サラダ倶楽部の奇妙な紹介
忘れた頃にやってくる。(*´∀`*)
その日、いつものように部室で他のメンバーを待っていると、マヨネーズ……根津颯太が後からやって来て無言でスマホを開き、何かを始めた。
挨拶もなかったので俺も放置して週刊誌を読んでいたのだが、しばらくすると奴は頭を抱え始める。構って欲しいのだろうか。
「俺の浦島太郎が汚されてしまった」
無言でスマホ弄って何をしているかと思えば、BL金太郎を読んでいたらしい。
……あれ、当初の予定以上に酷い事になってたからな。根津が頭を抱えるのは分からなくもない。
俺が高堀にアイディア出しした金太郎は、既に原型を留めていなかったその姿を更に変貌させ、他の部員の書いた作品へと被害を拡大させてしまった。
普段見る事は出来ない高堀の全力だ。あいつは何でも出来るが、余計な事にしかその才能を発揮しない。困った奴だ。
中身はアホな女性向けホモ小説なのに無駄に面白くて、一度読み始めると最後まで読んでしまうのがまた苦笑いだ。当然濡れ場は全カットだが。
高堀伊月ことドレッシングの書いた金太郎と謎の弟玉次郎はホモである。
気は優しくて力持ち、ちょっぴり問題があるとすれば男にしか興味がないところカナー、といった感じでその怪力と性技を以って登場人物を蹂躙していく。
その魔手は幼年期の森の熊さんだけでなく、成人した後に出会う頼光や他の四天王、そして退治する筈の鬼にまで伸び、ネズミ算方式で平安の世がホモに染まっていくのだ。
坂田公時さんも、まさか後の世でこんな扱いになっていると思わないだろう。
そして、以前俺がいない時期に行われたWEB小説の執筆大会で根津が題材に選んだ童話は浦島太郎である。
ロボット型の亀を助けた浦島太郎が宇宙にある竜宮城に行くというシナリオで、それ自体はちょっと変わったSFだ。
浦島太郎と乙姫のラブロマンスと東海竜王とのバトルが見せ場の王道ストーリー……なのだが、問題は亀の宇宙船がタイムマシンだった事だ。
根津の書いた物語では、東海竜王から逃げる為に乙姫や亀と共に過去へと逃げる事になり、その後の事は描かれていない。
……悲劇はここから始まる。そう、俺が提案してしまった作品同士のクロスだ。
金太郎達は過去へとやって来た浦島太郎を拉致した後、性的に洗脳。その後は浦島太郎と亀、頼光と四天王、ついでに玉次郎と熊と鬼まで連れて世界蹂躙が開始される。
この時点で乙姫の存在はフェードアウトした。きっとどこかへ放り出されたか、逃げたのだろう。
時間と宇宙への移動手段を手にしたホモ軍団はあらゆる歴史を巻き込み、何の関係もない童話の登場人物が毒牙に掛けられていく。
かぐや姫に出てくる求婚者達や桃太郎……トマトちゃんに出てきたヨーゼフ、シンデレラ……トマトリヨンの王子までが餌食になった。
その後は歴史だけじゃなく、スペースオペラに脚を突っ込んだ超展開が待っている。
浦島太郎の世界で数々の宇宙船を襲撃、その度に乗員が増えていくという恐怖の展開は、読者を恐怖のどん底に叩き落とすだろう。
殺されるわけでもないが、正直、普通の海賊より質が悪い。奴らは無限増殖していくのだ。
その小説のジャンルは一体何が該当するのか分からない。歴史やSFだと、それに対する侮辱だろう。
キャベツの宇宙戦菜トマトが餌食になる日も近い。きっと金太郎に波動砲が炸裂してしまうのだ。超怖い。
最初から暴走して加速を続けるドレッシング&トマトを止める事など出来なかった。
俺に出来るのは精々レタスをモチーフにしたキャラクターが餌食にならないよう、強く抗議する事だけだったのだ。
元作品の金太郎に出てしまっているので渡辺綱は手遅れだったが、俺は登場してないし作品も書いてないからな。
ちなみに、浦島太郎とは言っているが、モデルはマヨネーズ自身である。ダメージもでかかろう。
「ツナの奴、宇宙空間ではっちゃけ過ぎだろ」
それはホモ金太郎に出てくる渡辺綱であって、ウチの部長の渡辺ではない。言動が何となくあいつっぽいので誤解してしまうが、一応設定上は歴史上の偉人だ。
……狙ってるのか知らんが、若干あいつっぽいキャラクターなのは高堀が意識しているのかもしれない。
従兄弟だから無駄に細かいところまで良く分かってるんだよな。殺しても死ななそうなところとか。
貞操を掛けた茨木童子との戦いでは無駄に迫力のある戦闘シーンが描かれ、渡辺綱が瀕死の重症を負いながらも戦い続けるわけだが、ウチの渡辺でも同じ状況なら何かやりそうな気がしてしまう。……いや、あいつはホモでもないし、鬼の貞操を狙ったりもしないのだが。
一応付け足しておくと、茨木童子には女の説もあるが、この茨木童子さんは紛れもない男である。色んな部分がマッチョメンだ。
「ご愁傷様です」
「……俺はお前の差金じゃないか疑ってるんだが……レタスさんよ」
マヨネーズがキツイ眼光でこちらを睨んできた。だが、その程度では俺は怯まない。
この部活で一番の下っ端であるお前如きがいくら凄んでもキャベツには勝てない。ポテトにすら及ばないのだ。反応一つ見せずにスルー出来る。
「知らんな」
しかし、鋭い。どうやってそのルートが予想出来たのか。俺も別に好き好んでアイデア出ししたわけじゃないぞ。
「既に読んでるっぽい雰囲気からして怪しいんだが。これ、成人向けだぞ」
「読んだのは確かだ。ドレッシング掛かったトマトに読めと脅されたんだ」
こういう場合、ある程度非を認めてしまうのがコツだ。若干の真実を織り交ぜる事で、嘘を緩和する。
事実、根津の奴は俺の弁明を信じてしまった。素直な奴である。
……ホモ将棋の駒になるのは勘弁願いたいのだ。俺は悪くない。
「くそ、あいつら、一体どんな世界に生きてるんだよ……マジ意味分かんねえ」
それは同感だが、お前も大概だと思うぞ。
趣味を否定する気はないが、美少女フィギュアを買うどころか作り始めるのは普通の世界じゃない。
こいつのせいでトマトちゃんフィギュアが世に爆誕してしまったのだ。岡本の暴走を助長させたのはお前の責任でもある。
「意味分かんねえって……お前、その意味分からんドレッシングに昔告白してたじゃないか」
「あれは気の迷いだ。忘れてくれると助かる。ついでにテープも処分してくれ」
「それは出来かねる」
こいつは表のドレッシングに騙された犠牲者である。
一年の時、俺と渡辺はまだドレッシングでなかった頃の高堀に言われ、こいつの告白現場を撮影したのだ。後の脅迫材料である。
さすがに普段からネタにするような事は極力避けているが、あのオリジナルデータは廃棄される事なくこの部室のどこかに隠されている……筈。
自宅ではなく、ここのどこかにあると仄めかしているのがまた汚い。自分に何かあっても誰かが公表するぞと脅しているのに等しい。
それは俺かもしれないし、渡辺かもしれない。岡本の可能性だってある。そして俺達は決して口は割らない。何故なら俺達も脅されているからだ。
高堀も酷い奴である。
「あの頃の純粋な俺は、ドレッシングの見た目と上辺の演技に騙されたんだ。マヨネーズだけに迷ってしまったんだ」
「……それはさておき」
「マヨネーズだけに」
「渡辺みたいなダジャレはやめろ」
別に上手くもないのに、何故押してくるんだ。失敗は認めろよ。
……マヨネーズはさておき、高堀はここ以外では優等生だし、色んな才能あるし、外見も良いから、気が迷ってもしょうが無い。
あいつは別に悪人というわけでもない。ただ欲望に忠実で、その為なら人を陥れる事を躊躇わないだけだ。性根が腐った奴なら、岡本があんなになついたりはしないだろう。
違う意味で腐ってはいるのは自他共に認めるところではある。
「本性があんなだと知っていれば、こんな部活にも入らなかったのに」
「お前の場合、創設部員確保の為の強制入部だからな」
あの告白が発生した時点でこの未来は決まっていたのだ。
でもお前、結構楽しんでるじゃないか。付き合ってないだけで、色々一緒に活動してるし。何だかんだで入部していた気もする。
ドレッシングとマヨネーズ、どっちもサラダに掛けるものだから実は気が合うんじゃないだろうか。あんまり一緒にかけたりしないが。
「何とか奴らに復讐出来ないものか……何かいいネタないか?」
「やめておけ。更に弱みを握られるのがオチだ」
ネタはあるが、それ以上に弱みが多過ぎる。やるなら玉砕覚悟でなければダメージは与えられない。
それを可能とするのは我らが部長だけだ。
「くそ、お前なんかもう逃げられないところまで追いつめられてるしな……」
「それはほっとけ」
弱みを握られていても、それを活用させない手段はある。上手い具合に状況を見極め、基本的に逆らわず、可能な限りスルーすれば良い。
自分に害がない命令……頼み事は全力で対応する。そうする事で被害を自分以外へ誘導させるのだ。主に渡辺か根津あたりに。
高堀はタチの悪い事に飴と鞭の使い方を心得ている。言う事を聞いていれば見返りもちゃんとある。距離感さえ見極めれば、良い関係が築ける相手だ。
渡辺はそれが出来ていない。下手に付き合いが長いせいで弱みだらけだというのに、無謀にも抵抗して返り討ちばかりだ。
「あいつは無茶な要求ばかりしてくるが、出来ない事は言わないし、ちゃんと報酬までくれるからな」
出処が秘密という事になっているが、高堀が俺達に依頼してくる仕事は高校生が貰える報酬としては破格のバイト料が出るのだ。
こういったビジネスライクな部分はしっかりとしているのは高堀の良い部分だろう。
あまり深い付き合いをしたくもないし恋人関係なんて以ての外だが、疎遠な上司と部下の関係ならアリかもしれない。
あの怪物の手綱を握ってくれる奴がいてくれれば最高なんだが、今のところそんな超人はいない。
根津が未だに高堀に惚れているのは見ていれば分かるが、こいつにはそんな期待は出来ないしな。こいつに出来るのは生け贄役だけだ。
「まあ、何だか良く分からない事ばっかりだが、金払いはいいよな」
付き合いの長い俺は朧気ながらその内容が分かってしまうのが嫌なんだが、その何だか良く分からない事は、大金を呼ぶ悪魔の仕事だ。
断片的な情報から推察するに、同人活動以外はとても真顔で説明出来ない案件がほとんどだ。
ただ、高堀も配慮はしているか、基本的にサラダ倶楽部の面子に割り振られる仕事に危険はない。
危険があるとすれば渡辺の配置位だが、あいつはヤクザの抗争に放り込まれた位なら無事生還するだろうという確信がある。
俺や高堀は渡辺を信じているのだ。……本人は良く分かってないけど。
「一芸特化してるお前なら、あいつのところに就職出来るんじゃないか? 人格はフォローのしようもないが、待遇は期待出来るぞ」
「あいつ、やっぱり会社でも起こすつもりなのか?」
「起こすというか、もうある。あいつの親父さんの名義になっている会社は半分位は実質的にあいつの会社だ。ダミーも多いがな」
「マジかよ……」
卒業したらニートになるとか言っているが、名義が本人でないというだけで、既に現時点でも金は稼いでいるのだ。
そしてその金は趣味へと投資される。以前奴が作った同人ゲームの内容がやたら豪華だったのは、そこから金が出ているのだ。
俺達も、音声のチェックという拷問に等しい苦行で制作に関わった。売上は赤字もいいところだったが、趣味の方の採算は気にしないのだろう。
「じゃあ、俺はそのドレッシングから頼まれた仕事でもやってるかな。隣で作業してるから、開けるなよ」
「何だ、今日のゲームには参加しないのか? バントでホームラン出来る野球ゲームだぞ」
折角、レトロなゲームマシン持ち込んだというのに。
ちなみに、ロムカセットもちゃんと赤いやつだ。
「……じゃあ、面子が足りなかったら呼んでくれ」
と言うと、根津は隣の準備室と言う名の倉庫へと引き籠もって行った。
隣を使うという事は、高堀から依頼されたプログラムか何かだろう。多分、例の金太郎将棋絡みじゃないかと俺の勘は告げている。どこかで予防線を張らないとな。
と、自己保身を考えていると、根津の入れ替わりに岡本が入って来た。
「お疲れ様です。今日はレタスセンパイだけですか?」
「いや、根津が来てるな。隣に引き籠もってる」
「あー、いつものですか。じゃあどうしようかな……実は新入部員がいまして」
岡本から告げられる衝撃の事実である。
一瞬、俺の耳がおかしくなったのかと思った。
「……誰がこの頭湧いた部活に入ろうっていうんだ?」
部活というくくりではあるが、サラダ倶楽部はただの同好会のようなものだ。
やってる事は基本的に帰宅を賭けたゲームだけで何の実りもない上に、時々高堀から妙な仕事を振られるし。
どこかの部活に所属しなければならないという校則でもあるならまだしも、ウチにそんな決まりはない。
「こないだウチのクラスに来た転校生の斎藤さんです。さ、どうぞ、入って入って」
「ど、どうも……」
岡本に導かれて入ってきたのは、普通の女子高生だ。とてもこんな部活に関わるようなイメージではない。
いや、ここは高校だし普通の女子校生がいるのは当たり前なんだが、隣のトマトを見ているとどうしても違和感があるな。
実は岡本が部員以外の相手と関わっているところを見るのは初めてかもしれない。
「まだ渡辺も高堀も来てないが、適当なところにどうぞ。飲み物は……根津のお茶でいいか」
「どぞどぞ、あ、あたしもお茶下さい。こないだ買ってきたおニューのカップにプリーズ。斎藤さんはあたしのお古を使っていいよ」
「後輩なんだからお前が用意しろよ」
そのまま立たせておくのもなんなので、椅子に座ってもらう。
お茶は根津の物だというのに、岡本も酷い後輩だ。……俺も貰おうかな。
「しかし、何でこんな部活に? 言っちゃなんだが、変人の巣窟だぞ」
俺以外。
「え、えーと、美弓ちゃんに誘われたのと、あの高堀先輩が所属しているって聞いて……」
高堀目当てか……。表向きは目立ってるからな。
部活のピンチヒッターとしても活躍しているし、憧れてしまうのもしょうがないかもしれない。
「センパイがたが卒業したらあたし一人になっちゃいますからね。トマトだけでサラダ名乗るのも変な話ですし」
それ、もうトマト倶楽部とかでいいんじゃないだろうか。
「そもそも、お前は俺達が卒業した後のこの部活続けるつもりだったのか? いくら創設メンバーとはいえ」
「当たり前じゃないですか。と言っても、あたしとポテトだけじゃ部活として認められませんからね。こうして来年以降の補充メンバーを連れて来たわけです。えっへん」
この部活、名前ばっかりで部費が出てるわけでもないから一人でも潰される事はないんじゃないだろうか。
存続させる意味があるかどうかはともかくとして。
「それで、こんな普通の子を生け贄に連れて来たのか? 酷い奴だな」
「い、生け贄?」
「人聞きの悪い事を……確かに変なセンパイばっかりだけど」
トマトの色じゃないが、朱に交われば赤くなると言うから、所属しているだけで変人になってしまう可能性はある。そんな部活に引き入れるのは非道だろう。
岡本がその赤くなった筆頭だし、ただの犬だったポテトでさえ最近は変だからな。それ以外は元から変だが。
「で、でも、高堀先輩も所属してるんですよね?」
「……所属というか、創設メンバーだな。俺と部長の渡辺と高堀、後はその赤い野菜と隣にいるマヨネーズで作ったんだ」
主に高堀の所業の隠れ蓑として。
「隣?」
「そこのドアから倉庫に繋がってるんだよ。そこで根津っていう奴が人には言えない事をしている」
「またキャベツセンパイが持って来たエロゲーですか」
『違うわいっ!』
聞こえていたのか、ドア越しに否定された。
『つーか、キャベツの奴は趣味がマニアック過ぎるんだよ……あんな怖い顔してる癖にガチロリコンとかキモいわ』
独り言だろうが、それは後でキャベツに伝えておこう。埋められないといいな。
「というわけで、来てもらって何だが、正直入部はお勧めしない」
「レタスセンパイに入部拒否の権限なんてないと思いますけど」
「不本意ながら、俺は副部長だぞ。そもそも、そこら辺に関しては渡辺は置物だから、俺か高堀がOK出せば入部は可能だ」
「ツナセンパイ……」
あいつ、この部活の事は正直どうでもいいと思ってるし。
「えと……まさかの入部拒否ですか? ごめんね、美弓ちゃん」
「えーーっ、ちょ、ちょっと待って! 諦めが早過ぎる! レタスセンパイッッ再考を要求しますっっ」
そんな力強く言わなくても……。
「いや、拒否したりはしないが、根津みたいに脅迫されてるわけでもないんだし、もう少し検討した方が良いんじゃないか?」
「きょ……脅迫?」
「ああ。この部活には高堀伊月という魔王のような女がいてだな。部員全員の弱音を握られているんだ」
「は?」
お前さんの憧れている女は魔王だ。
高堀の外面に惹かれてやって来た部分もあるらしい斎藤さんに、その言葉は予想外だったらしく、説明を求めて岡本を見る。
……岡本は目を逸らした。それ、肯定しているのと同じだぞ。
「お前はクラスメイトを腐海の罠にハメるつもりだったのか。酷い奴だな」
「ち、違いますよ。……えーと、じゃあ、その……良く考えましょう」
「美弓ちゃん……」
日和りやがった。
しかし、危険なところだったな。ここにいたのが俺じゃなく高堀だったら勢いだけで入部決まってたぞ。まさか、それが狙いだったのか?
「変なセンパイって言ってましたけど、まさか美弓ちゃんや高堀先輩もその括りに?」
「括りどころか、その二人は我が部活の変人筆頭だ。近くにいるだけで腐る恐怖の食材だな」
「腐りませんよっ!!」
「え……マジで?」
「何でそんな驚愕の表情なんですか。腐りませんよ……多分、きっと」
いや、正直なところ、お前だって無理だと思ってるだろう。
「だ、大体、レタスセンパイだって人の事言えないですし」
お前らと一緒にするな。俺は巻き込まれただけの常識人だぞ。
アクの強いメンバーばかりのこの部活で、俺の特徴といったらメガネを掛けている事位だ。
「よし、まだ他の連中も来ないみたいだし、事前に部員の紹介でもしてみようか。入部はその上で考えるといい」
「よ、よろしくお願いします」
うむ。真面目ないい子だな。正直、岡本の側においておくのもどうかと思う位だ。
他の部員の事を知ればきっと思い直してくれるだろう。俺は、この子を窮地から救う英雄というわけだな。
「じゃあ、まず部長からだな。奴はシーチキンだ」
「は?」
「レタスセンパイ、何も知らない相手にその説明はどうかと……」
「何も説明しないで連れて来たのか。……この部活はサラダに入ってる物で呼ばれる岡本が決めたルールがあるんだ」
特に岡本はみんなをサラダネームで呼ぶ事が多い。名前をもじったものが多いが、正直知らない人が聞いたら誰だか分からないだろう。
「美弓ちゃんも?」
「あたしはトマトちゃんです。きゃはっ!」
「きゃ……きゃは?」
ウゼえ笑顔だ。それは必ずやらないといけない決まりでもあるのか。
「で、俺はレタスだな。お目当ての高堀はドレッシングで、隣にいるのはマヨネーズ」
「……野菜だけじゃないんだ」
「サラダだからな。それで、部長がツナ。渡辺綱だからツナ。まんまだな。大体、ここら辺のあだ名はあいつが原因だ」
俺も、奴の友人でなければレタスとは呼ばれていなかっただろう。
「ま、まあ、学生ですし、あだ名で呼び合う事もありますよね」
「そこら辺は俺もあまり気にしていない。問題は部員の人格だ。俺だけ常識人な以外は大抵何か変な奴だ」
「異議あり。異議ありまくりですよ。レタスセンパイ」
「異議は却下する。いちいち口を挟むな」
「……問題にガソリン振りまく役が常識人? ツンデレメガネだし」
ツンデレでもないし、俺のトレードマークのメガネを馬鹿にするな。
……罰として、岡本は後で新技の実験台だな。
「……話を戻そう。まず部長のシーチキンツナだが、奴は不死身のトラブル体質だ」
あと、オープンスケベだが、この部活の連中はほとんどが該当してしまうので、それは特徴にならないだろう。
「……トラブル体質の意味は何となく分かりますけど……説明で真っ先に上がってくる特徴に不死身って」
「説明の難しいところなんだが、殺しても死なない奴っていうのはあいつの事だ。放っておいても生死に関わるトラブルに巻き込まれる上に、何事もなく生還する。あいつなら、中東の紛争地帯に無一文で放り出されても無事生還するだろう。むしろ適応して傭兵になってしまう可能性すらある」
「そんな大げさな」
大げさか? ……本人知ってると、全然大げさな気がしないんだが。
常日頃からドレッシングやキャベツから弾除けとして就職しないかと言われているが、奴なら問題なくこなせる気がする。
避けるとかじゃなく、何発当たっても死なないって意味で。あいつなら逆に反撃を始める姿が目に浮かぶ位だ。『何するんじゃー!』って。
一般人に包丁持たせた程度じゃ相手にもならない事は実証されてしまったからな……。
「ツナセンパイは銃撃戦のど真ん中からでも、敵地に墜落したルーデルさんばりに帰って来そうですよね」
「ルーデルさん?」
「普通の女子高生はドイツ軍の英雄の事は知らんからな。お前の常識で例え話をするな」
そりゃチート爆撃機乗りとして有名だが、興味のない一般人はオーストリア生まれのチョビ髭位しか知らないだろ。
まあ、不死身という意味では的は得ている感じはする。
「それって変かもしれないですけど、他の部員に影響あるんですか?」
「そういう意味なら、渡辺はそれ程でもないな。トラブルに巻き込まれる頻度が上がる位だ」
巻き込まれたら死ぬ可能性はあるが、基本近寄らなければそれほど影響はない。
「ツナセンパイの変なところは、実際に会わないと分からないと思います」
「そうだな。あいつの変人ぶりは言葉で言い表すのが難しいが、とにかく変だ。とりあえずそういう認識でいい」
「分かりました」
斎藤さんも理解を放棄したようだが、それで正解だ。正直、あいつの変人っぷりは俺も高堀も理解し切れていない。
「そして、最大の問題である高堀……ドレッシングだが、奴は一言で言い表すなら魔王だ」
「ま、魔王ですか? あの……高堀先輩の事ですよね?」
「その高堀だ」
高堀なんて苗字はこの学校で一人しかいない。ついでに言うなら町でも一件だ。従兄弟の渡辺の家も苗字変わってるし。
「奴の表の顔を見て夢見てるなら悪いが、ここではヤクザでも裸足で逃げる程の鬼畜っぷりを発揮する」
「そんな大げさな」
渡辺の事もそうだが、決して大げさではない。
「この部活に入ると、漏れ無く金払いはいいが怪しさ満点のバイトに駆り出されるだろう」
「良く分かりませんけど、そのバイトが危険だとか?」
「……あんまり危険はないな。怪しくて内容が分からないまま終わるバイトが基本だ。深く詮索しないのがベターだな」
「この前、ただ指定された場所に指定された時間に行って、箱を置いてくる仕事をしたんですけど、アレってなんだったんでしょうね」
「気にするな」
ただのダミーだろう。
あいつが岡本に危険な役割を振るとは思えない。それは主に渡辺の領分だ。
「あと、ホモとか特殊属性とか腐ったエロ談義ばかりだから、耐性がないとその世界に引きずり込まれるぞ」
「あの……高堀先輩の事ですよね?」
「その高堀だ」
何度同じ事を言わせるんだ。結果が隣にいるだろう。腐ったトマトが。……おい、目を逸らすな。
このままだと俺達の内から腐る奴が出てきかねないから、誰か魔王様を退治して欲しい。
遺憾ながら俺はその手先なので手伝う事は出来ないが、応援はする。勇者求む。
「そして今、隣の部屋にいるのがマヨネーズ。高堀に愛の告白した場面をビデオに撮られて、良いように使われているピエロだ」
『ちょっ、おまっ、バラすんじゃねーよっ!!』
「……あの叫びで事実である事が分かって頂けたと思う」
「はい」
ちなみに撮影したのは俺と渡辺だ。
「隣にいるのはトマト。きゃはきゃはうるさいが、こう見えてもこの学校に入る前は何も知らない田舎娘だった」
「は、はあ。そうなんですか」
「ウチの実家、高校がない位のど田舎ですから」
ここも田舎だがな。
そういえば、未だに岡本の田舎がどこかは知らんな。……グンマーかアマゾンあたりか?
「あそこの棚でポーズとっている謎のフィギュアはこいつのマスコットキャラクターだ」
「マスコット? ……何か銃火器持った半笑いのトマトが並んでるんですけど」
「トマトちゃんズだよ」
これまでの経緯を知らなければ、どうしてあの不気味な物体が生まれたのかは分からないだろうが、それについてはいいだろう。後でトマトちゃんでも読ませるといい。
一時期は無数にあったトマトちゃんだが、今は棚に飾られた五体だけだ。サンドリヨンも撤去された。
トマトなのに戦隊ヒーローのようにカラフルなのが更に不気味さを醸し出しているが、五体程度なら許容出来なくもない。
実は機関銃、チェーンソー、手榴弾、地雷、メガホンと使用する武器が違うという設定があるらしいが、詳しい事は知らん。
「あとは今いない奴ら……キャベツとハムとキュウリだな」
「キュウリセンパイあんまり来ないですけどね」
「水泳部と掛け持ちだから大会時期はどうしてもな。こっちを優先する理由はないし」
キュウリは水泳部のエースだ。イケ面のいかにもリア充で、正直こんなところにいるような奴じゃないんだが……。
「九里浜省吾って言ってな。何をトチ狂ったのか高堀の事を信奉してしまったパシリ君だ」
「九里浜でキュウリなんですね」
「ほとんど洗脳に近いレベルで崇めてるから、奴の前で高堀を下げる発言をしようものなら直後から部内乱闘が発生する。相手は大体ハムか俺だ」
「何故かそれに巻き込まれてプロレス技掛けられるあたしの身にもなって下さいよ」
確信的に巻き込んでるから聞けない相談である。オチ担当のお前がいないとキュウリの奴が収まらんのだ。
「ハムは……アレだな。某掲示板からそのまま抜け出して来たような言動のデブだ。人を煽る事に関しては部内一だな。岡本よりウザい」
「あ、あたしはアレと比べられちゃうんですか」
「アレ言うな一応お前のセンパイだぞ」
腐った趣味の師匠は高堀だが、ウザさの師匠はハムだろう。
「太ってるし運動出来なそうに見えるが、無駄に動けるデブだから見た目だけで判断するのは危険だ。奴はネタの為なら体を張るヨゴレ芸人だからな」
「ハムセンパイなら、ある日突然八頭身になってても驚きませんよ」
「……どんな人ですか」
さすがに突然身長が伸びる事はないだろうが、トイレに流されるネタ位なら挑戦はするかもしれん。
「そしてキャベツは極道にしか見えない自称土建屋の息子だが、エロ本収集が趣味で生粋のロリコンだ」
奴の家には専用の書庫まである。
一度入った事があるが、想像を絶する魔窟だ。あいつの家自体、怖いからあまり近寄りたくない。
「ろ、ロリコンって……美弓ちゃんは大丈夫なんでしょうか」
「奴に言わせると岡本は紛い物らしい」
「失礼ですよね、キャベツセンパイ。いつも『ふ、紛い物が』って怖い顔で言うんですよ」
岡本は見た目小学生か良くて中学生だが、キャベツにとっては既に射程圏外である。
小学校卒業したら奴の基準ではババアなのだ。いくら見た目が幼くても関係なくロリババア扱いだ。
しかも奴は、マヨネーズのように二次元もイケるタイプではなく三次元限定。ゴツくて傷だらけの見た目中年男で、小学生に近寄るだけでも警察を呼ばれかねないのに、奴に関してはマジだ。冤罪でも何でもなく、いつ手を出してしまうか分からない、真の犯罪者予備軍である。
実は地下に幼女を監禁していますとか言われても信じてしまいそうだ。実際そうでも、怖いから通報はしないが。
「そして顧問はパスタだ。自己保身と金の為ならプライドすら売り渡す失格教師だな」
「顧問は数学の蓮田先生って聞いてるんですが」
「そんな名前の奴だ。合ってるぞ」
「……合ってるんだ」
高堀より表裏の激しい男だからな。
教師としてしか接していなければ理解出来ないかもしれないが、俺は奴程容易く土下座をする男を知らない。
社会を生きる為にはプライドは投げ捨てた方が楽だという事を教えてくれる、ある意味教師の鏡だ。
「あとは……転校して行ったブロッコリーの事はいいか」
……あいつの名前なんだったけ? 強烈なインパクトのブロッコリー頭しか覚えていない。
おかしいな。あいつに関しての記憶を呼び覚まそうとすると、ブロッコリーしか浮かんでこないのは何故だ。
確かにブロッコリー頭は強烈だが、同じ部活の仲間なんだから全然覚えていないという事はない筈なのに……まさか記憶消去されたというのか。
「……岡本。お前、ブロッコリーの事覚えてるか? どんな奴だったとか、容姿とか」
「ブロッコリーです」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
ブロッコリーなのは知ってるんだよ。
……まあ、転校していった奴の事はいい。いずれ思い出すだろうし、思い出さなくても問題はない。
幽霊部員のシーザーの事もいいだろう。あいつは皇帝っていう名前以外まともだし、ほとんど顔も見せないからな。岡本も存在を知らない可能性がある。
「ブロッコリーセンパイよりも、現部員のポテトの事を忘れてますけど」
「ああ、そうだな。犬だが、一応名簿にも載ってる部員だし」
「え、犬なのに部員なんですか?」
学校側も何故受理したのか分からないが、ちゃんと部員として登録されている。
本名は誰が付けたのか知らんが馬鈴薯だ。実は薩摩芋という猫もいるらしいのだが、部員ではないし俺は姿を見た事がない。
「アホ面の雑種だが、妙に頭のいい犬だ。この前は野球のメンバーとして活躍してくれた。岡本と将棋を指したりも出来る」
「……犬なんですよね?」
「犬だ」
少なくとも生物学的には犬だ。こっちの言ってる事を理解してるっぽいので凄く不気味だが、犬には違いない。
そろそろ二足歩行しだすかもしれないから、監視カメラが必要かもしれないな。
「ポテトのストライクゾーン、凄く狭いから必ずボールになるんですよね」
「……犬か」
その後の打順に置いた渡辺のバントと高堀の長打で返ってくるから、野球に関しては素晴らしいプレイヤーといえる。いるだけでまったく役に立たないマヨネーズとは大違いだ。
「さて、斎藤さん。サラダ倶楽部の部員はこんな感じなんだが、まだ入部する意思はあるかな。強く自己を保たないと人間として道を踏み外す事請け合いだ」
「やめときます」
「えーーーーーっ!!」
即答である。
「美弓ちゃん、クラスでは友達だからね」
「え、何? ここにいる時のあたしは赤の他人ですって事?」
斎藤さんは笑顔だが、返事はない。
予防線としては正しい判断だ。きっといい大人になれるだろう。
「じゃあ、そろそろ他の部員も来るから、見つかる前に逃げるといい」
「は、はい。今日はありがとうございました」
「あっ……」
そう言い残すと、斎藤さんは何の未練も感じさせずに部室を去って行った。岡本に何か言わせる間もない素早い危険回避だ。
その姿を見て岡本は何とも言えない表情をしていたが、これで一人の女子高生が道を踏み外さずに済んだのだから、俺のした事はむしろ称賛すべき行動だろう。
「というかだな、元々が俺達が卒業した後の補充要員なんだろ? なら、卒業した後に入部させればいいじゃないか」
「あ、そういえばそうですね」
俺達が引退した後に何やるのかは知らんが、焦る必要はない。
とりあえず、今日のところはみんなでバントホームランする事にしよう。
後日の事だが、数カ月後、斎藤さんは家庭の事情で再度別の高校へと転校していった。
……逃げたわけではない……筈だ。
斎藤さんはもう出てきません。(*´∀`*)