
むしろ、なんで二足歩行できるのか謎なレベル。何故か作られてしまったフィギュアもそこら辺苦労したらしい。トマトの中身がすっからかんでないと直立できないそうだ。原作のトマトちゃんも中身ないんじゃないかってくらい行動に中身がないが、ひょっとしたら空洞なのかもしれない。きっと、振ると音がするのだ。
「まあ、トマトちゃんは本当に関係ござらん」
「理由言いたくないのなら別に言う必要はないぞ。ぶっちゃけそこまで興味ないし」
聞けと言われたから聞いただけなのだ。しばらくすれば誰か来るだろうし、部室に入っていきなり四股踏んでる奴がいたら、その内の誰かは興味は引かれるだろうさ。
どうしてもというなら、四股じゃなくて岡本相手に百烈張り手してもいい。パンチボタン連打だ。
「あいや、待たれい。暇潰しがてら、ここはちゃんとサラダ倶楽部参謀たるレタス殿にも説明をですな」
「言うならさっさと言え」
暇潰しなのはどうでもいいとして、まったく関係ない話を振られても反応に困るのだ。単に回りくどい説明なのか判別が難しいのも困る。あと、勝手に参謀にするな。
「あれは、そう……拙者がまだロースではなく、ボンレスだった頃」
「野見宿禰よりは最近になったな。というか、どの道ハムじゃねえか」
「拙者、小学生の頃にはすでにハムと呼ばれていたが故に」
「名前そのままだからな」
サラダ倶楽部に入る前からお前がハムなのは知っている。『公』の文字が入ってるとハムになるのは宿命のようなものだ。こんな田舎だろうが引っ越し元の東京だろうが同じである。
「ともかくその頃、レタス殿はピーマンだった」
「呼ばれた事ねーよ!」
サラダ倶楽部にピーマンはいない。もちろん俺の旧名でもない。
「そんなピーマン殿を丹精込めて育てたピーマン農家の田代氏が、近所の子供相撲大会の幹事になったわけでござるが」
「やっぱり、俺は関係ないじゃねーか」
端々の単語を無理矢理拾って繋ぎ合わせただけにしか聞こえない。極めて無駄な回り道である。もちろん、田代氏が俺の育ての親という事でもない。誰だよ、田代さん。
「拙者、近所付き合いという事で半ば強引にその相撲大会の手伝いをやる事になったでござる」
「四股を踏む見本とか?」
「いや、ゲスト参加してなんかやれと言われたので、思いついたのがコレだったというわけでござるな」
超普通な内容だった。最後の部分だけでいいし、意外性も面白味もない。面白いのは四股踏んでるこいつの絵面だけだ。やけに様にはなっているものの、出し物としては正直かなり地味と言えるだろう。
普通に説明しただけでは面白くないから、ハムなりに考えた末の言動なのかもしれない。超無駄な努力だ。
「確かに似合ってはいるな。小太りだし、競技的にも瞬発力重視なお前向きだし」
「拙者、動けるデブを自称しているが故に」
「その見た目で実際に動けるのが困る」
パッと見、運動できないぽっちゃり系男子にしか見えないハムだが、その実結構な運動能力を持つ。
長距離走どころか100メートル走ですら失速するものの、50メートル走はかなり速いし、ボクシングも1R……1Rの半分くらいなら武闘派なキャベツとだって打ち合える。基本短期決戦な相撲はかなりハム向きのスポーツと言えるだろう。欠点は体力がない事だけだ。運動センスだけならドレッシングに次ぐんじゃないだろうか。
尚、ここまで体力に難があると心臓に何か疾患でもあるような伏線に見えなくもないが、本人はまったくもって健康である。
「というわけで、レタス殿は何か出し物のいいアイデアないでござるか? いつかの適当な連想ゲームでトマトちゃんを生み出したが如く」
「そりゃまあ、確かにアレ……コレは適当なアイデアで誕生したもんだが」
棚の上に飾られているトマトちゃん人形にデコピンしてみた。起き上がり小法師のトマトちゃんなので、そのまま起き上がってくるのが実に不気味だ。細い足が千切れそう。
コレも実際ただの雑談の延長だからな。曲りなりにもちゃんとした形にしたのは岡本だし、俺は口を出しただけだ。キッカケではあるかもしれないが、間違っても原作者扱いはしないでもらいたい。俺は部室の色んなところから見つめてくる半笑いトマトの生みの親ではないのだ。……なんでそんな棚の隅から窺うように配置されてるんだよ。
「俺じゃなくてキャベツでもいいだろ。トマトちゃんより有名だぞ、スジモン」
「無駄に一部で知名度上がってるでござるな、スジモン」
ブログの写真だけだと判別できないが、アレ、地味に俺に渡されたロムっぽいんだよな。怒られそうだから言うつもりはないが。
「奴にも聞くつもりではあるので、とりあえずはレタス殿なりの意見を頂きたい所存」
「……デブモンとか?」
「スジモンから離れるでござる」
ネタの幅にはそのスジの人に限定されるスジモンよりは幅広いと思うのだが、聞かれているのは出し物の意見だった。
「言われてみれば、相撲で出し物って思いつかんな」
「であろう? 拙者困ってるでござる」
「相撲って地味だしな」
それこそ、ハムがやっていたように四股くらいしか思いつかない。塩撒いたりしても意味不明だし。
祭事としての面も大きいが、競技的には半裸の力士がぶつかるだけとも言える。もちろんルールは色々あるが、どうやったって絵ヅラは地味なのだ。地元の相撲大会でやる見世物用にアイデアと言われても無理があるだろう。
「おもむろにその田代さんを投げ飛ばして、その上で四股踏んでやれば盛り上がるんじゃないか?」
「いきなりめっちゃバイオレンスでござるな」
間違いなく子供たちの記憶には残るだろう。トラウマと呼ばれるものになってしまう可能性もあるが。
「サラダ倶楽部から誰か連れて行って、ドッキリの看板を出せば問答無用で成功だ。そのまま帰ってしまえば、意味不明な空気を演出して終了できる」
「勢いだけでござる」
「お前、この部活に勢い以外の何を期待してんの?」
無茶振りしてきた相手に引導を渡すという、ある意味子供たちへの教訓を含めた出し物だ。不意をついた短期決戦になるだろうから、ハムはうってつけの役である。
「ノリと勢いがあればなんとかならなくもないでござるが、拙者ピン芸人としてはいまいち故に援軍が欲しいところでござる」
「じゃあ、追加ゲストとして誰か連れていってぶつかり稽古でもやれよ。キャベツとか」
「子供が泣くでござる」
絵ヅラ的には犯罪そのものだな。本人が純正のロリコンというのもあって、冤罪と断言できないのも問題である。ちなみに俺はパス。
「だいたい、盛り上げる必要ってあるのか? 言っちゃなんだが、近年の相撲人気って斜陽だろ? 参加する子供とかいないんじゃ……」
「居た堪れない空気になるという問題が……」
参加者としては問題だな、確かに。
「昨今の少子化も響いてるのか、参加者はかなり少ないようでござるな。大の相撲ファンな高齢者たちが無理矢理続けているようなイベント故に」
「ぶっちゃけ、俺も興味ないな」
「拙者もでござる」
お前もかよ。だったらなんでこの話振って来たんだよって感じなんだが、イベントに出るからだよな。本人は巻き込まれただけだから間違ってもいない。
「テレビでも相撲とか見ないしな。今の横綱って誰だっけって感じだ。爺さんとか良くチケットもらってくるが、俺は見に行った事もない」
「ウチは結構見るものの、メインは時代劇ですな。国技館に見に行ったのも数回でござる」
そんだけござるござる言ってるならチャンネル的には見てそうな気はするな。こいつの場合、この部活の時限定の謎のキャラ付けだが、戦国武将とかには異様に詳しかったりするし。
「日本ならではって感じで外国人の観光ルートに入ってたりはするんだろうし、実際そういう人気はあるんだろうが、それで相撲始めますって奴いないしな」
「競技人口の問題は大きいでござるな。国際化してるといっても、実質的にプロの土俵が日本にしかないのも厳しい。……ところで、拙者上手い事言ったつもりでござるが」
「うるせえよ」
なんでツッコミ待ちなんだよ。そこはスルーするのがいいんだろ。期待するような眼差しを向けるんじゃない。
「根本的に人気出ない要素揃ってるし、それが人気や競技人口増加の妨げになる事も分かってるんだろうが、変えようがないってのは厳しいよな」
「そりゃ伝統芸能であり、国技でもありますからな」
「本当は国技でもなんでもないんだが」
「それを言い出したら日本の首都は東京ではござらんし、国号すら曖昧でござる」
多くの日本人……いや、外国人を含めても日本の国技ってなんだという質問をしたら、大半が相撲と答えるだろうし、実際そこまで間違ってもいないんだが、日本に法令で定められた正式な国技は存在しない。
ハムの言うように東京は首都機能があるだけで首都ではないし、国の名前も「にほん」か「にっぽん」かはっきりしていない。結構曖昧なのだ。首都に関しては京都の人たちが怒るからって話は聞いた事がある。
相撲に関しては認識の上では国技だろうし、事実上そう扱われているわけだが、だからこそテコ入れも難しいって部分はあるだろう。いきなり来年から髪型自由ですって言われても違和感がものすごい事になりそうだ。モヒカンとかリーゼントみたいな奇抜な髪型でなくとも、単に坊主だったり肩まで伸びたストレートヘアでも別物に見えてしまうはずだ。サラサラヘアーが靡く土俵入りとかあんまり見たくない。
「競技自体は割とシンプルで分かり易いし、別段特別な道具も必要ないのに、じゃあプロ力士を目指すって子供はほとんどいない。クラスで力士志望の奴なんていた試しがないし」
「拙者もネタで言われるだけでござるな。そもそも、この高校でプロのスポーツ選手目指している奴がいるのか疑問でござるが」
「まあ、いないわな」
野球は少しだけ強いから、大学野球経由してそれからってコースならありそうだが、そんな話も聞いた事はない。
身近なところだと、キュウリの奴はやろうと思えば水泳の実業団チームには入れるかもしれないが、本人はその気なさそうだしな。全国レベルで飛び抜けているわけでもないみたいだし。
「華やかなプロ興行は他に色々あるし、収入的な面でもそこまで飛び抜けてるわけじゃない。……横綱で年収数千万だっけ? それだけ聞くと高そうに聞こえるけど、マジで狭き門ってレベルじゃないからな」
「複数人いる事のほうが稀でござるし、いない時期もあるでござる。歴代で七十人くらいしかいない時点で狭き門なのは明白でござるな」
「野球やサッカーなら何人いるんだよって話だよな。しかも、そっちは似たような一握りのトップを見れば億超えだ」
その道を極めた限界、到達点としてはあまり高くは感じない。どちらも狙える身体的才能があったとしても、金が目的なら野球やサッカーのプロを目指すだろう。
ぶっちゃけ大企業の幹部クラスも似たような報酬で働いてるし、人数だって比べ物にならないほど多い。もちろん全体から見れば一握りだし、運や才能は必要なんだろうが、それはスポーツの世界も同じだ。どちらも凡人が目指すようなものではない。
この学校に通っている者の大半はこのまま大学に進んで、就職して、適当なところで結婚して、そのまま静かに暮らしていくのだろう。俺の人生設計的にもそんな感じである。
幸い実家のコネは広いほうだし、結婚のあてもあるし、よほど問題がなければそのコースに乗れそうではあるから問題ない。不安なのは、昔の縁でサラダ倶楽部出身の誰かに巻き込まれないかという事くらいだが、一番の劇薬なドレッシングはニート志望だし、行く先々で嵐を呼ぶ部長は近くにいなければ問題ない。……こうなると、不安要素は岡本だな。何やらかすか分からん。巻き込まれないようにしないと。
「つまり、お前が何しようが相撲業界は盛り上がりようがないって事だな」
「うむむむ……」
何がうむむむだ、別にどうでもいいと思ってるくせに。
「好きでないと目指さないような世界なのに、太るのはともかく、髷を結ったり、マワシだけで公衆の門前に出たり、同じ半裸の巨漢に接触したり、憧れるにはビジュアル的ハードルが高いのがネック。しかも変えようがない」
「変えようと言い出しても、反対派は多いと。相撲界の未来は八方塞がりでござるな」
国の支援がある限りは、伝統芸能として細々とやっていくのは問題ないだろうが、子供たちの憧れの職業になるのは無理があると言わざるを得ない。
「動画でネタにされるエクストリーム相撲なら」
「編集でエフェクトでもかけるのか?」
それくらいなら不可能ではないだろうが、飛んだりエネルギー波を撃つのは無理ってレベルじゃねーぞ。そんな世界観だったら相撲だけがエクストリーム化してるわけもないだろうし。……具体的にはテニスとか。
「ヒット漫画があれば、裾野は広げると思うんだが」
「それはどこぞの少年誌に喧嘩売ってるでござるか?」
「そのジャンルといえばそれって言えるほどのヒットじゃねーだろ」
大体、作品の数自体が少ないのだ。題材にし辛いだろうなとは思うが、母数が少なければ名作だって生まれ難いだろう。
この手の話で必ず挙げられるのはサッカーだが、アレほどとは言わないまでも国際的に人気が底上げされるような作品があれば話は変わってくるかもしれない。それを見て相撲取りになるって思えるくらい。
「ゲームもそこまでのヒットはないしな」
「そもそも数が少ないでござるな」
相撲を題材にして、いざゲームに落とし込むとなっても、競技的にシンプルなのが足を引っ張ってゲーム的な要素に落とし込める部分が少ない。ビジュアル的にもやはり手は出づらいだろう。
ジャンルで考えてもアクションにするには地味、育成ゲームくらいが限界だろうか。相撲部屋を作ろう!的な。……でも、育てるのが力士じゃな。
「育成するにも華がないのは問題だな。根本的にバリエーションが狭すぎる」
「昨今の流行に乗っかって女体化してギャルゲーとかどうでござろうか」
「力士の女の子育てんの?」
歴代の横綱たちが特徴を残したまま可愛い女の子に!
ないとはいわんが……完全にネタ枠だな。色物の域は出そうにない。つまり、ヒットは無理。創作ならいくらでもルールを捻じ曲げられると言っても、元の題材だけに限界はあるだろう。
「マワシ着けた女の子に興奮するのは性癖拗らせ過ぎだろ。しかもそれ一択って」
「拙者もまるで興味が湧かないでござる」
ギャルゲーの攻略対象の一人が力士系女子だとしてもネタで許される範囲な気はしなくもないが、決してメインにはなれない立場だ。
設定も問題だろう。広く女子相撲が浸透している世界観ならまだしも、それがメインでなければ意味不明過ぎる。かといって良くある男装系キャラの路線を狙おうにも、力士の格好で性別誤魔化せるとか、周りの目が心配になる状況だ。世の中には巨乳を隠しもせずに男装してる設定のキャラもいるわけだが。
「やはり、女子相撲は無理があると言わざるを得ない。相撲はやっぱり男のスポーツだろ」
「さすがのポリコレも棒で叩いてきたりはしないと思いたいでござる」
土俵に上がれない事に文句を言ったりはしてたが、さすがに男女平等にして女子相撲を展開しろとは言わないはずだ。いや、目に映るものすべてに噛み付く奴らなら、あるいは……いやいや、ねーよ。
「とはいえ、現実の縛りが多い以上、そこに手を入れるなら創作物一択だな。それでも女子相撲はハードル高いから、やはり男子メイン……」
「熱血モノ路線でござるか」
「いや……ここは乙女ゲー路線で、イケメン大相撲ってのはどうだろうか」
「奇想天外にもほどがあるでござる」
そうだろうか。高堀や岡本が話しているのを聞く限り、無茶な設定の乙女ゲーも多いはずだ。攻略対象はみんなイケメン力士でも、そこまで突飛じゃないんじゃなかろうか。
半裸というだけなら水泳でもいいが、相撲にはその格好でぶつかり合うという特色がある。イケメン同士の肌と肌のぶつかり合いが見れるならと手を出すかもしれない。健全なパンツレスリングのようなものだ。
「となると、突如相撲部屋の運営を任される事になった少女が主人公だな。ここは無難に女子高生で」
「資格とかいるはずでは?」
「そこら辺はファンタジーって事で無視する」
「いつものレタス殿のノリになってきたでござる」
俺のノリってなんやねん。
「ぶつかり合う半裸の男たち、少女漫画的なキラキラも自然に演出できて超便利」
「結晶化した汗でござるが、ものは言いようですな」
謎のキラキラ演出よりは理由があったほうがいいと思うんだ。
「しかし、攻略対象が太ましい連中ばかりというのは……いや、その主人公がデブ専というなら分からなくもないでござるが」
「主人公はそれで良くともプレイヤーが同調できるかは別だしな。イケメンを名乗る以上、痩せたら格好いい的な扱いじゃ詐欺みたいなもんだし」
力士が太っているのは、それはそれで意味があるのだ。相撲という競技は、基本的に重いほうが有利なのである。というか、格闘技全般に言える事だが、直接ぶつかり合う競技で体重差っていうのは馬鹿にならない。
創作なら小柄で軽量なキャラが大男に勝つのは日常でも、できれば説得力が欲しいところだ。
「となると、階級制の導入だな。無差別級は別に用意して、大相撲ならぬ超相撲だ」
「ざ、斬新でござるな……しかし、それならイケメンでも無理なく登場させられるでござる」
「格闘技の世界じゃ常識みたいなもんだしな」
現実の相撲ならまず有り得ないが、減量に苦しむ力士とか新しいんじゃね? 一人くらいなら重量級の攻略対象がいてもいいだろうし。
「でも、実際そこら辺不公平ではあるよな。化け物みたいな体格をしてればそれだけで有利ってのは、自然の摂理からしてみれば当然でも、スポーツとして平等性に欠けるというか」
「確かに、生まれ持った体質をどうにもできないのは競技人口減少の理由にもなるでござるな。……まあ、実はアマチュアなら階級分けもあるようでござるが。学生の大会とか」
「ああ、なんだ、そうなのか。……そりゃそうだよな」
ヘビー級以外はボクサーに非ずみたいな極論を言う奴もいるが、競技として見るなら近い条件で競わせるのが無難だろう。学生の大会ならそれが普通か。
「という事は、大相撲じゃなく、舞台が高校の部活とかだったらイケメン相撲もありえなくはないと。なら主人公はマネージャーか。より現実的になったな」
「スラッとしたイケメンが相撲やってるビジュアルに違和感がなければ、無理ではござらんな」
「じゃあ、体重だけじゃなくて体脂肪率別でも制限があるという事で」
「相撲界からデブが消えるでござる」
フィクションでしか許されない、細マッチョだらけの相撲大会である。
「追加の補助食や合宿の食事を用意するのは主人公って事で、どれくらい食わせるのかを選ぶ事ができるってのはどうだ? 制限ギリギリに合わせて太らせれば勝負に有利にはなるが、ビジュアルに太るというジレンマだ」
「攻略するために対象の容姿を劣化させる必要があるとは」
「時々、勝手に食って太ったりとか。管理しなきゃって使命感に目覚めさせたら勝ちだな」
なんの勝ちかは知らんが。
太る幅が大きいほど、プレイヤーはジレンマに悩まされる事になるだろう。体重別、体脂肪率別だから上の階級にいけよって話ではあるが、きっとその階級にこだわりを持ってるとか設定があるんだろう。ライバルがその階級にいるとか。
「よし、せっかくだから、企画書書いてドレッシングに投げておこう、奴の伝手で血迷って作るところがあるかもしれんし」
「そこはサラダ倶楽部で作るとかいう流れでは?」
「え、やだよ、こんなネタ」
根津とかだって嫌だろうし、他の部員も賛成しないはずだ。というか、スジモンもそうだが、ただの高校の部活でゲーム開発などそうそう出来ない。外部協力者がいるのなら、投げてしまったほうがいいだろう。
もしウチ主導で作るとか言い出したら逃げる。
「本当にレタス殿は最初の発端だけでござるな……おや、電話?」
「ん? ああ、俺のだ」
ハムに言われて気付いたが、着信があった。電話ではなくメールだ。
「あれ、もう来てるのか。……悪いが今日は帰るわ。相撲界の未来はお前たちに任せた」
「嫌にネットリした空気に塗れてそうな未来でござるな」
というわけで、丁度いい感じに用事もできたので、俺はそのまま部室を後にした。
……よし、上手く誘導できたな。まったく、近所の相撲大会で斬新な出し物とか無理があるぞ。そんなネタねーよ。
-後-
「そういえば、前に話してた相撲大会はどうなったんだ?」
翌週のある日、再びハムと二人になるタイミングがあったので聞いてみた。ちなみに今日は何故か太極拳だったが、完全にスルーだ。
「後になって思い出したが、幹事の田代って確かアレだろ?」
「昔、代議士の秘書やってて都落ちした御仁でござるな。ピーマン農家も兼業でござる」
「え、駅前の飲み屋で出禁になった奴じゃなくて?」
「それも同一人物でござる」
そういえば、ウチの爺さんに挨拶に来た事があったかもしれないな。直接会った事はないが、あんまり好意は持てない経歴である。実際、高圧的で好かれてはいないようだし。
「その田代氏はキャベツのぶちかましで腰を負傷して入院でござる」
「何やってんの、あいつ」
というか、本当に連れて行ったのかよ。あまり公共の場に出しちゃいけないんだぞ、あのスジモン。
「レタス殿のテクを見習って、試合するように上手く意識誘導したでござる」
「なんの事だか分からんな」
「最初は拙者と試合する流れにして、土俵入りする直前に隠れていたキャベツと交代したでござる。子供たちには事前説明しておいた故、なかなか面白い見世物でござった」
想像するだけでひどい光景だな。普通の小太りの兄ちゃんを相手にしようと思ったら、見知らぬ強面の大男が出てくるとか。
「そんな狙ったハプニングもあって、大会はそれなりに盛況でござった。ウチの女子二名が特に喜んでいたでござるな。ネットリとした視線が気持ち悪かったというかなんというか。どちらか一人なら問題ないでござるが、揃うと絡みづらいでござる」
「そもそも連れていくなよ」
あんな企画書を渡した後なんだから、変な目で見られても仕方ないだろ。あの属性過多な二人だぞ。
「と言っても、最終的には用事のあったレタス殿とキュウリ殿、あとはブロッコリー以外は参加の流れだったので。呼んでないのに顧問やポテトまでおりましたぞ」
「いないブロッコリーが不参加なのは当然として、ウチの連中は暇なんだろうか」
別になんの変哲もない近所のイベントのはずなのに。あと、多分シーザーも省かれてるな。普通に知らないだけかもしれない。
「というか、気付かなかっただけでブロッコリーが混ざっている可能性は無きにしもあらず。あやつは拙者同様キャラが弱いので」
「え、ブロッコリーってそんなキャラ弱かったっけ?」
「あえてブロッコリーという特徴を付けねば忘れ去られるくらい気配の薄い奴でござったな」
ブロッコリーという特徴ってなんだよ。というか、俺の中では一切特徴を思い出せないのに強烈に脳裏に焼き付いている不気味な存在なんだが。
「まあ、近所に引っ越したのでなければ、遭遇はしないはずでござるが」
「そういえば、あいつどこに転校したか知ってる?」
「知らん」
自分から振っておいて、なんでそこだけバッサリなんだよ。ござるが抜けてるぞ。……雰囲気変わり過ぎてて怖いんだが。
「ともかく、田代氏の怪我を除けば相撲大会は概ね好評に終わったでござる」
「あ、ああ、俺的にも田代さんがどうなっても気にしないが」
これ以上、ブロッコリーの謎が増えるのは勘弁してもらいたいんだが。情報が出ても一切正体が見えてこない。実はネタで言ったように宇宙人か何かじゃないだろうな。
「そういや、お前のその口調も他の連中に比べて特徴がないからって感じで付け出したんだっけか?」
「そうでござる。この部活、アクが強い連中が多過ぎで困るでござる」
「確かにな。お互い常識的な一般人には厳しい環境だよな」
「お互い……?」
なんか文句あんのか。
「一般人には普通、許嫁とかおらんでござる」
「ああ、まあそれはな。といっても別に、言ってるだけで縛りや強制力は何もないぞ。爺さんたちが言ってるだけで、普通の家族ぐるみの婚約者みたいなもんだし」
「婚約者の時点で普通ではござらんし」
そんな事を言われても、俺は用意されたレールに乗っかってるだけだしな。家が勝手に決めた相手とか冗談じゃねえって反発するような性格でもないし、不都合もないからお互い大人しくしてるだけで。
「そもそも、拙者がこの部活に入る以前、噂になっていたのはいつも創部に関わった初期メンバーの三人の名前でござった」
「創部……ああ、渡辺と高堀と根津な」
「マヨネーズではなくレタスでござる」
一応とぼけてはみたが、まあそうだろうなと言わざるを得ない。基本裏方な根津は目立ってはいないし。この部活が出来てからはマシになったが、あの二人が問題を起こすのは俺の前という事が多いのだ。
「セットにされるのはある意味仕方ない部分もあるが、実際はあの二人に付き合って行動してたから巻き添え食らってるだけだぞ」
「あの二人も同じ事を言っているでござる」
「あいつら……」
自分の事を棚に上げて、人に変なイメージ押し付けやがって。
「というか、どこまで本気か分からんが、大きな騒ぎを起こす場合、大抵の発端はレタス殿か岡本後輩のような……」
「いやいや、ねーよ。あいつと同格ってどれだけトラブルメーカーだよ」
「しかし、バルサン事件の発案者はレタス殿だったとか……」
「て、提案しただけだから」
それは確かに俺だが、あの時は想像以上に大事になってビビったのだ。渡辺も高堀もやり過ぎである。
「仮に部内で投票するとしたら、一位とはいわぬまでも上位には食い込みそうでござるな」
何の投票だよ。嫌だよ、そんな赤裸々に暴かれるの。
「サラダ倶楽部の鬼畜眼鏡といえば、一部では有名でござるからな。グラサンでもないのに黒眼鏡でござる」
「え、ちょっと待って。初耳なんだけど」
「冗談でござる」
「ま、まあ、そうだよな。何動揺してんだ、俺」
当たり前だろ。いくら無茶やる部活とはいえ、関係ないところまで悪名が波及したりはしないだろう。実際、俺どれも大して関わってないし。
「半分は」
「半分っ!? い、いや、ちょっと待て北大路。これはイメージに直結する問題だから」
「ここにいる時、拙者はハムでござる」
「いや、ハムでもなんでもいいから。どんだけ気に入ってるんだよ、お前」
サラダネームに拘ってるのってお前と岡本くらいだぞ。
ああくそ、一体どうなってるんだ。まさか本当に変な噂流れてないよな。学校の裏サイトとか怖くて覗けないんだけど、大丈夫かな。裏で妙な扱いされてないよな。
むさ苦しい絵ヅラでござる。(*´∀`*)
次の更新予定は「人類は敗北したらしい」です。