普通の高校生
久しぶりなので趣向を変えてみます。(*´∀`*)
「普通の高校生って言葉があるじゃないですか」
ある日の放課後、部室で誰かが置いていった雑誌を流し読みしていると、変な後輩がいつも通り変な事を言い始めた。
「……俺に言ってるのか?」
一応見渡すが、部室には俺と岡本の二人しかいない。幽霊が見えるというのなら話は別だが、多分俺に話しかけているのだろう。別に話しかけられたくないわけじゃないんだが、この流れはいつもの面倒な流れだ。
岡本が変な事を言うのはいつもの事であるが、妙なネタ振りをされて変な方向に向かってしまうのは俺と二人の時が多い。……いや、違うな。マヨネーズあたりの話を聞く限り、誰かと二人になるとそういう展開になるらしい。
くそ、さっきまでキャベツがいたのに。何故俺は一緒に帰らなかったんだ。そりゃ、あいつと二人で下校するのは怖いからだよ。モノホン的な変なのに絡まれたりするしさ。
「はい。レタスセンパイしかいないですよ」
「そこにポテトがいるが」
「そこで犬に話しかけている可能性を考慮するあたり、レタスセンパイは普通じゃないですよね」
「失敬だな後輩」
動物は本来校舎内に入れてはいけないのだが、ポテトが我が物顔でここにいるのは名目上でも部員だからである。
何度か注意されたが、高堀が顧問を脅して有耶無耶する流れが続いた結果、こうして部室内に限っては黙認されるようになった。
非常に馬鹿面で品種も定かではないが、この犬の頭はいい。今だって、少なくとも自分が呼ばれた事は分かっているように『なに?』という顔でこちら伺っている。
ちなみに、あえて言う気はないが、俺は岡本がポテトと話していた可能性は本気で疑っている。
「で、なんだ? またいつものネタ出しか?」
「いや、そういうわけでは……あるのかな? なんか気になったんですよね、普通の高校生。物語の冒頭で、どこにでもいる普通の高校生だって自己紹介始める主人公多いじゃないですか」
「多いかどうかは知らんが、いるな。誰とも知れない謎のメタ的存在に自己紹介してる時点で普通とは言い難いが」
「認識してるわけじゃないと思います」
どこぞの赤いミュータントのようなキャラクターだっているんだから、そういう奴がいるかもしれないだろ。アレが普通かどうかはおいておくにしても。
ウチの部長あたりなら、それくらいやりそうだぞ。感想欄覗いたりとか。
「とりあえず、ウチの部活は全員普通じゃないと思うぞ。誰も否定できないはずだ」
「そうですね」
部長からペット、影の支配者から顧問に至るまで、全員どこかしらが変だ。多分一番変なのは正体不明のまま転校していったブロッコリーだが、あいつを除いたとしても変な奴しかいないのには変わりない。まともなのは俺くらいだろう。
「自分の事を常識人だと妄言吐く奴が部長をやってるわけだからな」
「まあ、そんな感じで、漫画とかでも普通の高校生って自己紹介する主人公が本当に普通だった事ってあんまりないような気がするんですよね」
「なるほど、そりゃエンタメの主人公張ってる奴が普通っておかしいよな」
「と、新作を書き始めた時にそんな事を考えてしまったわけです」
「ちなみにその主人公は普通なのか?」
「自分の事を普通の高校生だと思ってる宇宙人です」
人間ですらなかった。
「そういう風に思い込んでるくらいしか該当しないんじゃないかなって思ったんですよね」
「普通の定義くらいあるだろ。容姿は中の中で目立たず、友達の輪の中で常に三番目くらいにいて、成績も平均点、親はサラリーマンとか」
「逆に没個性過ぎて不気味じゃないですかね?」
「確かに、誰の記憶にも残らないようなフラットさは逆に不気味だな」
ブロッコリーじゃあるまいし。いや、あいつはブロッコリーという個性があるから普通ではないのだが、正体は誰にも分からないし記憶に残らない。強盗が顔に変なマーキングをして印象を混乱させる手口に近いともいえる。
今、ここの部員にブロッコリーに似顔絵を描けと言えば、おそらくほとんどがブロッコリーになってしまうはずだ。高堀あたりはわざとカリフラワーにしてくる可能性はある。
「完全フラットだから変なんだな。そんな奴いるわけないし、ステータスに多少の凹凸はあるもんだ」
「全部併せて平均なら普通って事ですか?」
「いや、厳密な意味で普通などいないってのが俺の意見だ。凸凹の許容範囲は人によって変わるし」
「なるほど、つまりツナセンパイも見る人によっては普通に見える」
「ねーよ」
あんな尖りまくってる奴が普通とか有り得ない。もし、あいつが主人公の漫画があって。
『俺の名は渡辺綱、どこにでもいる普通の高校生だ』
とかいうモノローグで始まったりしたら、その瞬間に爆笑するね。そもそも、名前の時点で変だし。
「いっそ、普通を気取る宇宙人なら、完璧な普通を描写してみるのも有りかもしれん」
「あとから良く思い出してみると、めっちゃ気持ち悪い事に気付くパターンですね」
「ホラーだな」
普通としか表現できない容姿。全国の平均的学力の高校に通い、テストの点はすべて平均点ど真ん中。身体測定でもすべての測定値で平均がキープされ、なにか順位を競えば必ず真ん中にいる。友人関係もフラットで、遊びに行く友達は多いけど深い個人情報は誰も知らない。家も平均的な中流家庭。趣味は周りの人間がやっているものに限り、そいつ特有の個性はない。そして、周りはそれを不自然に感じず、特に興味を持たないと。
なるほど、宇宙人が地球に送り込んだスパイとして考えるなら完璧だな。岡本の判断は正しい。
「学校で殺人事件があったりしても、絶対犯人の候補にも上がらない奴だな。実は犯人でも」
「めっちゃ怖いですね、普通の高校生」
いや、これはあくまで裏のある普通の高校生だからな。多分、裏で洗脳とかしてるし。
「つまり、ブロッコリーセンパイは普通の高校生だった?」
「ねーよ」
いや、実際どうだろうか。こうして思い返してみても、奴に関する印象はブロッコリーだったというだけだ。容姿も頭がブロッコリーだったという事しか思い出せない。頭のブロッコリーが印象的だっただけで、実は普通だったのかもしれん。
……まさか、奴は宇宙人の送り込んだスパイだったとでもいうのか。
「なら、ブロッコリーを主人公にしてみるのもいいかもな」
「ええ……自分の事普通の高校生って言ってるのに、頭ブロッコリーって」
小説なら問題なさそうだが、漫画だったら出オチってレベルじゃねーな。ギャグ漫画にしか見えない。
どうでもいいが、頭ブロッコリーって、髪型じゃなく頭脳的な意味合いに聞こえてしまうのは何故だろうか。べつにブロッコリーに馬鹿とかそういう要素はないのに。……頭対魔忍のようなもんか。
「なら逆に普通じゃないと主張している奴は? 『俺の名は田中一郎。変な高校生だ』って」
「なんか、どこかからか電波受け取ってそうですね」
自分で変って言い出す時点で変だからな。普通ならこういう特徴があるって説明が入りそうなところをただ変と言われると、いきなり意味不明になる。漠然としているのがいけないんだろうか。
「つまり、普通の高校生自体はいても、わざわざモノローグでそれを主張する奴はいないって事だな。そんな奴は変だし、そうでなければジャンル:ホラーの主人公って事だ。まあ、お前が書いてるのはホラーなわけだから問題はないんだろうが」
「いや、ラブコメです」
「ねーよ」
どこの世界がそんな気持ち悪い宇宙人が主人公のラブコメがあるんだよ。コメディって言えばなんでも許されるってわけじゃないんだぞ! あと、全然関係ないが、一割でもコメディ要素があればコメディって言い張れると思うんだ。
「あらすじとしては、自分の事を普通と思っている主人公の周りでは色々超常的な事が起きるんですけど、特にそれを気にせずに恋愛し続けるバカップルの話です」
「学校ごと宇宙人に拉致されても普通に学校生活送ってて、いつの間にか日常に戻ってる的なやつか?」
「そうです」
なんて匙加減の難しそうなものを書いているんだ。ギャグなら分かるんだが。
「じゃあ、明日までにちょろっと書いてくるんで、とりあえず読んでみて下さいよ」
「俺が何か言うと急激に方向転換しそうなんだが」
桃太郎みたいに。あるいはシンデレラ。
「まー、それはそれで、始まってもいないならジャンル自体を変えてもいいわけですし。じゃ、誰も来なそうなんであたしそろそろ帰りますけど、罰ゲームどうします?」
「あーいい、俺が掃除してくから。ちょっとやる事あるし」
「ならお願いしまーす」
と、岡本は珍しく掃除を回避して部室を出ていった。
実はといえば、ちょっと気になる事があったのであいつが帰るのを待っていたのだ。
いや、大した事ではないのだ。目的は部室の棚に保管しているアルバムである。適当に誰かが撮った写真を収集しているだけのものだ。
昨日何気なく自分の部屋にあるアルバムを見ていたのだが、妙な事に気付いてしまった。
俺の所有するアルバム。修学旅行の写真や、部活の写真、乱雑に整理された中にはサラダ倶楽部のメンバーが写っているものが多い。それこそ顧問の土下座の写真やポテトの決定的瞬間をとらえたものまであるほどである。岡本とポテトの対局シーンとか。
しかし、そのどれを見てもブロッコリーの姿がない。いや、写ってはいるものの、ちゃんと顔が写っているものがないのである。
いくら印象がブロッコリーなあいつでも、まさか記憶操作を行う宇宙人の類ではないだろう。頭ブロッコリーではあっても、学校に通学し、部活に参加していたのだから。そんな事を疑っているわけではない。
ただ気持ち悪い事は確かだし、部活メンバーだったのに顔を思い出せないのも確かなので、ちゃんと顔を思い出そうとアルバムを見に来たというわけである。
岡本を先に帰したのは、単にあいつがアルバムを見始めると長時間巻き込まれるのでそれを避けるためだ。決してブロッコリーの写真が存在しなかったらとかそういう展開を懸念したわけではない。
「さてと……」
あんな話をしてしまった後だからか、ただアルバムを見るのにも妙に緊張するな。
誰かが持ち込んだものが山のように散らかっている棚をかき分け、一冊のアルバムを取り出し、そのまま開く。
最初のページはこの部活の初期メンバーである渡辺と高堀、そして俺の写真だ。続いて、部活メンバーの個人的な写真や、何かしらのイベントのたびに増えていったものが続いていく。
そして、肝心のブロッコリーの写真は……。